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放射強制(力?) -- radiative forcing

「放射強制力」(英語ではradiative forcing)という用語は気象学者の間でも通用するとは限らない。しかし、地球温暖化のしくみを説明しようとすれば、表現はともかく、これに対応する概念を含む話になるはずだ。

これは物理学用語でいう「力」ではない。それにもかかわらず「力」という表現がよく使われるのは苦しまぎれのところがある。

英語で動詞の-ing形から名詞になったものは、日本語で対応する動詞の連用形を名詞として使える場合はよいが、そうでないと表現に苦労する。英語の「force」は名詞ならば「力」だが、動詞では「強制する」がよさそうだ。ところが日本語で「強制し」では名詞に聞こえない。「強制」だけだと名詞にはなり、それが「強い・弱い」などと定性的な議論には使えるが、数量の名まえとして使うと奇妙な気がする。

わたしはどうしても「力」を避けたくて「強制作用」と表現することもある。ただしきびしく言うと「作用」も力学用語としての意味があって、これはその意味の「作用」ではない。

力にたとえられるのにはそれなりに理屈はある。

運動方程式から始めよう。ここで「力」はある物体に働くさまざまな力の合力だ。

質量 × 加速度 = 力

同じことなのだが、左辺は「質量×速度」にあたる「運動量」が時間とともに変化する量と考えよう。

d(運動量)/dt = 力

運動方程式に限らず、数学的にこのような形をとるものごとは多い。

d(状態量)/dt = 力のようなもの

力のようなものに強制されて、注目しているシステム(系)の状態が変化すると考えるのだ。

気候システムは物理法則に従っている。そのうちには運動方程式もエネルギー保存則も含まれる。しかし、いちばん大まかに見ると、地球の気候システム全体としては地球に対して動いていない。他方、地球の気候システム全体として、太陽から放射を受け取って宇宙空間に放射を出すというエネルギーのやりとりをしている。そこで、いちばん大まかに見ると、地球の気候システムを支配する式はエネルギー保存則だと考えることができる。

d(気候システムのエネルギー総量)/dt = (単位時間あたりに正味で入るエネルギー)

ここでいう気候システムには、海や氷を全部含むとしよう。陸をどこまで含めるかはむずかしいが、大まかに言えば、植生と土壌は含みその下の岩石は含まないとしよう。大気についてはやや技巧的になるが、対流圏を含み、成層圏から上は除外することにする。つまり対流圏と成層圏との境である対流圏界面を仮想的な壁として扱うのだ。この壁を通るエネルギーのやりとりは、空気の移動に伴うもの(熱伝達論でいう対流)と仕事によるものがいくらかあるけれども、基本は放射の出入りと見てよい。
このシステムに定常状態があるとすれば、そのときはエネルギー総量の変化が0になるはずだ。つまり

0 = (単位時間あたりに正味で入るエネルギー[定常状態])

そこで、実際の気候システムのエネルギーの出入りを、この定常状態との差で表現してみよう。

d(気候システムのエネルギー総量)/dt = (単位時間あたりに正味で入るエネルギー) - (単位時間あたりに正味で入るエネルギー[定常状態])

この右辺が、前に述べた「力のようなもの」として扱われる。気候システムにとってのforcingなのでclimate forcingと表現されることもある。気候システムをもう少し詳しく表現した場合、climate forcingはすべて放射によるものとは限らないが、その主要なものは放射(太陽放射・地球放射のいずれか)によるものであり、radiative forcingと言われる。ここで climate forcingのclimateは強制される対象であり(形容詞を使ってclimatic forcingとしても同じ)、radiativeは強制する側の特徴であることに注意しておこう。【[2012-07-12補足] ただし、ほかのもの、たとえば生態系に注目した文脈では、climate forcingあるいはclimatic forcingという表現の意味は、気候が生態系などに及ぼす強制作用だろう。】

放射強制力と言っただけでは、人為起源と自然起源の両方を含んでいる。化石燃料燃焼による二酸化炭素濃度変化に伴う温室効果の変化は人為起源の放射強制力の例であり、太陽が出す放射の変化や、火山起源のエーロゾルによる放射伝達の変化(太陽放射の反射と温室効果を含む)は自然起源の放射強制力の例だ。

放射強制力の数値を示すときに、どのような気候を基準としてそこからの差をとるかは統一されていない。上に述べた議論に沿うには定常状態とみなせる気候を基準とするべきだ。たとえば、産業革命前の代表として西暦1750年を基準とすることがある。