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気温減率、断熱減率

物理量の勾配について、[「勾配・傾度、気圧傾度力」の記事]ではまず圧力の場合について述べたが、温度についても同様に、鉛直方向や水平方向の「温度勾配」あるいは「温度傾度」が論じられる。

鉛直方向の温度勾配については特別な用語がある。大気のうち地表面から約10km (熱帯では約15km)までの対流圏では、ふつうは、高さが高くなるほど気温は低い。鉛直温度勾配は温度を高さで微分したものだから、ふつうは負の値をとる。これは不便なので、符号を逆にしたものを「気温減率」(英語ではlapse rate、このrateは単位時間あたりの量という意味をもたない)というのだ。気温減率はもちろん場所や時によって変わるが、対流圏の代表的な値として6.5 K/km が使われることがよくある。

その場の上下の対流が起こるかどうか([「対流」の記事][「不安定」の記事]参照)を定量的に考える際には、現実の気温減率と、次のような仮想された気温減率とを比較する。空気の塊(空気の一部を塊のように考えたもの)が断熱変化によって鉛直に動いたときに温度はどのような値をとっていくか(ただし圧力はそれぞれの高さでまわりの空気と同じになるとする)を、温度と高さとの関係のようにとらえる。この場合の鉛直温度勾配の符号を逆にしたものを「断熱減率」(adiabatic lapse rate)という。次に述べる件と区別するために「乾燥断熱減率」(dry ...)ともいう。これは地球大気を扱う限り定数と見てよく、約10K/kmである。

【[2012-06-07補足] この約10K/kmは、g / cpである。ただし g は重力加速度、cpは空気の圧力一定での比熱容量。その根拠は少しこみいっている。空気の塊が鉛直にΔzだけ上昇したとすると、位置エネルギーが g Δzだけ上昇する。それとともに温度がΔTだけ変化して(Δzが正ならばΔTは負、つまり温度が下がる)、内部エネルギーがcvΔT だけ変化する。ただしcvは空気の体積一定での比熱容量。さらに、鉛直の移動で圧力が変化するとともに空気の塊の体積が変化する。Δzが正ならば体積がふえるので塊は外の空気に対して仕事をしてエネルギーを失うことになるが、状態方程式によって書きかえると([「空気についての気体定数」の記事参照])そのぶんのエネルギー変化量はRairΔTになる。ただしRairは空気についての気体定数。内部エネルギーの変化と仕事とをcv + Rair = cpの関係を使ってまとめると、この空気の塊についてのエネルギー保存はcpΔT + g Δz = 0 となる。】

ここでいう「断熱変化」は熱力学用語で気象独特のものではない。空気の塊は質量を保って移動するが、圧力が変わるとともに体積が変わるので、圧力がする仕事によるエネルギーの出入りはある。しかし塊の壁を通じて熱という形でのエネルギーの出入りはないと仮定するのだ。(現実に起こるどのような現象がどのくらいの精度で断熱変化で近似できるかは気象学の内のさらに細分された分野ごとの専門知識になっているが、必ずしも明文化されていない。分野の中で具体的な課題を扱う勉強をしていくうちに徐々に伝わる知識、いわば「専門的暗黙知」になっているのだと思う。)

現実の大気では水蒸気の凝結が起こることがある。塊の中を気体と液体に分ければその間で熱のやりとりがあることになるが、塊全体としては上に述べたような意味で断熱変化によって鉛直に動く場合を考えることができる。このうち、塊の中の空気はそれぞれの温度・圧力条件のもとで飽和している([湿度に関する記事]参照)とし、また液体の水の熱容量や重力に及ぼす影響が無視できるとした場合の、鉛直温度勾配の符号を逆にしたものを「湿潤断熱減率」(moist ...)という。これは定数ではない。温度が低ければ凝結しうる水蒸気の量が少ないので乾燥断熱減率に近い値になるが、温度が高ければ乾燥断熱減率から離れてもっと小さい値(たとえば6K/km)になる。