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モデルとパラメタリゼーション

(中に出てくる用語の説明はこれまでの「気象むらの方言」の記事にあるものが多い。ひとまず、本文から各記事へのリンクはつけていない。このカテゴリーの記事一覧を参照していただきたい。)

気象学の中でも「モデル」ということばは文脈によって違う意味に使われる。しかし、昔はともかく1980年代以後、「気象モデル」とか「気候モデル」と言ったらたいていは、物理法則を基礎として大気のもつ物理量の値を求めるような「数理モデル」をさしている。そのうちでも、すべてではないが(とくに「簡単なモデル」と言った場合は違うが)多くの場合は、運動方程式、質量保存、エネルギー保存、状態方程式などを連立させ、3次元空間に分布する複数の物理量の値を、時間に伴う変化を追って計算するものをさす。運動方程式などは連続時空間の偏微分方程式として表現され、それを正確に表現するには無限個の数値を必要とするのだが実際に計算できるのは有限個の数値だから、どうしても近似がはいる。また、偏微分方程式の一般解が求まるわけではなく、特定の境界条件と初期条件を与えた場合の解の近似値(数値解)が得られるのだ。(いろいろ条件を変えた多数の実験をすることはできる。)

さらに、モデルの対象となるプロセスのうちには、因果関係が完全にはわかっていないものや、原理的にはわかっているが情報が不足しているもの、計算量の制約のために単純化する必要があるものがある。そういうプロセスを抜いたモデルでは結果が明らかに偏ってしまう。そのようなプロセスは、基本的な物理法則に反しないように注意しながら、そのプロセスに関する専門家の経験を便宜的に数量化した経験式で表現し、気象モデルや気候モデルの部品としてはめこむことになる。この部品あるいは部品を作るくふうのことを「パラメタリゼーション」(parameterization)という。(「パラメータ化」という表現もあるが聞くことは少ない。)

1980年代に大学院生だったわたしにとってこの用語は文脈から何をさすかはわかったがなぜこう言うのかはわからなかった。その後、教える立場になって少しずつわかってきた。経験式はたいてい、式を作る人がそれまでの経験と直観によって式の形を仮定するのだが、その際には値が確定しない係数のようなもの(パラメータ)を含んでいるのがふつうだ。それからあらためて、なるべく広範囲のデータを集めて統計的にそのパラメータの値を決定して、部品として使えるものになるのだ。

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1980年代、パラメタリゼーションと言えば積雲対流のパラメタリゼーションをさすことが多かった。当時、全球大気のモデルの格子間隔は100km以上であり、水平スケール1km程度の個々の積雲は直接には表現できない。格子で表現できる現象は静水圧のつりあいでよく近似できるはずだが、下からあたためられる状況で対流に対して不安定な成層ができるとシミュレーションが非現実的になってしまう。多数の積雲の集団的効果をなんとかして入れる必要があるのだ。

これに最初に取り組んだ真鍋淑郎さんは「対流調節」という方法を考えた(3次元モデル用の湿潤対流の表現は論文発表1965年)。要するに、対流が起きそうな条件が見られたら対流が起きたあとの条件で置きかえるということだ。もう少し具体的には、鉛直の温度減率が湿潤断熱減率よりも大きいところ(不安定成層)があれば、それが湿潤断熱減率に一致する(中立成層になる)ように温度・水蒸気の場を変えてしまうような手続きだ。(エネルギー保存・水の質量保存も満たすように注意する。ただし水の一部は雨となって落ちて大気の系の外に出る。)

真鍋さんの同僚だった栗原宜夫[よしお]さんは台風の形成のモデルに取り組んだ。まだ静水圧近似だったが、地球上の限られた地域について、全球モデルよりも細かい格子間隔で計算する。格子点モデルの時間ステップは個々の積雲の寿命よりも短くなり、1ステップの間に温度・水蒸気の場が大きく変わるのは不自然になってしまう。そこで栗原さんは、不安定成層は時間の指数関数型で中立成層に近づくという緩和(relaxation)型の表現を考えた(論文1973年)。これはsoft convective adjustment、日本語にはあまり訳されないがいわば「やわらかい対流調節」と呼ばれた。真鍋さんのパラメタリゼーションに比べて、緩和の時定数というパラメータが加わっている。

