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「気候変動」か「気候変化」か「地球温暖化」か (2)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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同じ表題の[2016-09-27の記事]の続き。

英語圏で、「 "global warming" と言うのをやめて "climate change" と言おう」という議論がある。わたしは自分からそういう主張をしようと思わないが、反対はしない。その意見にはもっともなところがあるし、まずいことはありうるのだが避けられると思う。

しかしそれをそのまま日本語にもってきて「『地球温暖化』と言うのをやめて『気候変動』と言おう」という主張には、わたしは賛成できない。『気候変動』は "climate change" がささないことがらをさすこともあるからだ。『気候変化』とすれば まずいことは避けられるが、世の中であまり使われていないことばだから、これに変えようというのは多数意見になりそうもない。わたしの今の判断としては、人間活動起源の温室効果気体増加にともなう気候変化をさすには(このように長く述べるのでなければ)『地球温暖化』のほうがよいと思っている。

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「気候変動」は、「エルニーニョ・南方振動」(ENSO)のような天候年々変動をふくむ意味で使われることもある。

年々変動を除外したとしても、「太平洋十年規模振動」(PDO)のような十年規模変動は ふくまれるだろう。

英語では、そういうものには climate variation とか climate fluctuation とかいう表現が使われ、climate change とは言わないだろう。

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「気候変動」と「気候変化」とを使いわけるのはむずかしい。

気候学者の吉野 正敏さんは、2017年に亡くなったが、そのあと同じ年のうちに出た『気候変動の事典』という本の「完新世における世界の気候環境変動」という項目に「気候環境の変動・変化に関するターミノロジー」という節で、この用語を論じている。吉野さんの考えでは、「気候変化」のほうが広い概念で、「気候変動」はそのうち平均的状態のまわりをゆらいでいる場合にあてはまる。(したがって、いわゆる地球温暖化を「気候変動」と呼ぶべきではないのだ。) しかし、この考えを多くの人が共有しているわけではない。その「事典」でも編者や他の執筆者は「気候変動」を地球温暖化も十年規模変動もふくむ広い意味で使っている。

わたしは、その文脈で論じたい対象期間が決まっているときだけ、両者を区別できると思う。期間のはじめとおわりであきらかにちがう状態になれば「変化」で、似たりよったりならば「変動」だ。対象期間をしぼりきれない場合は、「変化」と「変動」は区別できず、同意語としてあつかうのがよいと思う。

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安成 哲三さんは『地球気候学』の本で、「気候変動」ということばは広い意味で使い、そのうちを、気候の「変化」と「ゆらぎ」とにわけている。これは時間スケールでわけたのではなく、原因が気候システムの外にあるか内にあるかという観点だ。「変化」のほうの代表例としては、第四紀の氷期サイクルを、地球の軌道要素の変化という外因があっておきたという観点でとりあげている。

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日本政府が、1988年にできた IPCC を「気候変動に関する政府間パネル」、1992年にできた UNFCCCを「国連気候変動枠組条約」と呼ぶことにしてしまったので、公文書で "climate change" に対応する日本語は「気候変動」だということになってしまった。2007年のIPCC第4次評価報告書の日本語版をつくる際は、気象庁は「気候変化」としたのだが、他の省庁の担当部分とあわせる際には「気候変動」にあわせなければならなくなってしまった。

今からふりかえると、ここで「気候変化」とできなかったのはとても残念だと思う。しかし、そうできなかったのは しかたないことだとも思う。

さかのぼれば、1981年に、気象庁が内部組織として「気候変動対策室」をつくっている。そこがあつかう課題には、天候年々変動も、将来に想定された地球温暖化も、含まれていた。両者をそれぞれあつかう組織をつくる余裕はなかったし、作業のうちには両者に有用なものもあった。

1980年代のうちに、両者の課題をあつかう活動がだんだんわかれていくのだけれど、どちらも「気候変動」に関するものと認識されるのは、当然だったように思う。

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英語ではどうだったか考えてみると、やはり天候年々変動と地球温暖化の課題は未分化だったのだが (そして英語の climate では天候年々変動を除外できないのだが)、1980年前後にはじまった事業の名まえのキーワードは、アメリカ合衆国の National Climate Act (国家気候法)、WMOのWorld Climate Program、ICSUとWMOの World Climate Research Program のように、climate ということばをふくむが、「変動」「変化」にあたることばをふくまないようにつくられたものが多かった。

1980年代には global environmental change (地球規模環境変化) あるいは global change ということばもひろまった。( "global change" という表現はとくにアメリカで使われたと思う。何が変化するかわからない、変なことばだ、という批判もあった。積極的意義をみとめるとすれば、環境だけでなく人間社会も変化するということなのだろう。1991年ごろに開かれた climate change に関する会議で、「global changeとはソ連が崩壊することか?」と、たぶん冗談として言っていた人がいたのをおぼえている。)

その global environmental change の話題には、人間活動起源の地球温暖化の問題がふくまれていた。それを主題とした1980年代なかばの出版物のキーワードは、greenhouse effect だったり carbon dioxide だったりする。IPCC発足ごろに climate change にまとまってきた。(これは文献の用語を調査したわけではなく、記憶をはきだしただけなので、不確かな情報だが。)

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わたしの当面の考えとしては、用語はその場ごとに適切なものをえらんで使うしかない。日本語で、用語の意味を説明する余裕のないとき、比較的まぎれないのは「地球温暖化」だろうと思っている。

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