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1831年 (天保2年) の火山噴火は千島のシムシル島でおきたという報告をめぐってかんがえていること

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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あたらしい研究論文がでたことを、Twitter の 火山地質学者 「F.IKGM イケガミ・ジオリサーチ @geoign」さんの 2025年1月3日の tweet で知った。

【これはわたしが共著で書きかけている論文の議論にとって重要かもしれないのだが、その検討を前提にすると論文の完成がおくれてしまう。今回の論文では、この情報は得ているが、検討は今後の課題とする、と書いておくしかないだろう。】

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世界のあちこちのいわゆる「天候不順」の原因として、火山の噴火が想定されてきた。[2015-11-11 火山噴火が世界規模の天候におよぼす影響 ] の記事に、そのときまでにわたしが理解したことをのべた。因果関係がわりあいたしかな部分としては、火山起源のエーロゾルのうち成層圏まであがったもの (おもに硫酸液滴) が太陽放射をさえぎり、地表に達する太陽放射のエネルギーがちいさくなるので地上気温が低くなりやすい、という理屈がある。そして、グリーンランドや南極の氷のコアサンプルの硫酸イオンなどの分析によって、大量のエーロゾルをもたらした火山噴火の歴史が編集され、現在にちかい千年あるいは二千年間について年単位の時間めもりがつけられている (たとえば Sigl ほか 2015 の解説参照)。

しかし、「天候不順」は空間的に一様ではなく、噴火からの因果関係の議論はむずかしい。エーロゾルは直達日射をへらすが、散乱日射をふやすので、全天日射をへらすはたらきはあるが直達日射の変化から感じるほど大きくない。地上に達する日射を変化させる要因はむしろ雲の変化であり、エーロゾルから雲への因果関係はあってもよいのだが単純ではない。また、すくなくとも温帯では、気圧の谷・峰の分布がかわることによって、同じ緯度帯でも気温が高くなるところも低くなるところも生じるしくみがある。

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1830年代の噴火のうち、1835年のものは、ニカラグアの Cosigüinaであることがたしかになってきたようだ (たとえば Longpré ほか 2014 参照)。 (この火山の名まえは Cosegüina ともかかれる。日本語では、近藤 (2023, 第7章) は「コシグイーナ」と書いているが、それまでは「コセグイナ」が多かった。あとで紹介する今村 (1946) では「コセギナ」とされていた。) ニカラグアのうちでは北西の端、エルサルバドルやホンデュラスに近いところだ。熱帯の大噴火だから全地球規模の影響があっただろう。日本の天保のききんのうちでいちばん明確な冷夏だった1836年の冷夏がおきた因果関係は単純ではないとおもうが、この噴火を無視するわけにいかなくなってきた。

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こんどでてきた Hutchison ほか (2025) の論文の主張は、1831年に噴火をおこした火山がわかった、というものだ。氷コアの噴火の時系列データをまとめている Sigl さんも共著者にはいっている。

この年の噴火は、フィリピンの北にある Babuyan 島の Babuyan Claro 火山のものだとされることがおおかった (あとで紹介する今村 (1946) では「バブヤン (Babujan)」としている。) しかし Garrison ほか (2018) は、その火山でその年に噴火があったことはありそうもないとした。そして Garrison ほか (2021) は、その年にヨーロッパで「blue sun」がみられた原因は イタリアのシチリアに近い Fernandea 火山の噴火だろうとした。

Hutchison ほか (2025) は、1831年の大きな噴火は、千島列島のシムシル (Simushir、日本統治時代の表記では「新知」) 島の Zavaritskii [ザワリツキー] カルデラの噴火だ、と言い、その証拠を論じている。(Wikipedia 日本語版「新知島」を参照すると、日本語名は「緑湖カルデラ」だ。)

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わたしはまだこの論文をよく読んでいないのだが、イケガミさんが、この噴火が当時の日本で気づかれていたかという疑問をもって、つぎの引用箇所を紹介していたので、そのもとをたどってみた。

Japanese records mention various atmospheric phenomena apparently occurring in 1831 CE, including dry fog, abnormal color of sun and moon, Bishops ring, and volcanic hair [volcanic ash] falling from sky ( 55 ).
-- Hutchison et al. (2025) より

