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地球温暖化予測につかわれる気候モデルの性能指標は過去の気温の時系列の再現ではない

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしもしめしません。】

【2020年7月22日、Twitterでたまたま気になった発言にコメントしたわたしのtweetが、わたしのtweetにしてはめずらしく多数の人から retweet されてしまった。わたしは、ひとつめの tweet で説明不足だと思ったので補足したのだが、補足がうまくなくてさらに補足することになった。そのままだとわかりにくいので、いくらか話題を整理しなおして書いておくことにする。】

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正確な引用ではないが、おおまかに、「地球温暖化モデルは過去の気温変動をよく再現していない。そんなモデルによる予測は信頼できない」というような発言をみかけた。

わたしは数値モデルによる地球温暖化の研究者とはいいがたいが、その研究の関係者ではあった。そのたちばからみて、上の発言は、地球温暖化の予測型シミュレーションにつかわれるモデルについて誤解したものだと思った。

さきに用語の問題を指摘しておく。「地球温暖化モデル」とよばれるモデルがあるかもしれないが、わたしはそういうものを具体的に知らない。地球温暖化の予測型シミュレーションにつかわれるモデルは、「気候モデル」とよばれている。

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たとえば経済などの人間社会関係の数量の予測をするモデルには、「統計(学)的な」あるいは「経験的な」と形容されるモデルが多い。そのようなモデルの類型のひとつとして、時系列統計にもとづいたモデルがある。その類のモデルは、同じ変数の過去の一連の値にもとづいて未来の値を推定する式をもつ。その式の係数をきめるには過去のその量の観測データが必要だ。観測データを、較正(calibration)用と検証(verification)用にわける。較正用のデータをつかって係数をきめ、それによって検証用データと同じ期間の予測をやってみて、検証用データとつきあわせてじゅうぶん近ければ、そのモデルはまだ観測データのない期間の予測につかえるだろうと判断する。

予測につかうモデルといえばそういうものだと思っている人が、「気候モデルがつかいものになるためには、過去の気温の時系列の再現の性能がよくなければいけない」と考えるのは当然だろう。

しかし、実際の気候モデルの評価基準として、過去の気温の再現はそれほど重要でない。そうなるのは、気候モデルがどのようにくみたてられているか、さらに、それがシミュレートする対象である気候システム (大気・水圏)がどんな性質をもっているか、それに関する観測データがどのようにえられているか、の事情による。

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気候モデルは、基本的な物理法則にもとづいている。そのうち、まず、エネルギー保存の法則にもとづいて、大気・水圏のエネルギー収支を考える。エネルギーがふえれば温度が上がり、エネルギーがへれば温度が下がるだろう。(大気・水圏を部分に分けて考えると、たとえば、大気・水圏のエネルギー総量がふえなくても、大気に分配されたエネルギーがふえて、気温が上がる、といったことはおこりうるが。)

エネルギー保存などの物理法則にもとづくモデルは、モデルの時間発展の初期値となる過去の1時点の状態量の値と、モデルの境界条件となる量の値を必要とはするけれども、状態量の過去の時系列データを較正用入力として必要としない。(だから、モデルで物理法則が適切に表現されているならば、過去の経験の範囲をこえた温度の予測も有効でありうるのだ。)

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くわしくいうと、気候モデルは完全に物理法則によるのではなく、部品として経験式をつかっている部分がある。(気候モデル専門家の用語では「パラメタリゼーション」(parameterizaton)という。[2012-06-10 モデルとパラメタリゼーション]の記事で説明した。) この経験式には較正と検証のための過去のデータが必要だ。ただし、この経験式は気温などの時系列を予測する形をしていない。較正・検証には最近の精密な観測によるデータをつかうのがふつうだ。

