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納得のいかない完新世の細分「メガラヤン」など

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2018年7月23日、地質時代のうちでいまのところいちばん新しい時代の「完新世」(Holocene epoch、11700年まえから現在)の細分に名まえがつけられ、現在は完新世のうちの Meghalayan age になったというニュースを見かけた。

これは、IUGS (国際地質科学連合 iugs.org )の決定にちがいないので、IUGSのサイトのニュースのところを見ると、IUGSの下の ICS (国際層位学委員会)による次の報告があったが、なかみはPDFファイルで、地質年代表全体の改訂版だった。

ICSのサイト www.stratigraphy.org には次の記事があった。

また、アメリカのSmithsonian Institutionのサイトにある次の記事を見つけた。

ICSの7月13日の記事によると、完新世の細分は次のように決められた。
--- 現在 ---
Meghalayan
--- 4200年前 (西暦1950年基準) ---
Northgrippian
--- 8326年前 (西暦2000年基準) ---
Greenlandian
--- 11700年前 (西暦2000年基準) ---
ただし「西暦2000年基準」としたところは「b2k」、「西暦1950年基準」と書いたところは「before 1950」と書いてあるのだが、全部同じ基準のほうがありそうだし、IUGS の 7月18日の tweet ではいずれも b2k になっているので、基準年についてはきちんとした文書で確認する必要がありそうだ。

ICSの7月12日の記事によれば、Meghalayan期の始まりは、世界の多くの農業社会が経験した急激な かんばつ や寒冷期である。その標準となる堆積物として、インドのメガラヤ(Meghalaya)州の洞窟の石筍が使われたので、その州の名まえをとったのだ。その記事にはないのだがSmithsonianの記事によれば、洞窟の名まえは Mawmluh Cave だそうだ。

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この話を知って、わたしは、この時代区分にメガラヤの名まえをつけるのは変だと思った。できれば、決定を取り消してほしい。それが無理ならば、少なくとも自分は使いたくないと思った。

メガラヤ州は、インドのうちでも雨が多いことで知られているところなのだ。観測がおこなわれているところのうちでは、チェラプンジ(WMOの地点一覧では Cherrapunji と書かれているのだが、村田 2006 によれば、現地でのつづりは Cherrapunjee )という地点が、降水量が多く、木口・沖 (2010)によれば、1か月から2年までの世界記録をもっている。(気象の極値の記録は、たまたま観測がおこなわれて報告されたかにも依存し、必ずしも自然条件だけの反映ではないが。)

そして、Meghalayaの語源は、megha=雲、alaya=すむところ、であり、雲が多いことをあらわしているにちがいない。

たとえこの州でとられた地質標本が標準とされたという事情があるにせよ、かんばつの時代をさしてこの名まえを使うのは、ほとんど形容矛盾という気がする。

「4200年まえには、かのメガラヤでさえ、雨が少なかったのだ」という主張をもった名まえなのだろうか。もしそれならば、4200年まえからしばらくの乾燥期にその名まえをつけるのはみとめよう。しかし、メガラヤが雨の多いところとして知られている現在までをその乾燥期の名まえで呼ぶのは、やはり変だと思う。

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North GRIPは、グリーンランドの氷床掘削プロジェクトの名まえだ。その氷床コアが標準標本とされたのだろう。それ自体が悪いわけではないが、それと、グリーンランド(全体)にちなんだ名まえとが並列になっているのは、落ちつかない気がする。いまさらもんくを言っても変えられないだろうが、Greenlandianとなっているところは、グリーンランドのうちの地域名(North GRIP 地点と並列の関係になるところ)を使うべきだったと思う。

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地質時代区分は、地質学のうちでも層位学(層序学ともいう)の人たちが決める。

しかし、地質学以外の専門の人も、それを使う必要が生じることがある。

地質学者以外があまり使わない時代の区分ならともかく、第四紀の時代区分を、日本第四紀学会員が知らないうちに決められてしまったのでは、積極的に学会活動をしていないものの第四紀学会員であるわたしには、納得がいかない。