文献 55 は Imamura (1945b) だ。地震学者の 今村 明恒 さんの業績としては、東南海地震の関連の地殻変動の研究 (1945a) が有名だが、同じ雑誌の同じ年の巻にのった別の論文だ。ただし、3ページの短い報告で、補足記事 (Imamura, 1945c) をあわせてもあまりよくわからないのだが、日本語の論文 (今村, 1946) のほうにもうすこしくわしく書いた、とある。【1945年の論文が1946年の論文を参照しているのは形式的には変だが、どちらも1945年7月の会合での報告にもとづいたものだし、定期刊行物の発行が名目の年よりもおくれるのは、平常でもありがちなことであり、戦中戦後の時期には当然あっただろう。】

今村 (1946) は天候については 荒川 秀俊、文献については 武者 金吉 から情報をえている。当時の科学研究としては先端の成果だろう。おもに天保と天明のききんのときの天候を論じている。それぞれ数年間つづいた暖冬冷夏の天候パタンの原因として火山噴火を想定したようだ。[ここから 2025-01-31 補足] Imamura (1945a) は Arakawa (1943) の引用からはじまっており、その論文は 1883年の Krakatoa 以後の火山噴火の影響を論じたものなので、火山と冷夏を関連づける議論は荒川の示唆によるものにちがいない。

そのうち、天保のききんは 1833 (天保4) 年から 1839 (天保10) 年まで 7年間つづいたとみている。その期間の毎年の東北地方の県別の天候または作柄の情報を、積雪地方農村経済調査所 [「雪調」と略す] (1935) にもとづいてしめしている。【わたしはこの資料の存在を 2023年にはじめて知り、それを引用した自分以外の文献を見たのはこれがはじめてだった。】

今村 (1946) は、噴火と天候を関連づける材料として、つぎの 5 項目をあげている (7 - 9 ページ)。【用語はわたしのものにかえたところがある。年は西暦になおしたが、月は太陰太陽暦のままなので注意のためかぎかっこをつけた。】

  • (1) 世界的に日射量が減少し、平均気温が低下したこと。1829-1841 とくに 1836-37年に低かった (これは Humphreys の Physics of the Air による世界のまとめであり、日本のことではない。) 【[2025-01-31 改訂] Humphreys の本についての注はあとの「5X」節にまわす。】
  • (2) 「乾燥霧」が長く出現したこと。日本の天保期についてはつぎの項でのべる 田村 吉茂 の1833年の記録をあげている。
  • (3) 太陽あるいは月が赤く見えたこと。日本の天保期については、1833年の事例が 田村 吉茂の『農家心得訓』から引用されている。「天保四癸巳年春の気候不順なり。四月中旬より日輪朝暮丹の如く光なし。霧深き様にて正陽の月陰気勝にて、五月より六月土用に至り袷を用る事也」。また、1836年「2月」に月が紅の如く見えたことが 柿崎 弥左衛門 【今村 (1946) では「梯崎」となっていたが 小野『日本近世飢饉志』にある「柿崎」が正しいらしい。[この注記 2025-01-21 修正] 】の『天保年中巳荒子孫伝』にあるという。【[2025-01-09 補足] この文献も小野『日本近世飢饉志』に収録されている。著者は 羽前国 最上郡 南山村 (現在は 山形県 最上郡 大蔵村 南山) の庄屋であった。】
  • (4) 火山毛が広く全国的に降ったこと。1836年「6月19日」を中心として「5月末」から「7月4日」に降ったという。
  • (5) 暖冬冷夏の異常が続出したこと。『農家心得訓』からの引用として、1832年に「十一月中旬南風吹三月頃の如く、天気よはし」、(1833年の冷夏は (3) 項で既出)、1835/36年の冬はあたたかく、1836年の春から夏は異常低温であったことがのべられている。

このうち (4) は固体の火山噴出物であり、(3) はエーロゾルの光学的影響 (ただし引用内容には天候をふくむ)、(5) は天候の異常である。(2) はほんとうに霧ならば天候だがエーロゾルかもしれない。火山と天候の関係を論じるには、これをよりわけてかんがえないといけない。

今村 (1946) は数年間にわたって継続した天候異常の原因として火山噴火を想定したようなのだが、わたしがかかわっている共同研究によれば、天保期のうちでも天候の年々変動は大きい。たとえば、1833年はたしかに東北地方で冷夏だったが日本全国の冷夏ではなかった。1836年は日本全国の冷夏だった。

Hutchison ほか (2025) が 注 55 をつけたところの本文は 1831年に日本で観測された現象をのべていると読めるが、それは、きびしくいえば、まちがいだ。Imamura (1945b) のその部分は、1783-1786年と 1833-1839年に観測された現象をまとめてのべていたのだ。

