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フラックス、なんワット(毎平方メートル)?

フラックス」(英語flux)は、何かの流れを示す物理量に使われる用語だ。単位時間あたりに、ある面のある有限の大きさをもった部分を通過する(あるいはそこに到着する、あるいはそこから出ていく)物質の質量が、質量フラックスで、SI単位はキログラム毎秒(kg/s)だ。質量の代わりにエネルギーの場合には、エネルギーフラックスで、SI単位はジュール毎秒(J/s)つまりワット(W)だ。

Fluxとflowは語源が同じなので、なぜ「流量」と区別されて「フラックス」ということばが使われるのかは、わたしにはよくわからない。日本語では「流束」ということばが使われることがある。(ただし発音は「りゅうそく」だと思うが、そうすると「流速」と区別がつかないのでとてもまぎらわしい。わたしには使えないことばだ。) どうやら、次のような状況が想定されてできたことばのようだ。乱れのない流れが定常的に続いているとすれば、流線を考えることができ、流線で囲まれた筒のようなものを考えることができる。筒が太くなるところでは速さ(「流速!」)が遅くなり、細くなるところで速くなるが、どの横断面で見ても単位時間あたりに流れる質量(質量流束)は同じになるだろう。

断面の単位面積あたりのフラックスを「フラックス密度」(英語ではflux density)という。「なになに密度」はふつう「単位体積あたりのなになに」なのだが、フラックス密度はその例外だ。質量フラックス密度のSI単位はキログラム毎平方メートル毎秒(kg/(m2 s))、エネルギーフラックス密度のSI単位はワット毎平方メートル(W/m2)となる。

ここまでは広い意味の物理科学の共通語の話。わたしは「理科年表」の物理・化学の部が標準を代表していると想定して述べた。

方言というべきなのは、気象ばかりではなく地球環境科学のいろいろな分野に共通すると思うが、とくに上下方向の(たとえばCO2の)質量の動きやエネルギーの動きについて、「フラックス密度」のことを「フラックス」と言ってしまうことがとても多いことだ。「フラックス密度」ということばはほとんど聞かない。ある地域全体のフラックスを話題にすることもあるのだが、その場合も数値として示されるのはその総量ではなく地表面の単位面積あたりの量なのがふつうだ。

総量は人の感覚に比べて大きいものになることが多く、1平方メートルあたりの量のほうが人の感覚に合っているせいかもしれない。また、注目する地域の範囲が研究者によって違うので総量だとすぐに比較できないが面積あたりの量ならば比較できるからかもしれない。

気象学・海洋学などの数値データを交換する際の記述のしかたの標準として、「CF Convention」というものがある。これの変数名の指針「Guidelines for Construction of CF Standard Names (Version 1, 2008年12月3日)」 http://cf-pcmdi.llnl.gov/documents/cf-standard-names/guidelines http://cfconventions.org/Data/cf-standard-names/docs/guidelines.html[2016-05-03 リンク改訂] では、fluxということばを、一貫してここでいう「フラックス密度」の意味で使ってしまっている。CFはだんだん広い範囲の人々に使われていっているようだが、このままでだいじょうぶだろうか?

単位のほうも「(いわゆる)エネルギーフラックス」の場合ならば、記号で書くときは「W/m2」または「W m-2」とするけれども(CFでは上つきが表現できないので「W m-2」)、それを口で説明するときに毎回「ワット毎平方メートル」(英語ではwatts per square metre)と言うのはいかにもくどいので、「ワット」と言ってしまうことがある。そうすると本来のエネルギーフラックスの単位と同じになるので、ますますまぎらわしい。

「エネルギーフラックス密度」や「ワット毎平方メートル」には、もっと短い名まえをつけるべきなのだと思う。【単位のほうで思いあたる人名は、熱伝導を研究し地球の熱収支(まだ「エネルギー」の概念がなかった)についても考察したFourierだが、フーリエ変換という応用数学的手法があまりに有名なので(気象でも使うので)、話題がまぎらわしくなるだろうか。】