日本第四紀学会のウェブサイトで、「Meghalayan」などの文字検索をしても何もみつからなかったが、「4.2k」で検索したら、『第四紀通信』 20巻5号 15-16ページの「第22期日本学術会議地球惑星科学委員会INQUA 分科会2012 年度活動報告」の中に、次のような記述がみつかった。独立な記事ではないが、会員向けにお知らせはあった、というべきだろうか。

「6) INQUA執行委員会 (2013年3月5日-9日)」のうちの箇条書きの項目として

  • 完新世の細分(前期、中期、後期の境界が 8.2ka, 4.2ka。JQS に提案論文が載っている: Walker et al., Journal of Quaternary Science (2012) 27(7)649--659)。

Walkerほか(2012)の論文は、有料なので、まだ手にいれていない。わたしの所属組織にはあるはずなので、行ったときに読もうと思っている。

それにしても、日本では、更新世の区分に千葉の地質セクションが使われるかどうかという問題に注目がいった裏目で、完新世の区分のことは話題にならないままだった。

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現在を含む時代については、Anthropocene (「人類世」「人新世」)をたてるかどうか、という議論も進行中だ。このブログでは[2016-02-06の記事] [2017-01-17の記事]などでふれた。

Anthropoceneをたてるとすれば、その期間が Holocene (完新世)からはずれることになる。Meghalayan の始まりはたぶん変わらないが、終わりは変わるだろう。

もうすぐ変更されることを承知で、完新世の細分の時代を設定するというのは、拙速という感じがする。2012年から議論しているのだから「速」というのは変かもしれないが、Anthropoceneを待たずに決めるのはあわてている感じがするのだ。もしかすると Anthropocene の議論は、いつ決まるかの見通しさえつかない状態だから、完新世の細分を先行させることにしたのだろうか?

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完新世の長さは(いまのところ) 11700年で、「世」のうちでは特別に短い。ひとつまえの更新世のうちの(まだ固有名のついていない) 後期とくらべても 10分の1の長さなのだ。現在に近い時代だから特別あつかいで「世」のレベルの時代区分としてみとめられているのだと思う。この短い時代をさらに細分する必要があるのだろうか、疑問に思う。

どんな長さの時代でも、その中でおこることを議論しようとすると、「前期、中期、後期」(英語では early, middle, late)のような表現をしたくなることはある。そして、その用語がおたがいに通じるために、区間をどのようにくぎるかを標準化したくなることもある。ただし、それだけならば、区間に固有名をつける必要はない。

完新世の細分については、人間社会にかかわりのある時代だから、という動機があるにちがいない。しかしそれならば、歴史学(世界史)なり考古学なりの立場で時代名をつければよく、地質時代名にする必要はない、とも思う。(もっとも、地質時代名の決定に影響力をもてる人は、たぶん、歴史学用語には影響力をもてないだろうから、こう言ってもききめはないのかもしれない。)

人間社会の歴史上のできごとが、世界規模の自然環境の変化によっておこったにちがいないというたちばから、自然環境の変化がおきた時期に固有名をつけたい、というのはわかる。しかしそれならば、完新世のうちならば数百年程度の継続時間のできごとに、地学のたちばでは event として名づければよいと思う。実際、「4.2 ka event」という文字列は見たことがある。それに、そのとき大きな変動が見られた地域の固有名をつけてもよいと思う。(たとえば かんばつ の被害があきらかな遺跡の名まえでもよいかもしれない。)

4200年まえから現在にわたる完新世の後期に固有名をつけるのは、4200年まえの event に名まえをつけるのとは、ちがう話だ。それをいっしょくたにすませてほしくない。

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地質年代区分については、いわば、「生産者」と「消費者」の感覚がかみあわないまま、「生産者」のペースでものごとが決まっているような気がする。

仮に「消費者」と言ったのはむしろ「ユーザー」というべきだと思うが、地質年代区分を仕事に使うのは、地球科学の研究者もいるが、むしろ、学校教員や、行政官や、地下資源開発や土木工事にかかわる会社の技術者などが多いだろう。