今村 (1946) までさかのぼって、たしかなことは、1833年 の旧暦4月中旬以後に朝日夕日が赤く見えるという光学現象が見られたことだ。その記述は 田村 吉茂『農家心得訓』による。田村 吉茂 がどの地域の天候を記載したかは、有薗 (1989) の論考でわかった。下野国 河内郡 下蒲生村、現在の 栃木県 河内郡 上三川町 [かみのかわまち] 下蒲生 [しもかもう] である。[この段落 2025-09-29 修正]

同じ文書のつづきの「霧深き様にて」を今村は「乾燥霧」「so-called dry fog」と解釈し、Hutchison の「dry fog」にひきつがれている。今村が「乾燥霧」を想定したのは、Benjamin Franklin を引用した Humphreys の記述にならったようだ。Humphreys (1940年の第3版) で Franklin の ”fog” ... "it was dry." ということばをふくむ文章を引用しているところ (588ページ) は "Dust in the upper atmosphere" という節であり、エーロゾルの光学現象の話題である。ところが、 (今村はふれていない) 『農家心得訓』の 1836 年「4月下旬頃」の「朝暮冷気又は晴たる日抔、二三月の如し、悉く濛気をなし霧の深き様なる時もあり」という記述は、夜から朝に気温が低かったので水蒸気が凝結して霧になっていた、しかし昼には晴れた、という解釈がいちばんありそうである。1833年「4月中旬」の「霧深き様にて」は、「正陽の月陰気勝」とつづくところからみると、上空のエーロゾルの影響で太陽や月が不鮮明に見えたという光学現象とおもわれるが、1836年の記述と似ているところからみると、夜から朝の霧かもしれないとおもう。光学現象に分類してよいのか天候に分類してよいのかよくわからない。[この段落、2025-01-21, 2025-01-25 改訂]

1833年の夏に冷夏であったこと ((3)項での引用の「五月より六月」の部分など)、1832/33年の冬に暖冬であったこと ((5)項での引用) は、栃木県での天候のたしかな観測事実だが、火山と天候の関係のたしかな証拠ではない。

[2025-01-09 補足, 2025-01-21 改訂] なお、1836年も、あきらかな冷夏であったほかに、今村 (1946)が『天保年中巳荒子孫伝』から引用したところの「2月」に「月が紅の如く見えた」とあり、小野 『日本近世飢饉志』に収録されたものでは (月が一致しないが) 296ページの「三月廿日夜月紅の如し」にあたるようであり、おそらくエーロゾルによる光学現象だろう。これは Cosigüina の噴火によるものである可能性がある。

(4)項の「火山毛」について、今村 (1946) の情報の出典は『大日本地震史料』だ。そのうち「著しい」事例は1836年のことであり1831年の噴火とは関連づけられない。1836年以外にどんな事例があるかは『大日本地震史料』にさかのぼってみないとわからない。Hutchison は volcanic hair の件をふくめるべきではなかったとわたしはおもう。しかしこの件の確認は、Zavaritskii 火山や Cosigüina 火山の噴火と日本の天候との関連を論じるのに必須ではないだろう。

- 5X [2025-01-25 補足, 2025-01-27 改訂, 2025-01-31 改訂してここに移動] -
Humphreys の本には初版1920, 2版 1929, 3版 1940 があるが、Imamura (1945a) や 今村 (1946) は発行年をあげていないのでいずれか不明であり、第3版 (Humphreys, 1940) を見たところ今村の注にあるページ番号のところには関連する話題の記述がなかった。Arakawa (1943) の注 3 は "Physics of the Air, 1920. Chapter on Volcanism, 569-603" となっており、今村もこれと同じ初版を参照したらしい。

わたしがこれまでに見ることができたのは第3版である。第3版の火山と気候の関連の観測事実をのべた第5部第4章をみると、気温と日射量との関係を数表やグラフをつかってしている議論では、1872年以後 (日射量は1880年以後) のデータをつかっていて、今村 (1946) の (1) に引用されたような事実の記述はない。1830年代の気温がでてくるのは、615ページの表だけである。そこでは、1750年以後の気温 (Köppen が 1873年に編集した資料にもとづいてHumphreys が推計したらしい) について、まず太陽活動の効果を黒点数からみつもったのこりの偏差が「Cold」か 「Warm」かを (数値はない)、原因の可能性のある火山噴火とならべてしめしている。1820-1850年のあいだでは、1831-1832 と 1836-1837-1838 について「Cold」としている。

