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降水量、なんミリ?

降水量の単位「ミリ」はミリメートル(mm)だ。降った雨が蒸発することも土にしみこむこともなく積みあがったらどれだけの高さになるか、と説明されることがある。雪はとかして液体の水にして勘定に入れる。

ただし降水量は循環している水の流れに関する量だ。同じような雨のふりかたが続いているとして、期間が2倍になれば降水量も約2倍になる。降水量の数値は、対象となる期間を指定しなければ、ほとんど意味がない。期間としては「ひとあめ」(雨が降りはじめてからやむまで)のような事例ごとに長さが変わるものが設定されることもあるけれども、多くの場合は、時間(hour)、日、月、年のような人間社会にとってくぎりのよい期間がとられる。わたしは、日降水量は「mm/日」、年降水量は「mm/年」のような単位をもつ量としてとらえたほうがよいと思っている。しかしそう考えない人もいる。単位時間あたりの降水量は「降水強度」と呼ぶべきだという考えもある。わたしも「降水強度」は単位時間あたりの降水量だと思うが、考える時間間隔を細かくした極限、つまり降水量の時間による微分をさすのが適当だろうと思っている。

降水量は水循環の一環として考えたほうがよい。地球上(ただしおもに陸上)の水循環を考える学問は水文学(すいもんがく)と呼ばれる。ただし古気候の場合(「小氷期」ほかの記事参照)と同様、水文学コミュニティはさまざまな専門分科を勉強してきた人の集まりで、その専門分科のうちには気象学も含まれる。以下「気象むらの方言」というよりはむしろ「水文市場(いちば)で聞かれる言語」の話になる。

水循環を考える強力な手段として水収支がある。これは質量保存に基づいており、固体・液体・気体の3相をあわせた水の質量が保存する(不生不滅である)と仮定することが多い。水とほかの化学物質との間の化学変化が、水であることを保ったままの移動に比べてわずかであることが多いからだ。

陸のある部分、たとえばある川の流域を考える。その流域にたまっている地下水・土壌水・湖や水田などの地表水をあわせた水の総量を考える(これをなんと呼ぶかも問題だがひとまず「陸水貯留量」としておく)。降水は陸水貯留量をふやす。陸から大気への水の蒸発(植物による蒸散を含む)は陸水貯留量を減らす。川への水の流出も陸水貯留量を減らす。このほかに地下水の水平移動による流出・流入もあるかもしれないが、ひとまず無視できるとしておく。ここで「水の量」と書いたものは、本来は質量だ。流域の総量を考えてもよいのだが、「フラックス」の記事で述べたように、地表面の単位面積あたりで考えることが多い。単位面積あたりの陸水貯留量をS、降水量をP、蒸発量をE、流出量(この用語についてもあとでコメントする)をRとすると、次の式が成り立つ。

dS/dt = P - E - R

理屈のうえでは、Sは単位面積あたりの質量(SI単位はkg/m2)、P, E. Rは質量フラックス密度、つまり単位面積・単位時間あたり動く質量(SI単位はkg/(m2 s))とするのが正しい。

しかし、水に関しては、一定の密度を仮定して、質量を体積で置きかえて述べることが多い。メートル法の構想段階では、キログラムは体積が1リットルつまり1×10-3 m3となる水の質量として考えられた。(密度は温度によっていくらか変化するが、最大となる約4℃での密度が採用された。) その後キログラム原器という物体が標準とされたので水は定義からはずれたけれども、水の密度は、よい近似で、1000 kg/m3なのだ。

河川流量(英語ではriver discharge)は、本来は質量フラックス(SI単位はkg/s)が適切だと思うが、水文学では(もともと河川工学・河川管理の習慣だと思うが) 立方メートル毎秒(m3/s)の単位で表わすことが多い。いわば「体積フラックス」とみなしているわけだ。

水が積みあがった高さも「面積あたりの体積」とみることができる。降水量を(年あたり、あるいは日あたり)なんmmという形で示すのは、それを「体積フラックス密度」に置きかえていると考えることができる。同じ式に出てくる蒸発量流出量も同じ単位で表現することになる。

流出量(英語ではrunoff)ということばの意味は、水文学の中でも必ずしも一致しないので、「むら」や「いちば」の方言ではすまず、それぞれの文献でどういうつもりで使っているのか、いわば著者の個人言語を理解する必要がある。まずどこを通過する水かという問題がある。ここでは、流域(土壌・水田・湖など)から川に流れ出す水をさすことにする。次に、流域全体からの流量(質量フラックス)なのか、流域の面積あたりの流量(質量フラックス密度)なのかという問題がある。ここでは面積あたりのほうで考える。そして液体の水の標準の密度を使って質量を体積に置きかえる。【この意味の流出量を「流出高(-だか)」ということもある。わたしはこの表現のほうを好む。「流量」と似ていないし、「高」が水が積みあがった高さのような気がするからだ。ただし、ここで使われる「たか」は(語源か当て字かは知らないが)「多寡」と書かれることもある「数量」のような意味のことばであり「高さ」とは関係ないという説もある。】

貯留量についても用語のゆらぎがある。(これは水に限ったことではなくエネルギー貯留量についても同様だ。) さきほどの水収支式の中で「dS/dt」を貯留項(storage term)と呼ぶことには反対はないと思う。しかし、「貯留量(storage)」は、「たまっている量」だと考えれば S をさすことになるが、「ためられつつある量」だと考えれば dS/dt をさすことになる。これも、著者の個人言語を理解する必要がある。