macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

「ブラタモリ」レギュラー番組終了、そのさきへ

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

- 1 -
NHKテレビの番組「ブラタモリ」が、2024年 3月 9日に、レギュラー番組としての最終回をむかえた。今後も単発の特別番組としてやることはかんがえられているらしいが、具体的な予定はない。ひとつの時代がおわったといえる。

NHKのウェブサイトのブラタモリのページは、最終回のころの状態でここにのこっている。

そして、そこからリンクされた「放送リスト」のページには、ブラタモリが全国展開されたはじめの 2015年 4月 11日 (長崎) 以来 268回の記録がある。(そのまえの東京だけを歩いていた時期のものはない。) これは貴重なので、(URLをたもつのはむずかしいかもしれないが) NHKのウェブサイトにはぜひのこしてほしいとおもう。

- 2 -
地球科学 (ここでは地理学をふくむ) の専門家、とくにその専門知識を一般の人たちのあいだにひろめたいと思っている人たちにとって、「ブラタモリ」は、予想外によくできた教養番組だった。日本地理学会は 2010年度の日本地理学会賞 (団体貢献部門) として、日本地質学会は 2017年度の日本地質学会表彰として、それぞれ「ブラタモリ」制作チームを表彰している。(蛇足ながら、タモリさんを表彰したわけではない。)

その意義は「ジオパーク」という活動と関連がある。ブラタモリが直接ジオパークにかかわっているわけではないのだが、ブラタモリの案内人をつとめた地球科学の専門家のうちにはジオパークの活動もしている人がいて、両方の活動を同じ流れのものとしてとらえていた。

ジオパークについては、ひとまず「日本ジオパークネットワーク」のウェブサイトをあげておく。

ジオパークの意義を、わたしなりにのべてみる。(わたし自身はいまのところジオパークにかかわっていない。)

地元の住民には、自分の住む土地のなりたちをよく知りたいという動機がある。また、市町村などには、その土地の特徴を観光資源として人をよびたいという動機もある。専門家や郷土の研究者には、知識をひろめたいという動機もあり、貴重な景観や文化財を維持してほしいという動機もある。そのような動機をうまくつなげられるしくみをつくりたい。

そこで、見るべきものがあるところ (ジオサイト) を見学してまわること (ジオツアー) が企画される。ジオツアーは、うまく移動できるように、しかも、ランダムではなく、つたえたい一連の知見のすじがき (ジオストーリー) をもったものであってほしい。

ジオストーリーとはどんなものか、わたしにはまだうまくのべられないが、すこしこころみてみる。

自然景観ならば、そのような地形がどのようにして生じたか。何億年も前に海底で地層ができたり、何百万年か前に陸になったり、何十万年か前から断層がときどき動いていたり、川によって侵食や堆積がすすんでいたり... といったことがあり、そこには氷期などの気候変動もからんでいるだろう。また、その自然景観に対して人がどのようにかかわってきたか、たとえば信仰の対象となったり、特産品が切り出されたり、観光地となったり、という話題もあるだろう。

都市ならば、そこに人が住める土地があり、水や食料が供給され、交通路があることが、それを可能にした自然条件とともに話題になるだろう。都市ができるにあたっては、特定の人びとが、信仰なり、軍事なり、商業なりの動機をもってとりくんだ歴史もあっただろう。

ブラタモリは、そのようなジオストーリーをもったジオツアーを実演する番組になった。

それは簡単にできたものではない。案内人を経験した人によると、タモリさんはロケの当日にはじめてくるのだが、ディレクターたちは何日もかけて現地調査や案内人とのうちあわせをしている。地理学会や地質学会の表彰はおもにその働きについてのものだ。