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わたしは当面、田村 吉茂『農家心得訓』の今村が引用した箇所の前後の記述をたしかめることにした。さいわい、この本は 小野 武夫 『日本近世飢饉志』に収録されており、その本はわたしの所属する大学の図書館にある。[ここから 2025-01-05 補足] ただし、本がいたんでいるからという図書館の判断で、借りだしもコピーもできなかった。ひとまず天保年間の部分の書きぬきをした (校正できていない)。天保年間のうちで光学現象らしい記述は1833年だけだ。霧の記述は 1836年「4月下旬頃」にもあって朝夕の寒冷にともなうものだ。冷夏は毎年つづいているわけではなく1834, 1837, 1839年は豊作だった。

[ここから 2025-01-21 補足、2025-01-25 改訂]『天保年中巳荒子孫伝』もこの本に収録されている。(ただしどの部分がどの年についての記述であるかの判断が簡単でない。年は月のまえに十二支で書かれていて、「末」は「未」、「甲」は「申」であるらしい。) ひろい読みしたかぎりで、1834年は豊作だったが1837年は不作であり、1837年の状況は栃木県と山形県とでちがっていたようだ。なお、こちらには1836年の光学現象の記録がある。

- 7 [この記事の当初からあった6節の部分だが、2025-01-30 に節をわけた] -
火山噴火が、噴火起源のエーロゾルの大気中滞在時間よりも長い時間スケールの寒冷な天候をもたらす可能性はあるが、それにはおそらく海洋 (海洋のうちでは表層) のエネルギー蓄積量の変化が関連するだろう。そのような海洋の変化から天候年々変動への影響もありそうだ。現代の観測によれば、エルニーニョ・南方振動 (ENSO) のエルニーニョ状態のとき、日本では、冬は暖冬、夏は冷夏になりやすい。かならずしもENSOを介するものにかぎらず、海洋の状態を介して、火山噴火が地域によって暖冬をもたらすことはありそうだ。

別の問題として、火山噴火には、グローバルな天候への影響のほかに、地域的な影響があるはずだ。[2018-04-14 火山噴火が地域規模の天候・環境におよぼす影響という問題] ですこし論じた。天明のききんには、浅間山の噴火の対流圏エーロゾルの影響が、おそらく噴火としては規模がおおきいアイスラン ドの Laki の噴火の成層圏エーロゾルの影響よりもおおきかっただろう。1831年の噴火がほんとうに千島列島でおきたものならば、日本には地域的な対流圏エーロゾルによる影響もあっただろう。

しかし、そのあたりの因果関係の解明は、わたしの手がとどくところから遠い。書きかけの論文は、そこまで話題をひろげないでまとめたいとおもっている。

- 8 [2025-01-25 追加] -
Hutchison ほか (2025) は、1831年の火山噴火が気候に影響をあたえたかどうかを本格的に論じているわけではないが、それを示唆するような議論をしている。その部分で日本の情報として参照されているのは、Imamura (1947) である。この短い英語の論文では、盛岡高等農林学校の 門前 (1936) による日本の凶作や飢饉の調査報告書から、西暦 626 年から 1912-13年 までの 20件の凶作を、火山噴火の影響をうけた可能性があるものとして列挙している。

【わたしは、2023年に「日本の古本屋」 (という通信販売のサイト) で文献収集をしたとき、雪調 (1935) の本とともにこの門前 (1936) の本 (どちらもA5判縦書き紙表紙の冊子) も見つけて手にいれて、雪調 (1935) の年表の情報をぬきだしてつかっているのだが、 門前 (1936) の本のほうはまだよく読めていない。その状況での推測だが、Imamura (1947) の噴火の影響の示唆の大部分は 門前 (1936) からひきついだのではなく今村氏自身が考えたことだろうと思う。】

20件のうち17番めに1831-1839年があげられ、1831年の「Babujan」と1835年の「Coseguina」の影響の可能性を示唆しているが、すでに 今村 (1946) で論じたとしてここでの議論は簡単にすませている。

- 9 [2025-01-27 補足] -
研究上の同僚との議論で、ききんと関連づけられがちな異常現象はほんとうにききんの時期に多かったのだろうか、という問題が指摘された。『天保年中巳荒子孫伝』などのききんの時期について書かれた文書を材料にするとサンプルがかたよってしまう。天候については長期連続した日記から毎日の天気の情報をとりだして統計をとってみれば判断できそうだ。光学現象のほうは、一定の態度で観測をつづけた人がいなかったら、サンプルのかたよりを補正することはむずかしそうだ。

