macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

リニア 中央 新幹線 と 静岡県 川勝 知事 の 辞任 表明 に ついて 思う こと

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】
【この記事は、個人的おぼえがきです。2, 3, 4節に交通政策に関する意見をふくんでいますが、国会や JR東海 などにむけた提言にすることはできていません。】
【なお、わたしは、大井川流域で生まれ、「赤石 の 水 を あつめて 大井川 瀬 の 鳴る ほとり」という校歌をもつ小学校にかよい、その後も高校生まで静岡県でそだった者なので、その地域に思い入れはあるのですが、1980年ごろ以後のその地域の事情にはうとくなっております。】

- 1 -
2023年12月、JR東海の リニア中央新幹線 の開業が予定していた 2027年 より おそくなる見こみであることが報道された。その理由として、静岡県がトンネル工事の着工に反対していることがあげられていた。しかし、静岡県以外にも着工がおくれているところがあり、たとえ静岡県の区間の問題がなくても予定どおりの開業はできそうもないらしい。

2024年 4月、静岡県の 川勝 平太 知事の失言が報道された。それをきっかけとして、知事が (6月に) 辞任する意向がしめされた。辞任の理由としてはリニア新幹線の問題が一段落したことがあげられていたそうだ。静岡県が反対をやめ、静岡県の区間の工事がはじまるかどうかは、つぎの知事がきまるまでわからないだろう。

ともかく、わたしの頭のなかにはさまざまな問題がうずまいてしまったので、それぞれ書きだしておくことにする。

- 2 -
県知事がだれであるかにかかわらず、静岡県は、リニア新幹線の計画に対して不満をもつたちばにある。工事の影響をうけるが、開業しても静岡県には (駅ができる予定がなく、できたとしても人がほとんど住んでいない山地だから) メリットがないのだ。

国鉄民営化以後の運輸政策で、リニア新幹線は JR東海という私企業の事業だとされている。JR東海は静岡県を説得できていない。国の政策判断が必要だろう。県は国の部分でもあるが、自治体でもあるから、県にしたがわせるためには、行政府の政策決定だけでなく、国会による立法、ばあいによっては裁判所による判決が必要だろう。

- 3 -
工事の影響として心配されていることのうちには、自然環境の問題がある。トンネル予定地は 赤石山脈 (南アルプス) であり、国立公園になっているところもある。高山の生態系を構成する動植物の生存がおびやかされるおそれがある。(これについてはアセスメントがおこなわれているとおもうが。)

それよりも話題になったのは、水のことだった。トンネル工事によって地下水の流れがかわる結果として、大井川の水が減ることが心配されているようだった。

大井川流域の人が水が減ることを心配するのにはもっともな動機がある。大井川下流の河川敷の幅は 1 km ぐらいあるが、ふだんの水面はその 1割ぐらいしかない。流域には、20世紀のあいだに、おもに水力発電のために、ダムがたくさんつくられた。ダムは流量の時間的変動を平準化するはたらきもするし、水の一部は用水路に分水されて台地上の農業用水などにつかわれているのだが、本流の流量が減ったことはたしかであり、川にすむ生物のうちにはこの地域から絶滅したものもいるだろう。

そして、トンネル予定地は大井川の源流というべきところにある。人びとは、源流でおこることを重視しがちだ。もし微量でも有害な物質による汚染の問題ならば、源流でおこることはたしかに流域全体にとって重要だ。しかし、水の量の問題ならば、川の水は基本的に雨からくるので、流量はおおまかにはその地点から上流側の流域面積に比例する。大井川流域 1280 平方キロメートルのうちで、かりに源流部の数平方キロメートルにふる雨がよそにいってしまったとしても、流量の小さな部分がうしなわれるにすぎない。【このブログで 2010年ごろに「地球温暖化にともなってチベット・ヒマラヤの氷河からくる水がなくなると、その下流の十億人のけたの人びとの水資源がうしなわれる」という議論についてコメントした。そこにも同様な認識の問題がある。】 また、水がうしなわれるといっても、消滅したり、すぐ蒸発してしまうわけではないから、どこかに出てくる。それが大井川流域のうちならば、大井川流域全体の水収支はかわらないし、赤石山脈の稜線をくぐって長野県の天竜川流域に、あるいは東側の稜線をくぐって山梨県の富士川流域に出たとしても、それぞれの流域全体の水収支にとってはたいしたことがないだろう。