そういうわけで、気候モデルの評価の基準として重要なのは、物理法則をディジタル計算可能にするための近似の精度と、経験式の部分の最近の精密な観測による検証だ。

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気候モデルが過去の気温変化を再現できることはのぞましいが、それをモデルのよしあしの主要な基準とはしない。過去の気候をシミュレートするためには、モデルのほかに、入力として、気候システムを変動させる要因のうちシステム外のものの過去の数値のデータが必要だ。また、その結果を検証するためには、過去の気候システムの状態量(たとえば気温)の観測値が必要だ。入力データにも、検証用の観測値データにも、過去にさかのぼるほど大きな不確かさがある。モデルの不確かさとデータの不確かさを分離することがむずかしい。そこで、過去の気温変化がよく再現されているほどモデルの性能がよいとは、かならずしもいいきれないのだ。

外部要因のうち、二酸化炭素濃度は1958年から直接観測、それよりまえも80万年前から南極の氷があるので、精度よく与えられる。しかしエーロゾルの量と分布は、1960-70年代についても不確かだ。

20世紀以来の気候変化の原因特定の研究では、自然と人為の外部要因を与えたシミュレーションと、自然だけまたは人為だけの外部要因を与えたシミュレーションを比較する。外部要因のうち、人為起源の二酸化炭素濃度は精度よく与えられるけれども、人為起源のエーロゾル、火山起源のエーロゾル、1978年よりまえの太陽活動については、不確かさが大きい。

さらに過去数百年の気候の再現実験となると、外部要因としては自然起源 (火山、太陽)だけを考えればよさそうだが、その数量の不確かさは20世紀よりもさらに大きくなる。

また、現実の気候システムが、外部条件が一定であっても自然に数年から数十年の周期帯の変動をおこす性質をもっている。シミュレーションの結果にも数年から数十年の自然変動があるが、その位相(極大値をいつとるかなど)はまちまちだ。したがって、再現能力のよいモデルでも、シミュレーション結果と観測値とが自然変動のぶんだけずれることはさけられない。

したがって、シミュレーション結果と観測値を比較する際は、入力となる外部要因の不確かさ、検証につかわれる観測値の不確かさ、自然変動の幅を考慮にいれる必要がある。シミュレーション結果が観測値と「あっている」と言える状況は、かなりの幅をもち、そのうちでどこがいちばんよいとはいいきれないのだ。

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ここまでとはすこしちがう議論になるが、「簡単なモデルと複雑なモデル」についてものべておきたい。

気候モデルには、(簡単なものと複雑なものとの2類型ではなく) 簡単なものから複雑なものまでさまざまなものがある。そのうちで、観測値と精密に対比できるシミュレーションにつかわれるものは、わりあい複雑なものだ。(ただし、複雑なほうの端にあたるものではない。極端に複雑なモデルは、まだよく検証されていない部品をふくんでいたり、ひとつの実験あたりの計算量が膨大になったりして、実用的でないだろう。) 簡単な気候モデルは、おもに理論的思考のための道具としてつかわれる。また、計算機資源や労働力の制約があるなかで、実験の例数をふやしたり、シミュレーション対象時間を長くしたいときには、わりあい簡単なモデルがえらばれる。

ただし、何が簡単なモデルと考えられ、何が複雑なモデルと考えられるかは、学問や技術の進展によってもかわってくる。

気候モデルの初期の開発者であり その後もモデルをつかった研究をつづけた 真鍋 淑郎さんのモデルは、1970年代には、当時の気候モデルのうちでいちばん複雑なものであり、精密な、現実的なモデルと考えられた。ところが、1990年代には、真鍋さんのモデルは、同業の他の研究機関のモデルにくらべて、単純であり、理屈を考えるのに適したモデルだと考えられるようになっていた([ブログ記事 (2013-07-05) 気候モデリング研究者の(複数の)思考様式 (Shackley 2001) ])。真鍋さんのモデルは改良されてはいるが根本的に変わっていない[注]。まわりの研究者がつかうモデルの分布がかわったのだ。

  • [注] 空間離散化技法に注目する人は、真鍋さんの1970年代のモデルは格子点モデルであり、1990年代のモデルはスペクトルモデル(変数を球面調和関数で展開するモデル)なので、根本的にちがうというだろう。わたしは、同じ連続体の方程式の近似技法のちがいにすぎないととらえて、「根本的に変わっていない」と言った。