案内人を経験した地球科学者たちの考えたことが、月刊誌『地理』 2019年8月号の特集にまとめられている。(リンクさきからディジタル版の購入可能)。

- 3 -
ブラタモリが、タモリさんという人物によってなりたったこともたしかだ。案内人でも地元民でもなく、旅するしろうとの代表なのだが、単なるしろうとではなく、若いころから道の起伏に興味があったという。さらに、この番組の回をかさねると、くりかえし出てくる地形の特徴、たとえば断層や扇状地などは、おしえられるまでもなく推測できるようになった。また、テレビタレントであり、歩くだけでもさまになるし、わかっていることでもわからないことでもそれなりにものを言うことができる。しかも (おそらく老成したおかげで) 案内人や地元民の感情を害することを言うおそれはなさそうだ。

こういう特徴をもった人はなかなかみつからない。タモリさんをほかの人にいれかえるだけで番組をつづけることはありえない。

しかし、タモリさんの役が固定したことの弊害もいくらかあった。タモリさんといっしょに歩く役は、若い女性のアナウンサーがつとめた。しろうとだがものを言わなければならないので、アナウンサーは適切だろう。タモリさんが年輩で男性だから、ひろく視聴者が自分と同類のしろうとが歩いていると感じてもらうためには、若い女の人を起用するのももっともだ。しかし、二人組にすると、年輩の男の人が博識であり、若い女の人が (相対的に) 無知であるという図式ができ、しかも番組の内容がよいので、この図式も持続してしまうおそれがある。

これはタモリさんと案内人との関係の問題ではないことに注意してほしい。案内人がタモリさんより若い女の人であることもあったし、そのときのタモリさんの態度は、わたしの知るかぎり、案内人を専門家あるいは地元の識者として尊重したものであり、けっして年長者としていばるようなものではなかった。

この図式はタモリさんがつづけるかぎり変わらない。タモリさんにあたる役まわりに別の人を起用する機会に、女の人で適任の人がいれば起用してほしいとおもう。だれになっても、ブラタモリの特徴の全部はひきつげない。ちがった味の番組にすればよいのだ。

ブラタモリ関係者のうちで思いあたるのは、番組スタッフなのだがときどき顔を出す 安部 [あんべ] 景子 さんだ。タモリさんを歩かせてはあぶないかもしれない道なき斜面を歩く役をひきうけていたようだった。

また、NHK は不定期に、指原 莉乃 さんが歩く「さし旅」という番組を、ときにはブラタモリにすぐつづく時間帯に、やっていた。アイドルタレントを起用したバラエティーという感じの番組ではあったが、(故) 田代 博 さんが案内人のひとりとなった富士山眺望の回などは、ブラタモリと似た性格のものになっていたとおもう。わたしは指原さんがよいかどうかはわからないが、若いテレビタレントのうちでこの役まわりをしたい人をさがして起用したほうがよいかともおもう。

- 4 -
NHK は、ブラタモリをやっていた時間帯に (「新」をつけているが) 「プロジェクト X」を復活させるそうだ。

「プロジェクト X」は、不祥事でうちきりにおいこまれた、と聞いている。しかしわたしは不祥事の内容をよく理解していない。ノンフィクションなのに事実とちがうことをのべたなどの内容の不正なのか? パワーハラスメントというべき事態を美談のように語ったなどの倫理的評価の問題なのか? いずれにしても、その反省はしっかりふまえてもらいたい。

わたしが思うには、「プロジェクト X」はできごとを「アイディアと努力によって困難をのりこえた」というような定型にはめるくせがあった。それにうまくあてはまる事例はよいのだが、あてはまらない事例をむりやりあてはめると、不正になるおそれもあるし、そうでなくても番組として成功しにくいだろう。

「プロジェクト X」の第1回は 富士山気象レーダー だったそうだが、これは「アイディアと努力によって困難をのりこえた」定型にあてはまった。そして、TRMM (熱帯降雨観測衛星) は、主体となった法人はちがうが、課題はまさに富士山レーダーの主題のつづきであり、同じわくぐみにあてはめてもよさそうだ (TRMMの解説書を書いた 寺門 和夫さんもそう言っていた [わたしの読書メモ])。

しかし、このわくぐみにあてはまる事例はおおくないとおもう。「新 プロジェクト X」は、毎週ではなく、休み休みやってほしい。そして、ほかの週には、ブラタモリのいろいろな側面をひきつぐ多様なこころみの番組をやってほしい。