しかし、ローカルには重要かもしれないことに、4月4日に Twitter で Makita Hiroshi さんのツイートを見て気づかされた。南阿蘇鉄道の終点の高森 (熊本県) のちかくに「高森湧水トンネル公園」がある。当時の国鉄の高森線と高千穂線をむすぶ鉄道を建設する工事が鉄道建設公団によって進められていたのだが、1975年 2月 【この日付は高森観光推進機構のサイトの高森湧水トンネル公園のページによったのだが、Wikipedia「高千穂線」など 1977年 2月 としているものもある。複数回の事件のうち別々の回に注目しているのかもしれない】、トンネル工事中に大量の水がわきだした。(当時 Makita さんは延岡にいてローカルニュースとして知った。) 工事は中止され、1980年に建設とりやめが決定された。大井川源流域でも、このようなことがおこる可能性があるだろう。もしおこれば、工事関係者にとっては災害だし、建設をつづけるとしてもルート変更などが必要になって完成がおくれるだろう。ただし、このようなことがおこる「可能性が高い」とはいえない。不確かな災害リスクがあるのだ。

水の問題のほかに、トンネルをほってでてくる土砂をどこへもっていくかという問題もある。これも、土砂くずれのような災害リスクにもなりうる。

このような災害リスクがあっても建設するかどうかは、私企業まかせにしてはいけない、国会で審議して決めるべき政策課題だとおもう。

- 4 -
リニア新幹線は、1980年代によいとされたが、いまとなっては見なおしが必要な政策のひとつだとおもう。

1980年代に、それまで公共事業とみなされてきたことのおおくを政府の事業とするのをやめて民間企業にやらせるべきだ、という思想 (いわゆる「新自由主義」あるいは「〈小さい政府〉主義」) による行政改革がおこなわれた。国鉄民営化はその代表例だった。「整備新幹線」の建設は国の事業としてのこったけれども、中央新幹線はそれからはずれ、JR東海の自主的な事業ということになった。

1980年代に、貨幣価値でみた日本の富は成長をつづけていた (いくらかはあとで「バブル」にすぎないとなったのだけれど)。日本は技術の高さをほこる国ともなっていた。技術的に不可能ではないがそれまで歯が立たないとおもわれていた課題への挑戦を奨励するふんいきがあった。東京と名古屋を最短距離でむすぶために赤石山脈にトンネルをほるというのもそのひとつだった。リニアモーター技術を数百 km の距離にわたってつかうこともそのひとつだった。(超伝導をつかうことが想定されていたが、当時の知識では超伝導をたもつには液体ヘリウムが必要だった。これだけの距離にわたって液体ヘリウムを常時たもちつづける技術はなかっただろう。その後、基礎科学が発達して、相対的に高温の超伝導が可能になって、やっと実用のみとおしができた。)

いまの日本には、運用は私企業にまかせるとしても、どのような鉄道を建設するかについては、国としての運輸政策ビジョンが必要だ。東京・名古屋間についていえば、まず、新東名高速道路ができてもさらに手段をふやす必要があるだけの交通需要があるのか? たぶん、(航空安全 および 化石燃料消費削減 の面から) 東海道上空をとぶ飛行機をへらしたほうがよいので、地上輸送能力の増強は必要だとされるだろう。それをまかなうのに、土木工事の面でも、動力の面でも、未知の面をもつ技術をつかう冒険をするべきなのか、既存のよくわかった技術をつかうべきなのか? わたしは、いまの日本には、冒険をゆるすだけの経済力と技術開発力がもはやないだろうとおもう。

また、山脈をよこぎるルートは、低地のルートよりも、地主にはらう土地代金は安いだろうから貨幣価値ではやすくつくのかもしれないが、工事に必要なエネルギーコストがおおきくなるだろう。

