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閉じた系 (閉鎖系)

「系」は英語ではsystemでありいろいろな文脈で使われることばだが、ここでは熱力学用語の「系」に限る。これは日本語で「システム」と言われることは少ない。熱力学の知識は自然科学の多くの分野で基礎として使われる。

そこで「開いた系」(あるいは「開放系」)と「閉じた系」(あるいは「閉鎖系」)という用語が使われることがよくあるのだが、それの意味が著者によって違うことに、もう30年くらい前の学生だったときに気がついた。当時新しかった「エントロピー学会」の場では、なん人かの論客が、自分の用語づかいが正しくて相手のはまちがっているという論調で言いあっていたという記憶がある。

たとえば、地球全体を考えると、外との間の質量の出入りが、全くないわけではない(隕石がとびこんできたり、大気中の水素が抜けていったりする)が、地球の中の物質の動きに比べてごく小さいのでゼロとみなせることが多い。しかし、外との間のエネルギーの出入りは、太陽からの電磁波(可視光線など)を受けて宇宙空間に電磁波(おもに赤外線)を出すという形で起きており、こちらは無視できない。つまり、地球は、質量の出入りはないがエネルギーの出入りはある系として認識される。

このような系を「閉じた系」と呼ぶ人々がいる。彼らの用語では「開いた系」とは質量をもつ物質の出入りのある系だ。質量もエネルギーも出入りしない系については「孤立した系」という用語を使う。この立場をとる人には化学者が多いようだ。

他方、質量は出入りしないがエネルギーが出入りする系は「開いた系」だとする人々がいる。彼らの用語で「閉じた系」は質量もエネルギーも出入りしない系、つまり前の人たちのいう「孤立した系」のことだ。この立場をとる人には物理学者が多い。相対性理論を前提として質量とエネルギーとは基本的に区別されないと考えるからだろう。しかし物理学者であっても、みんなそう考えるわけではなく、化学者と同じ用語づかいをする人もいる。

こう整理してみると、二つの立場の違いは用語づかいの違いにすぎず、どちらが正しいとこだわるのは不適切だと思う。

わたしは、質量もエネルギーも出入りしない系を「孤立した系」、質量もエネルギーも出入りする系を「開いた系」と呼び、質量は出入りしないがエネルギーが出入りする系は省略しないでそのように(あるいは「質量については閉じているがエネルギーについては開いている系」のように)言うことにした。