【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】
【この記事は、個人のおぼえがきです。わたしは、農業や食料流通について専門的な判断ができるほどの知識をもっていません。天候から農業生産への影響については議論できるようになりたいと思っていますが、まだじゅうぶんではありません。】
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2025年の夏、日本では米 [注1] が不足して、報道もされ、政策課題にもなった。わたしはこの米不足を体験しながらいくつかのことを考えた。それを書きとめておきたい。
- [注1] 食品である「こめ」をどのような文字で書くか、まよう。わたしはひらがなの「こめ」がよいと思うのだが、ひらがな列のなかできわだたないので、ここでは漢字の「米」をつかう。なお、わたしは「アメリカ」をさすのに「米」の字をつかわないことにしている。(他人が書いた文字列をそのまましめすときと、「欧米」などのいくつかの熟語にかぎってはつかう。)
- (余談) [コメ国科学アカデミー紀要] (2012-12-28)
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自分がTwitterに書いたものなどをふりかえると、わたしが「米不足」の事態を認識したのは、2025年の5月末ごろだった。
わたしは食事の大部分を、外食と、コンビニやスーパーの弁当類にたよっていて、自炊する日は多くない。ただし、おかずは調理ずみの惣菜やレトルト食品や冷凍食品ですませてもごはんだけは (電気炊飯器に「無洗米」[注2] と水をいれて40分くらい待てばすむので) たくことがある。それで、ときどきは米を買っている。2か月ごとに5 kg ぐらいだろうか。
- [注2] 「無洗米」は、消費者が米とぎをしなくてすむところまで精米された米をさしている。しかしその用語をすなおによめば「洗っていない米」と思えるので実際と逆になってしまう。まずい名まえをつけたものだと思う。
わたしは東京の区部と市部のさかいめ付近の住宅街に住んでいる。まえは近所に米屋 (米を専門とする小売店) があったのだが、10年ぐらいまえに (何かの商売をつづけているようだが、米屋としては) 廃業してしまった。ちかごろ米を買うところはスーパーマーケット (大規模な店ももっている会社による小規模な店) だ。2024年まで数年間についての記憶によれば、幅 1 m ぐらい、5段ぐらいの棚があって、量 (5 kg か 2 kg か)、銘柄、産地、「無洗米」かどうかなどがちがった10種類ぐらいの袋づめされた米をえらべるようになっていた。たぶん2025年の4月ごろまではそれがつづいていたと思う。
5月になって、その棚が品薄になり、えらべる種類が減った。(そのとき値段が高くなったかどうかは記憶していない。わたしにとって食費のうちで米のわりあいは大きくないので意識しなかったのだ。) 夏になってさらに品薄になり、1種類になったり、まったくなくなったこともあった。ふだんは見かけないカリフォルニア産の米だけになったこともあった。
ただし、極端な品薄は、米の形で小売りされる店にかぎられていたと思う。外食の飲食店の変化は大きくなかった。「おかわり無料」や「大盛り無料」がとりやめになっていたことはあったが、「米がないので休業」とか「ごはんものは出せません」といった事態は見かけなかった。コンビニのおにぎりや弁当も、品薄とは感じられなかった。(値段があがったことが多いようだが。)
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作況指数 (全国) は、2024年は 101、2025年の夏の段階での中間発表も 100前後だった。つまり、米の単収 (作つけ面積あたりの収穫量) は平年なみだった。
一定基準で作況指数に似たものをつくってみたとき ([(歴史研究のための) 作況指数にかわるものの試作 (2) 全国] (2026-01-16) の記事に書いた) 気づいたのだが、2003年までは天候の年々変動にともなって作況指数が低い年が生じたが、その後、作況指数の年々変動は小さいままつづいている。指数にしたせいではなく、単収の年々変動が小さくなったのだ。なぜそのようになったのか、今後もそれが続くのかは、研究課題だとおもう。
2024年も2025年も、作つけ面積がとくに少なかったということもないので、収穫量は平年なみだったにちがいない。
