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地球温暖化問題についての視野を広げる

11月16日に出席した会議[注]の中で、IPCC第3部会の編著者のひとりである杉山大志さんの講演を聞いた。

杉山さんはもちろん地球温暖化問題の重要性やIPCCの意義を否定はしないが、「『温暖化を産業革命前+2℃以内にくいとめる必要がある』という主張がIPCCのものだ」というのは誤解だということも強調する。そして、IPCCでの議論やそれを受けた政策の議論が「温暖化は有害なので、温室効果気体排出を抑制する必要がある」という筋に集中しすぎていると考え、もっと広い観点で政策を検討する必要があるとする。

わたしもその主張の多くに賛同する。しかし、同調できないところもある。

気候変化の科学的見通しの不確かさの幅は、残念ながら科学的研究を進めてもじゅうぶん狭くなりそうもない。たとえ温室効果気体濃度が、大きな被害が出ないだろうと予想されるシナリオどおりに制御できたとしても(これはもはや現実的とは言いがたい甘い期待だが)、大きな被害が出る危険は残っている。

ここまではもっとも。しかし、「その不確かさがあるから、オプションとして気候改変技術[6月28日の記事参照]を発動できるようにその技術開発をしておかなければならない」という議論はどうだろうか。気候改変といわれるもののうちで強制的な温室効果気体吸収を上に述べた濃度の制御に含めるとしたら、残るのは太陽放射反射の強化だが、これの効果の見積もりの不確かさの幅は、研究の努力をしても、温暖化の見通しの不確かさの幅よりも小さくはならないだろう。

IPCCの第2部会でまとめられている温暖化の影響の見通し、とくに農業生産への影響の見通しは、同じ地域では同じ品種を同じ技術で生産しつづけることを前提としているものが多いため、気候が変われば収穫が減るという見通しが出やすくなっている。実際には、農業の現場で気候変化に適応して、品種や栽培技術を変えるので、収量は減るとは限らない。

この指摘ももっともなところがある。ただし、既存の品種や別の地域で確立した技術を導入すればすむのならば適応を見こんでおいてよいが、いつもそれがあるとは限らない。(たとえば、気温が高いところの品種を持ってきても、日照時間の条件が合わないかもしれない。) 根本的に新しい技術の開発は期待どおりのものができるとは限らない。杉山氏は技術開発に投資さえすればかなりの確率で成功すると想定しているようだが、わたしは(使えるエネルギー資源に限りがあるという条件も考えると)あまり楽観できない。

気候変化には人間社会にとってつごうのよい面もあるが、これまでIPCCではそれが軽視される傾向があった。気候への適応を考えるにはこの面にもっと注目するべきだ。

これももっともだ。ただし、杉山氏への反論ではないのだが、これまでのIPCC第2部会が温暖化の便益と被害を対等に扱ってこなかったのは、損得を埋め合わせる社会的しくみがないもとでは、得があろうがなかろうが、損をする人が発生するのは社会的にまずいことだ、という考えがあったと思う。

人間活動の環境へのインパクトは、気候変化によるものよりも、もっと直接的なもののほうが大きい。

杉山氏は「環境」という表現をしていたのでわかりにくかったが、むしろ「生態系」というべきだろう。直接的インパクトというのは、農地開拓、狩猟、漁獲などをさす。気候変化を介しての生態系への影響は、これへの上乗せと考えたほうがよい。したがって対策を考えるための科学的評価でもいっしょに考える必要がある。わたしはIPCCを他の活動と合併して発展的に解消させるべきだと思う[8月15日の記事参照]。杉山氏はIPCCの視野を広げるべきだという表現をしていた。現役のIPCC関係者の立場では、IPCCはもう使命を終えたとは言えないだろう。

自然の原因による気候変動や海水準変動は昔からあって、人間社会はそれに適応してきた。これからも、自然の原因は、人間活動による原因と複合するが、無視できない大きさをもつ。気候への適応を考えるときはこれをいっしょに考えないといけない。

これもわたしは総論賛成であり、だからIPCCはもっと地域ごとの適応策を考えるべきだという主張も理屈はもっともだと思うが、IPCCにはすべての地域について調べつくす能力はないし、単純に人数だけふやしてもうまくいくものではない。IPCCに義務として課する課題は、世界を大きな気候帯別に見ることと、いくつかの問題構造がわかりやすい事例を説明することにとどめたほうがよいのではないだろうか。地域ごとの適応に役立つ気候の情報を提供することは、WMOを中心に議論されている「気候サービス」の整備として、各国の官庁と研究者の相互連携として考えるべきだろう。(気候サービスの件についてのわたしの知識は[2010年7月26日の記事]を書いて以来あまり更新されていないが、アメリカ合衆国でNOAAの内部改組としてClimate Services http://www.climate.gov/ が明示されるようになったことは認識した。)

農業分野での対策は、エネルギー分野での対策を考えるうえでも参考になる、という指摘もあった。わたしも、農業分野での対策についてもっと学ぶ必要があると思った。

  1. 農業環境技術研究所が主催した「MARCO ワークショップ: 農業分野における温暖化緩和技術の開発」http://www.niaes.affrc.go.jp/magazine/139/mgzn13906.html という会議だった。これは共同研究の報告会のようなものだが、杉山氏はこの共同研究のメンバーではなく、「温暖化緩和策」というひとまわり大きい課題を展望するために招かれたらしい。