わたしは、まえまえから、東海道新幹線のバイパスとして、東海道新幹線の列車がのりいれ可能な鉄道を増設し、新旧の線をあわせて輸送能力がとだえないようにするべきだとおもっている。新技術に挑戦することや、到達時間をさらに短縮することよりも、社会のインフラストラクチャーを強靭にすることのほうがだいじだとおもう。

わたしには、いますすんでいる工事を中止させるべきかは よくわからないが、JR東海という企業の手におえない困難があらわれたら、中止させるべきだとおもう。もしそれでその会社が私企業として破綻するのならば、その事業が私企業にまかせるには重大すぎるのだから、また国有鉄道にするべきなのだろう。

- 5 -
川勝さんのことを、わたしは、名まえは知っているのだが、どんなことをした人なのか、よく知らない。

2024年 4月 3日の 小田中 直樹さんほか複数の人のツイートによると、 川勝さんは若いころ、経済史のすぐれた研究者だった。その論文 (出版 1976, 1977, 1981年) は、明治はじめの日本の綿織物は輸入品との競争に負けたわけではない、という主張をふくんでいた。
その主張についてのいまの評価は単純ではない。ウェブ検索でつぎの解説をみつけた。

  • 鈴木 淳, 2015: 開港の綿業への影響について。『歴史と地理 日本史の研究』248号(2015年3月号)25-28. https://ywl.jp/view/LSl2g

【それよりあとの時代に、日本は機械による紡績・織物の工業を発達させて、先進国の製品と競争していくことになる。わたしの父親は、第2次大戦後の最盛期から、後発国においつかれる時期にかけて、その産業で (大井川下流域や天竜川下流域の工場で) 働いていた。】

わたしは、1997年に出た『文明の海洋史観』という本の題名を見て、川勝さんの名まえを知った。その題名が 梅棹 忠夫 さんの『文明の生態史観』をふまえたものだということもわかった。わたしは世界史を大局的に見たいとおもっていたし、そのとき海をわたる人や物のうごきに注目するべきだともおもっていたし、20-00年代には本業で東南アジアにかかわっていたから、その本を読むべきだったのだが、なぜか読まずにきてしまった。もしかすると、別の著作 (おそらく商業雑誌記事) をみて、この人は保守系のイデオローグになってしまったと感じたからかもしれない。

これまで確認していなかったのだが、Wikipedia 日本語版「川勝平太」によれば、1996年に「新しい歴史教科書をつくる会」ができたとき、川勝さんは呼びかけ人ではないが賛同者になっており、翌年のシンポジウムではパネリストになった。しかし、2009年に知事になったときの会見で、会のメンバーになったことはなく、現在 (2009年) は賛同者でもない、と言っている。わたしは川勝さんの思想をよくつかんでいないが、おそらく、保守系ではあるが、大日本帝国の体制を賛美するような保守反動ではないのだろう。【国際日本文化センターで同僚であり、川勝知事のもとで「ふじのくに 地球環境史ミュージアム」の初代館長になった 安田 喜憲 さんは、縄文時代を賛美する一種の保守反動だが、男系よりも女系を重視するので、大日本帝国を賛美する保守反動とはあいいれないところがある。川勝さんもそうなのだろうか?】

ちかごろ、ネット、とくに Twitter をみていると、川勝さんを左翼あつかいする人がいる。おそらくリニア新幹線建設を国策とみて、それをとめていることを反体制とみているのだとおもう。わたしからみると、JR東海の事業に反対するのが反体制なのか、また反体制は左翼なのか、疑問がある。

2024年4月1日の発言は、農民や労働者を侮蔑しているようにおもわれかねないので、たしかに失言だが、「差別思想の持ち主であり、公職についていてはいけない」とまではいえないとおもう。失言の部分をはずしてみると、県庁の職員集団が県の政策をかんがえる think tank の機能をもつべきである、というのはもっともだ。辞任のおもな理由は、直接にこの失言ではなく、いろいろな事情がつみかさなって知事のしごとをつづける意欲がとぼしくなったのだろう。そのうちには、リニア新幹線についての判断を自分ではなく他の人にまかせたほうがよい、という考えもあるのかもしれないとおもう。