しかし、いずれにしても結果が中立成層になるというだけでは、温度と水蒸気量の両方の分布を一意に決めることができない。パラメタリゼーション作成者の直観による仮定がはいることになる。

【ここで郭暁嵐(Kuo Hsiao-Lan)さん(論文1965年、1974年)にもふれておくべきだと思うが、ひとまず省略する。】

荒川昭夫さん(論文1974年)は、積雲群の効果を表現するには、積雲どうしの相互作用を表現するべきだと考えた。たとえば、水蒸気という資源が限られているもとで、ひとつ積雲が立てば、それはまわりで積雲が立つことを抑制するだろう。格子の升目の中の積雲をひとつひとつ表現することはできないが、たとえば雲頂の高さごとにクラス分けしてそれぞれのクラスの雲が他のクラスにどういう影響を及ぼすかをモデル化することはできる。物理の統計力学で分子を振動のエネルギーレベル別に分けて考えるようなものだ。対流調節よりはだいぶ複雑なモデルになるが、パラメータ値を決定したうえで、格子スケールの温度・水蒸気などの分布が与えられたとき次のステップではそれがどう変わるかを計算するためのパラメタリゼーションとして使われる。

荒川さん流の統計力学的発想は、升目の中にじゅうぶん多数の積雲があることを前提としている。格子間隔がだんだん小さくなってくるとこの前提が成り立たなくなってくる。わたしは最近の気象・気候モデルで使われている積雲のパラメタリゼーションについて勉強していないのだが、荒川流よりはむしろ栗原流に近いものになっているのではないかと思う。

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1992年に地理学科に赴任してから約1年の間、わたしは人文地理学のうちの数理地理学で使われる「モデル」の意味がわからなかった。その分野の入門書をなん冊か読むうちに、ある日わかった。彼らの「モデル」はわれわれの「パラメタリゼーション」なのだ。そう読みかえれば話は通じる。他方、気象の物理法則に基づくモデルに相当するものは人文地理にはない。(人間も物体ではあるが、人間社会の動きは物理法則だけでは説明できない。) われわれのモデルを彼らに説明するのはあいかわらずむずかしい。

たとえば「重力モデル」と言われるものがある。わたしの入門レベルの理解では次のようなものだ。都市に対する他の都市の影響は、相手の都市が大きいほど大きく、都市間の距離が近いほど大きいにちがいない。たとえばNewtonの重力の式を使って、相手の都市の大きさに比例し、都市間の距離のマイナス2乗に比例するという形が考えられる。万有引力定数にあたる比例定数だけが未知のパラメータになる。しかし、重力の式との類推をゆるめて、相手の都市の大きさのa乗と都市間の距離のb乗に比例するとしてa, bもパラメータとしたほうがよいかもしれない。パラメータの値は実際のデータによって決める。都市間の影響、都市の大きさ、都市間の距離を、具体的にどのように測定された量で代表させるかというところには数理人文地理学者の専門技能が必要だ。一方で実際の数値をまぎれなく与えることができなければならず、他方でモデルの根拠となる理屈がパラメータを決める事例だけでなく広い範囲の事例に適用できる必要がある。

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今では気候モデルと人間社会のモデルを結合して扱うことも出てきた。その前に、気候モデルに生態系のモデルを組みこむことはすでに珍しくなくなっている。その場合の人間社会のモデルも、それなりに基本法則を想定してはいるもののそれがほんとうに人間社会を支配する法則だと思っているわけではなく経験的にあてはまるにすぎないという意味で、パラメタリゼーションなのだと思う。生態系のモデルの場合は、部分的には物理法則も使われるが、経験則に頼らなければならない部分が気象の場合に比べて大きいと思う。