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宮脇昭氏の「森の防波堤」論をめぐる暫定的考え

宮脇昭氏の「森の防波堤」論についての論争をネット上で見た。宮脇氏のこの主題の本は見かけてはいるが実質的に読んでいないので、どう評価してよいのかよくわからない。しかし、すでにtwitter上で断片的に発言してしまい、それだけではわたしの考えがうまく伝わらないと思ったので、ともかく今の段階で考えていることを書いておく。

宮脇氏は国際生態学研究センター長(このセンターは現在(公益財団法人)地球環境戦略研究機関(IGES)の一部となっている)。その前は横浜国立大学の教授だった。

わたしは宮脇氏が大学教授であったうちの最後のころ、「衛星による地球環境の解明」という研究プロジェクトの班の会合で何度か顔を合わせている。班を組織したのは写真測量系(広い意味の土木工学系)の学者であり、メンバーには地理学の気候学や地球物理学の気象学の人がいた。このような専門の人々は、生態系を見るのに、森林か草原か、常緑樹林か落葉樹林か、など生物の形に注目し、種類はそれほど重視しない。生態学のほうの用語によればbiome (生物群系)というものへの関心と言えそうだ。宮脇氏の生態学はそういう関心に適合したものだと思われた(わたしは思った)。宮脇氏の議論は、南日本の常緑広葉樹林はシイ・カシ・タブ林(「照葉樹林」)であるというように、代表的な種も指定していたので、biome論と同じではなかったけれども。

その後知った宮脇氏の業績は、「日本植生誌」というシリーズの本の編者になったことだ。わたしは本の外側は見ているが中身は見ていないのでよくわからないが、基本的に、事実を記載したという業績なのだと思う。科学にはまずそういう仕事が必要なのだ。ただし、人間活動の影響を受けた森林から自然植生を区別しようとするところにはなんらかの作業仮説がはいっていたにちがいない。しかし、何か明確な理論を打ち立てたというものではなかったように思われる。

わたしが宮脇氏のことばにいちばん詳しくふれたのは、2005年にNHK教育テレビで放送された「この人この世界」というシリーズの「日本一多くの木を植えた男」という番組だった。この内容は2006年に「いのちの森を生む」という題で出版されたそうだが、わたしはそちらは見ていない。テレビ番組のテキストは持っている。番組では、初めのほうに学者としての経歴の話もあったが、大部分は木を植える運動の話だった。宮脇氏の植林は、木材を利用するための植林ではない。人間活動によって失われた自然環境を、なるべく「自然な」形にして(もどして)いくことをねらったものであり、いわば「自然再生」あるいは生態系保全をめざした活動だとも言える。

ところが、大震災以前から、保全をめざす生態学者などの専門家の間では、宮脇氏のやりかたに対する評判はあまりよくないらしい(わたしは直接確認していない)。その理由もよくわからないが、瀬戸口(2000)の科学史の論文を参考にすると、保全生態学は進化生態学に基づくものであって、その立場から見て宮脇氏のよって立つ生態系生態学は「古い」のかもしれない。とくに、昔の生態系生態学で重視された「極相」の概念を進化生態学は否定する。宮脇氏の使う「潜在自然植生」もその同類であり否定すべき概念とみなされるのかもしれない。

なお、瀬戸口氏の論文は2000年に発表されたものだからそれ以後の進展が含まれていない。瀬戸口氏の記述では、生態系生態学を有機体論と機械論に分けるが、機械論的生態学は定常状態だけを考える傾向があったそうだ。その後、機械論的生態学モデルが発達して、「種」内の個体間相互作用や「種」間相互作用による時間発展を表現できるようになった。まだその「種」は充分現実的でないので、保全への応用に直接には役立たないかもしれないが。

わたしは宮脇氏が「潜在自然植生」の概念をどう規定しているか正確に知らない。わたし自身が「潜在自然植生」ということばを使うときは次のように考えている。基礎となる思想は、地球物理育ちの気候学者であるわたしが「生態学」として認識しているものだが、「定常状態を前提としない機械論的生態系生態学」と言ってよいと思う。植生は気候条件に規定されるところが大きい。(地形などの条件もあるが第一近似として気候条件で代表させておく。) これは、有機体としての森林が気候条件に規定されるのではなく、直接には気候条件にそれぞれ適応できる種(しゅ)の集まりが生じるのだ。そして、森林の組成は、種間相互作用(動物を含む)によって変化する。もし、ある組成で準定常状態が存在し、それが攪乱に対する復元性があるならば、いったんそれが成立すると長く生き残るので、それがよく見られるはずだ。その地域の在来種の組み合わせによって、そのような準定常状態をつくることのできる植生があれば、それが「潜在自然植生」だ。(わたしは、定常状態を実体であるかのように考えるのではなく、変動がありうるシステムの定常状態に注目しているのだ。)

