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衛星測位、GNSS、GPS

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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わたしは大学で「地理情報学」という科目を担当していた2000年に、教材ページ[位置情報の取得の手段: GPS]を書いた。その後、この技術の進展を反映して改訂するべきだと思ってはいるが、実際の改訂作業はできそうもない。このような「古くなった情報のページ」を公開しつづけるべきなのか、取り下げるべきなのか、迷っている。

今では、このページの主題にふさわしい表題は「GPS」ではなく「GNSS」だろうと思う。しかし、本文中の単語を機械的に置きかえるわけにはいかない。GPSという語が出現するごとに、どちらの意味で使われているか考える必要があるのだ。

考えてみると、技術の目的を指定した「測位」、その方法をゆるく限定した「衛星測位」、細かく限定した「GNSS」、そのひとつの実装である「GPS」という階層構造があるのだ。

新しく発達した技術にはありがちなことだが、アメリカ軍による実装にGlobal Positioning Systemという非常に一般的な名まえがつけられてしまい、初期には多くの(たぶんソ連軍関係者以外すべての)人にとって利用可能な実装はそれしかなかったから、技術の名まえと実装の名まえを区別する必要がなかったのだ。その後、ロシアのGLONASSの情報が公開されるようになり、ヨーロッパのGalileo、中国の「北斗」などの衛星もあげられるようになって、固有名のGPSと区別される普通名詞として「GNSS」(global navigation satellite system(s))ということばが導入されたのだが、すでに書かれた多数の文書にはその書きかえがおよんでいないのだ。

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「測位」というのはあまり見かけないことばだ。英語では positioning で、このことばの意味はとても広いと思うが、ここでは、地球上で自分のいる位置を知ること、と考えてよいと思う。日本語ではむしろ「位置決め」のほうが通じると思うが、複合語をつくるときには、やまとことばと漢語の混成が嫌われて、「測位」のほうが使われているのだと思う。

この文脈に限っては navigation もほとんど同じ意味で使われる。Navigationは「海軍」である navy と同じ語源で、本来は「航海」だったはずだが、「航空」にも、陸上の移動にも使われるようになった。ひとまず直訳を「航行」としておく。電子技術を含む機械技術を使った「航行システム」と言えば、航行を自動制御するシステムの場合もある(少なくともミサイルの場合はそうだ)。しかし、人が航行するのを支援する情報を与えるシステムの場合もある(「カー・ナビ」は今のところそうだ)。この支援情報の主要な部分が、航行するものの位置の情報なので、navigation systemの主要な部分は positioning systemだということになり、navigationとpositioningが同一視されてしまうことさえあるわけだ。

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陸上で、精密な測量による地図が作られているところならば、野外と地図とで地形や人工物の対応を見ることによって、自分の位置を決めることもできる。

陸が見えない海上で、かつては、天体観測で緯度を、天体観測と機械式時計とを組み合わせて経度を知るしかなかった。

電波を使う技術が発達してくると、それが位置決めに応用された。海上の位置決めのために、一群の地上局から同じ規格の電波を出す、LORANやOMEGAというシステムが構築された。LORANは、複数の地上局からの電波の干渉を観測し、位相差から地上局からの距離の差を知る、というしくみだった。

人工衛星が利用可能になると、まず人工衛星の軌道を精密に決めれば、原理的には世界のどこでも位置を決められることになる。

最初に実用(ただし軍用)になったのは、人工衛星が発信する電波のドップラー効果を利用して、人工衛星と受信機との相対速度を知り、その情報を積み重ねることによって受信機の位置を決めるものだった。

GPSは、アメリカ軍によって1970年代に開発が始まり、1983年に軍以外の一般にも(精度の低い情報だけだったが)公開された。

GPSが使った技術を、一般的に「GNSSの技術」と呼ぶことにしよう。その原理は、三辺測量に近い。衛星の軌道が精密に知られていて、電波によって受信機と3つの衛星とのそれぞれの距離を知ることができれば、原理的には、受信機の位置がわかる。しかしこの考えは時刻が合っていることが前提だ。実際には電波が伝わるのに時間がかかるし、受信局が持つ時計はあまり精密ではない。GNSSでは、衛星には非常に精密な時計をのせ、その時刻情報をディジタル信号として電波にのせて発信する。受信機が4つの衛星からの信号をとらえて計算処理すれば、4次元時空の中での受信機の位置(第4次元は時刻)がわかるのだ。

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GPSを含むGNSSを利用する技術には、大きく分けて2種類のものがある。この区別は、専門外の人にはあまり知られていないようだ。(わたしはGNSSの専門家ではないが、気象学について教えることがあるので、この区別を知る必要がある人に含まれる。)

広く普及している利用方法では、電波に乗せられたディジタル信号を読んで処理する。この方法で、今ではおよそ 1 m の水平位置精度が出せる(鉛直はもう少しあらい)。Navigationが人による運転の支援情報を意味するのならば、この精度があればじゅうぶんだろう。(自動運転制御となると、これをそのまま使うわけにいかず、移動体自体の加速度の測定などと併用して計算する必要がある。) (1995年ごろまで公開されていた情報では水平位置精度がおよそ 100 m だったのでnavigationへの応用も楽ではなかった。) 気象の観測でも、船などの移動体による観測ならば、この方法で自分の位置を決める。この目的のGNSS受信機は大量生産されており、(次に述べるものに比べれば)安い。

もっと精密な位置決めのための利用では、(大まかな情報としてディジタル信号も使うのだが)、精密な情報をもたらすのは、信号をのせている電波(搬送波)の位相差というアナログ信号なのだ。たとえて言えば、手紙の文字よりも封筒のしわに重要な情報が含まれているのだ。日本では、国土地理院が、測量の基準として使われる「電子基準点」として、精密なGNSS受信機を配置している。これは測量の基準のほかに、地殻変動のモニタリングのためにも使われている。また、気象庁がこれを天気予報のための水蒸気の情報源として使っている。精密な位置決めでは、電波の速さが真空中とちがってくることが重要で、その原因を分けると、電波経路の大気の総量、電離層の状態、水蒸気量がある。このうち水蒸気量の寄与は、GNSSの電波信号だけで決めることがむずかしいが、気象庁がすでに持っている情報だけで決めることもむずかしい。GNSSの位置決め精度を高めることと、水蒸気量の観測精度を高めることは、連立方程式のような関係になっていて、いっしょにやる必要があるのだ。

(わたしは、ここまでは説明できるのだが、これ以上詳しい話になると、教科書的文献を確認する必要がある。)