地質年代区分の生産者は、地質学のうちでも層位学の研究者、そのうちでも(幸運にもめぐまれて) 年代区分の画期を決めるという課題に関与できる地層を研究している人だ。

地質年代区分のユーザーがほしいのはたいてい、時代の区間についての合意や名まえだと思う。完新世を大きく前期、後期、中期と分けたくなることはある。そういう表現を使う人どうしで意味が統一されていたほうがよい。したがって区間をどのようにくぎるかの標準があったほうがよい。

そこでプロの出番になる。主題は、区間から、区間の端となる画期に移ってしまう。時代画期にふさわしい地球科学的できごとは何か。それをまぎれなく示せる地層は世界のどこにあるか。それと世界の他の地域の地層とはうまく対比できるか。画期の標準地(GSSP)として採用されることは名誉だ。そして、画期だけでなく、その画期からはじまる区間に、その標準地にちなんだ名まえをつけることになった。

しかし、標準地は、画期を代表するのにふさわしいのであって、区間を代表するのにふさわしいかどうかは検討されていない。区間の特徴との連想をまったくひきおこさない名まえのこともありうる。区間に関心のある人は、名まえは単に識別のための記号であって、区間の特徴を反映しているとはかぎらないのだ、と、あきらめるしかない。もしプロでなくユーザーが名まえをつけるのならば、そしてもし区間全体の特徴をわりあいよく代表することばがあれば、それを使って名づけようと思うにちがいないのだが。

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気候の専門家として、わたしは、北半球の多くのところで、完新世のうち、今から8千年まえごろから6千年まえごろまでが、いちばん温暖、あるいは(熱帯モンスーン地帯の場合)湿潤であり、その後、やや寒冷 (あるいは乾燥)のほうにシフトした、と理解している。

ただしわたしは、いろいろな地域の気候の復元推定を知っているわけではなく、原因のほうから考えている。地球の軌道要素(とくに近日点の季節)の変化によって、北半球の夏の(大気上端に入射する)日射量は、約1万年まえに極大となり、現在に向かって減っているのだ。しかし、完新世のはじめにはまだ北アメリカの氷床が残っていて、地球全体の太陽放射反射率がいまよりも高かった。だから、北半球のエネルギー収入の極大が、8千年まえから6千年まえぐらいにある。各地域での気候変遷は地域ごとにさまざまな要因によるけれども、このような半球規模の要因があれば、それに合うものが相対多数になるにちがいない。

わたしは、この北半球の日射量の多い時期を「完新世中期」、少なくなってからを「完新世後期」と呼びたくなる (今から5千年以上さきになれば通用しない表現だが)。しかし、日射量の変化は、この時間スケールで見ればなめらかなものであって、明確な画期はない。便宜上どこかでくぎるしかない。わたしは、日本のいわゆる縄文温暖期の話題を参考に、5千年まえごろでくぎるべきか、と思ってきた。

そのくぎりを、わりあい広域で同時性が見られる4200年まえの event にあわせようというのは、乗ってもよい話だと思う。ただし、それをみとめたからといって、完新世中期の状態から後期の状態へのうつりかわりが4200年まえにステップ状におこったと認識しているのではない、ということも主張しておかないといけないと思う。

- 8 [2018-08-26 補足] -
2018年8月25日、日本第四紀学会の総会の活動報告の中で、INQUA (国際第四紀学会)関係の報告として、完新世の細分が決まったという話があった。ただし、「前期」「中期」「後期」が正式名称となったのでこれからその用語を使うときは対象期間を標準に合うように使うこと、また英語では Early, Middle, Lateを大文字にすること、という趣旨で、報告の中に「メガラヤン」などの名まえの話題は出てこなかった。質問してみたら、名まえの件は日本第四紀学会としては検討されていないようで、報告者の考えとしては、使うか使わないかは各人にまかせればよいだろうということだった。

文献