それならば供給不足でないはずなのに、消費者に近いところで品不足になったのはなぜなのか? いろいろな説がとびかった。わたしには、どの説がただしいか判断できなかったし、たまたま知った説が主要なものだったかどうかもわからない。それぞれの説の出典を書きとめることもしなかった。ともかく、わたしがおぼえているかぎりでの説を列挙してみる。
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まず、実は供給が不足していたのだ、という説があった。
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そのうちには「作況指数が実態にあわない」という意見があった。
さらにそのうちには、公式統計につかわれる収穫量の数値を得るために収穫された米の量をはかるとき、つかわれる「ふるい目」が、実際に農家がつかっているものにくらべてこまかすぎる、という意見があった。しかし、2015年以後の作況指数は、すでに、その都道府県の農家がつかっているうちの代表的なふるい目によっている。
それとは別に、作況指数を計算する方式 (そのうちでも、対照となる平年値を計算する方式) がうまくないと感じられたこともあったようだ。下の 3a 節で紹介する「作況単収指数」への変更はそれにこたえようとするものなのだろう。
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つぎに、この年の収穫では、米の発育が悪かったか、病虫害のせいで (カメムシが例にあげられていた)、実際に食べられる米の収量が収量調査での測定値よりも少なかったのだ、という説があった。わたしはその具体的内容を記録しそこなったので、事実かどうかたしかめることができていない。
2025年の夏は、日本の大部分の地域で、前例がないほど気温が高く、日射も多かった。降水量は少なめであり、非常に少なかった地域もあった [注]。そのような天候では、広域にわたって米の品質が例年とちがうものになった可能性はあると思う。
- [注 (2025-03-03 補足)] 2025年夏 (6, 7, 8月) の天候についての気象庁の報告ページを参照。
- (気象庁) 各種データ・資料 > 地球環境・気候 > 日本の天候の特徴と見通し > 年・季節・各月の天候 > 2025年夏(6月〜8月)の天候 https://www.data.jma.go.jp/cpd/longfcst/seasonal/202508/202508s.html
- 2b -
つぎに、需要がふえたのだという説があった。
統計によれば、日本の米の需要は数十年にわたってへる傾向にある。(その原因として、米から小麦 (パン、麺類) へ需要がうつったとする議論が多いが、それは20世紀後半のことで、最近20年ぐらいについては、小麦の需要はふえておらず、ふえているのは肉類などだそうだ。)
そこで 2024年もその傾向でへると予想されたのだが、実際には需要がいくらかふえたのだそうだ。(なにかの統計によるグラフをしめしていた人がいたが、わたしはまだ出典を確認できていない。)
その原因として、日本全体として物価は上がっているが所得がふえていないので、食費を節約するために、肉食をへらしてかわりに米を多く食べる人がふえたのだろう、という推測があった。(それがほんとうか、わたしはなんともいえない。統計資料を確認できればいえるかもしれない。)
- 2c -
また、外国への輸出によって品薄になったという説があった。日本で米不足ならば輸出をとめるべきだという意見もあったが、まえから決まっている複数年度の商業契約の変更はむずかしく、2025年はとめるほうが正しいとみとめられるほどの非常事態ではなかっただろう。しかし、円安とはいっても国際市場で流通する日本の米の量はすくなく、いまのところ、日本の米の流通量に目に見えた影響が出るほどのものではないと思う。(今後、日本の政策として、輸出をねらう米づくりが奨励されたら、事情はかわりうるが。)
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それから、流通過程でためこみがおきているという説があった。
- 2d1 -
農家からの米の流通経路は、従来は農協がふつうだったが、最近、多様化している。そのうちには、近い将来の値上がりが見こめるあいだは在庫を売ろうとしない業者がいる。なかには、投機目的に米を買いしめる業者もいるのかもしれない。(わたしは、そのようなことがどのくらいおきているのかつかんでいない。)