文献

  • Hidetosi Arakawa, 1943: On the relation between the cool summer in the northern Japan and the average solar radiation intensity measured at the surface of the earth, Proceedings of the Imperial Academy, 19: 656-658. https://doi.org/10.2183/pjab1912.19.656
  • 有薗 正一郎 (Arizono, S.), 1989: 近世農書が言及する地域の範囲について。地理学報告 (愛知教育大学), 68: 117-120. https://aue.repo.nii.ac.jp/records/6908
  • C. S. Garrison, C. R. J. Kilburn, S. J. Edwards, 2018: The 1831 eruption of Babuyan Claro that never happened: Has the source of the one of the largest volcanic climate forcing events of the nineteenth century been misattributed?, Journal of Applied Volcanology, 7: 8. https://doi.org/10.1186/s13617-018-0078-9
  • C. Garrison, C. Kilburn, D. Smart, S. Edwards, 2021: The blue suns of 1831: Was the eruption of Ferdinandea, near Sicily, one of the largest volcanic climate forcing events of the nineteenth century? Climate of the Past, 17: 2607–2632. https://doi.org/10.5194/cp-17-2607-2021
  • W. J. Humphreys, (1920, 1928) 1940: Physics of the Air (Third Edition). New York and London: McGraw-Hill, 676 pp.
  • W. Hutchison, P. Sugden, A. Burke, P. Abbott, V.V. Ponomareva, O. Dirksen, M.V. Portnyagin, B. MacInnes, J. Bourgeois, B. Fitzhugh, M. Verkerk, T.J. Aubry, S.L. Engwell, A. Svensson, N.J. Chellman, J.R. McConnell, S. Davies, M. Sigl, G. Plunkett, 2025: The 1831 CE mystery eruption identified as Zavaritskii caldera, Simushir Island (Kurils). Proceedings of the National Academy of Sciences U.S.A., 122: e2416699122. https://doi.org/10.1073/pnas.2416699122
  • Akitune Imamura, 1945a: Land deformations associated with the recent Tôkaidô Earthquake. Proceedings of the Japan Academy, 21: 193-196. https://doi.org/10.2183/pjab1945.21.193
  • Akitune Imamura, 1945b: Effects of volcanic dust on solar and terrestrial radiations, with special reference to the causes of the Tenpo and Tenmei Famines. Proceedings of the Japan Academy, 21: 382-384. https://doi.org/10.2183/pjab1945.21.382
  • Akitune Imamura, 1945c: Supplementary note on abnormal climate as caused by volcanic dust. Proceedings of the Japan Academy, 21: 430. https://doi.org/10.2183/pjab1945.21.430
  • 今村 明恒, 1946: 火山噴出塵の太陽及び地球の輻射線に及ぼす影響、特に天保及び天明度の凶作の原因に就て (昭和二十年七月十二日報告). 帝国学士院紀事, 4: 1-16. https://doi.org/10.2183/tja1942.4.1
  • Akitune Imamura, 1947: Volcanoes driving volcanic dust abundantly to an extraordinary altitude. Proceedings of the Japan Academy, 23: 105-110. https://doi.org/10.2183/pjab1945.23.105
  • 近藤 純正, 2023: 『身近な気象のふしぎ』。東京大学出版会。[読書メモ]
  • M.-A. Longpré, J. Stix, C. Burkert, T. Hansteen, and S. Kutterolf, 2014: Sulfur budget and global climate impact of the A.D. 1835 eruption of Cosigüina volcano, Nicaragua. Geophysical Research Letters, 41: 6667–6675, https://doi.org/10.1002/2014GL061205
  • 門前 弘多 編, 1936: 『東北地方古今凶饉誌』 (「凶作ニ関スル研究」第4報)。盛岡高等農林学校, 163 pp.
  • 小野 武夫, 1935: 『日本近世飢饉志』。学藝社。[わたしはまだ見ていない 2025-01-04 に大学図書館で見た。] (1987年 有明書房 から復刻版あり)
  • 地方 農村経済調査所, 1935: 『東北地方凶作に関する史的調査』 (積雪地方 農村経済調査所 報告 第8号)。山形: 積雪地方 農村経済調査所, 124 pp. [読書メモ]
  • Michael Sigl, J.R. McConnell, M. Toohey, G. Plunkett, F. Ludlow, M. Winstrup, S. Kipfstuhl and Y. Motizuki, 2015: The history of volcanic eruptions since Roman times. PAGES (Past Global Changes) Magazine, 23 (2): 48-49. (雑誌のこの号) https://pastglobalchanges.org/publications/pages-magazines/pages-magazine/6911