潜在自然植生に近い森林を作るという方針は、森林を作りたいがその維持に手間をかけたくない場合に有効だと思う。木材などを利用する森林を育てたい場合には必ずしも有効ではない。美観や生活安全の面でも最適でないかもしれない(とくに照葉樹林はつる植物が多くて人の立ち入りをはばむことがある)。

潜在自然植生に近い森林を作るという方針は、スギ・ヒノキ植林が国策だった時代にはアンチテーゼとしての価値があったのだと思う。また、関東あたりでは、潜在自然植生は照葉樹林なので、「さとやま」あるいは「雑木林」として人に親しまれてきた落葉広葉樹林がよいとする人々とも対立したが、手間をかけたいのかかけたくない(かけられない)のかを明示すれば、無用な衝突は避けられたのではないかと思う。東北日本の大部分の潜在自然植生は落葉広葉樹林だと思うのだが、宮脇氏は海岸部での照葉樹林の立地可能性を強調していると聞く。(わたしは、照葉樹の種の木が個体として生存できるが、照葉樹林の成立には至らない、という状況ではないかと想像する。ただしこれは想像だけで根拠はない。) 宮脇氏は北京近郊の万里の長城に蒙古ナラを勧めた例もあるので、潜在自然植生が落葉広葉樹林だと認定すればそれを勧めるはずだが。

わたしは宮脇氏の最近の言動を追いかけていないが、伝え聞くところによれば、潜在自然植生以外の植林に対する否定的言動が行き過ぎていると思う。

そういえば、かつて適度に謙虚な学者だった人が、自信過剰なもの言いをするようになる例はいくつも見かける。あえて類型的に述べれば、専門内で重視されず、専門外で重視された人にありがちだと思う(この条件にあてはまる人がみんなそうなるわけではないが)。

ここから、とくに津波被災地の復興についての「森の防波堤」論について、(わたしの限られた認識に基づいて暫定的に)考えてみる。

多くの人は、被災地の復興について、「災害前の状態に復旧」、それに加えて、「人間をまもる設備の増強」あるいは(それと両立することも対立することもあるが)「野生種の保護強化」を進めようと思うだろう。「森の防波堤」論は、そういう多数論に対するアンチテーゼとしては価値があると思う。宮脇氏を権威とみなしてそれにとびつくのではなく、非常識として切り捨てるのでもなく、両方の考えを見比べて考えるのがよいと思う。

宮脇氏の考えを離れてわたしの考えを述べるが、地形の形成・発達という観点からは、津波も自然の営力であり、それで地形が変わっていくのが「自然な」ことなのだと考えることができる。人間が建物を作るために木材やセメントを動かしたことも(「自然な」ことと考えるかどうかはともかく)地形形成営力と見ることもできる。

まず復旧してそれから安全確保や利用をはかるように調整しようと考える立場とは対立するが、むしろ、変わってしまった現状から出発して安全確保や利用をはかることを考えたほうがよいのではないか。利用できるエネルギー資源に限りがあることが明らかになった今、もし復旧をめざすと資源消費が多くなるのならば、その道は避けるべきなのかもしれない。

森林がほしいと決めたときに、どういう植林をするかの分かれ道は、手間をかけられるかかけられないかだ。今後森林を利用する意欲があるだけでなく、実際に次の世代に利用しつづける見通しがある場合には、宮脇流に反発するのはもっともだ。利用を続けられそうもないのならば、手間のかからない森林を作るべきで、細部はともかく大筋では宮脇流は指針となると思う。

【[2012-11-22補足] 海岸は、津波こそまれだろうが高潮や強風などによる攪乱が多いので、潜在自然植生という考えがよくあてはまらないかもしれない。クロマツは日本の多くの海岸の条件によく適応する種にちがいない。ただし、しろうと考えだが、持続性の高いのは純粋な松林ではなく他の種の木と混ざったものだろうと思う。】

なお、「がれき」と呼ばれるものの中身は場所によって違う。そのまま埋めて土となるものもあればならないものもある。汚染については、(今話題になっているのは事故を起こした原子力発電所の近くではないので)放射性物質よりもむしろ感染症と化学毒物が問題だと思うが、それぞれの場所の実態を認識して、自然環境の中に出してよいものと厳重に隔離すべきものとを区別して対策する必要がある。(適切な対策が「燃やして灰を埋める」という形になる場合も、そうでない場合もあると思う。)

文献

[2012-11-22追記] Togetterに、layujieさんによるまとめ 「森の防潮堤」構想と宮脇昭理論の生態学上の問題点(2012年11月19日)がある。mahoroszkさんの一連の発言と、いくつかの資料へのリンクを含む。