この件については、つぎのようなコメントがあった。「新米」に対して年をこした米を「古米」という。5年たった米は冗談半分に「古古古古古米」といったりする。現代、流通過程の米は、おもに玄米の形で保管される。従来、米は貯蔵期間が長くなると質がおちた。だから古米は新米よりも質が低いとされ、値段が安くなった。ちかごろは、温度・湿度調節、防虫などの貯蔵技術が発達したので、穀物専門の倉庫ならば、質はあまり低下しない。しかし、ふだんあつかっていない業者が、穀物専門でない倉庫をつかって、長期間保管すると、おそらく質が低下して、商品価値がさがるだろう。投機はうまくいかず、日本全体としては質の低下のぶんだけ損失だろう。
【話がとぶが、1990年代にスイスに滞在したときにつぎのような話をきいた。(おそらく実際よりも単純化されている。) スイスのパンはまずいという評判があった。それは、スイスには穀物の備蓄に関する法律があって、大部分のパンが、1年間備蓄された小麦でつくられるからだった。ところが、備蓄技術が発達して、質の低下がふせげるようになった。ただし、備蓄技術は資源 (おそらく電力) を消費する。それで、スイスのパンは、まわりの国にくらべて、味はわるくないが、値段が高い、ということになった。】
- 2d2 -
ためこみについてはもうひとつの説があった。小売店にはいくらかの米の現物がとどいているが、それを、消費者のうちで、自由になる時間が多い人が、将来さらに品薄になるのにそなえようとして、買いこんでしまう。それで、店に行ける時間帯がかぎられた消費者が見るときには現物がないのだ。このためこみも、需要のある人に現物がとどかないという問題にくわえて、ためこんだものの質の低下もあり、のぞましいことではない。(なお、末端では米は精米された白米として流通するので、ためこんだ米の質の低下は、玄米のばあいとくらべても速く進む。)
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2025年夏から年末までに、国の政策としていくつかの動きがあった。
- 3a -
まず、作況指数についての制度の変更 (「作況単収指数」への変更) があった。
- [日本の国の作物統計、「作況指数」に かわって 2025年産からは「作況単収指数」が発表される] (2025-12-26)
これはこの年の状況への対応というよりも、農水省がまえから計画していたことであり、業務のいくらかの簡素化のほかは、実質的影響はあまりなかったと思う。
- 3b -
重要なのは、国の事業で備蓄していた米の放出だった。
これは、この年の状況への対策として、よい政策だとわたしは思った。小売りの現場で起きていた品不足に対しては「焼け石に水」だったかもしれないが、流通過程にせよ、消費者にせよ、ためこみの値うちをへらし、ためこまれているものを放出させるような誘導になると思ったからだ。
国がその米をだれに売るかをどう決めるかについては、いろいろ批判があり、わたしも拙速だと思った。しかし、放出備蓄米をふだん売っている米にまぜずにそれと明示して売ることを奨励したのはよかったと思う。備蓄米については、品質についての期待が「古い米だから悪いだろう」と思う人と「しっかり保管されているから悪くないだろう」と思う人とでちがい、値段がさだまりにくいだろう。従来からあるパッケージの米の値段は、それに直接には左右されず、供給総量の変化にゆるやかに応答するほうがよいだろう。
ただし、備蓄させていた倉庫の契約を解除してしまったと報道されていたことには不安を感じた。今後にも米不足はありうるので、備蓄は続ける必要がある。2025年産の米が出そろったら、そのうちいくらかを備蓄しなければいけないはずだ。それは実行されたのだろうか。
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米の値段については、生産者のたちばからは、これまでが安すぎたのであり、この年に値段が上がってやっと採算がとれるレベルになった、というような話がきかれた。
他方、消費者のたちばからは、所得が上がらず、物価が上がる (少なくとも外国から輸入される商品は円安で値段が上がる) なかで、基本的な食料である米の値段が上がるのは、政治が悪い、というような話がきかれた。
この両方がもっともだとすると、食管会計のような逆ざやで、国 (行政機構) からの財政支出でおぎなうような政策をとるしかないだろうか。食管会計のときのように全量買い取りではなく補助金のような方法もあると思うが、補助金は (政権交代というほどではなくても大臣の交代ぐらいでおこりうる) 政策変更に弱いかもしれない。
このほかにも、今後数十年の日本の米を含む食料の生産と需要に関する政策について、考えていることがいくつかあるのだが、別の記事にしたい。