[前の記事]で予告したように、火山噴火が世界規模の天候におよぼす影響についての基礎知識をまとめておく。(影響の持続時間が、Pinatubo級の噴火で2年程度なので、「気候」というよりも「天候」と言ったほうがよいと判断した。もっと長期の気候に対する影響は、複数の火山の噴火が続くことによって起こりうる。)
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1970年代の気候変動に関する解説には、「火山灰が太陽光をさえぎるので、空が暗くなり、地表に到達する太陽放射エネルギーが減るので、気候が寒冷化する」という記述がよく見られた。
地域規模(千kmくらいまで)、短期間(噴火継続中から数日後まで)の天候に対して起こる影響としては、この記述はもっともだ。
たとえば、Robock (2000)によれば、1980年のアメリカのセントへレンズ(St. Helens)山の噴火の日には、東に135kmのYakimaの地上気温が、時刻によらずほぼ一定だった。噴火がなかった場合に比べて、噴煙(火山灰)の太陽放射と地球放射を変える効果が、昼に8℃冷却、夜に8℃加熱の働きをしたと見積もられている。この場合は昼夜平均すると地上気温に対する効果はゼロだが、他の場合には昼の効果のほうが強いことが多いようだ。
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しかし、全世界規模の天候に影響するのは、エーロゾル(大気中にただよう固体・液体の微粒子)にはちがいないのだが、その主役は、成層圏に達した火山ガス中の二酸化硫黄(SO2)が大気中で反応してできた硫酸の液滴であることがわかってきた。岩坂(2013)の総説によれば、それは1960年代後半から1980年代に行なわれた一連の観測研究の成果だが、なかでも1974年のグアテマラのFuego山、1982年のメキシコのEl Chichón山の噴火の観測の寄与が大きかった。観測には、気球・航空機での直接サンプル採集と、ライダー(レーザーレーダー)による観測がある。ライダー観測で得られたレーザー光の偏光解消度から、エーロゾル物質が何であるかが推測された。粒子の形が球だと、入射光の偏光状態が反射光でも維持され、球からずれるほど偏光が解消される。火山灰(岩石片)は偏光解消度が大きく、硫酸液滴は偏光解消度が0に近いのだ。エーロゾルの光学的厚さと偏光解消度から、エーロゾルの変遷は次のように整理される(岩坂の第1図)。
- 第1段階: 噴火後数週間。エーロゾル濃度はふえ、偏光解消度は高い。つまり、火山灰粒子がかなり含まれている。
- 第2段階: エーロゾル濃度は減少し、噴火後10か月から20か月でピークの1/e (≒1/3)になる。偏光解消度は第2段階のうち早い時期に0に近くなる。つまり、硫酸液滴が主になる。SO2がH2Oなどと反応して硫酸粒子がつくられる過程と、成長した粒子が落下する過程とによって濃度が変わる。
- 第3段階: エーロゾル濃度はゆるやかに減少する。硫酸粒子はもはや生成されず、落下などによって減る一方だが、粒子は小さいので落下は遅く、濃度の変化はむしろ大気の大規模な運動による移流の影響を受ける。
成層圏エーロゾルには、次に述べる放射に対する影響のほかに、成層圏オゾンへの影響もある。エーロゾルの表面で、Clx (ClとClO)がつくられる反応が進行し、それがオゾン破壊を促進する。ただしこれは人為起源のクロロフルオロカーボンが成層圏に届いていることが前提で、自然状態では起きなかったはずだ。
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ここからは、Robock (2000)のレビュー論文と、Robockがウェブサイトに置いている講義資料のプレゼンテーションファイル(2014年)に基づいて述べる。Robockは大規模の気象の力学を背景として火山噴火の天候への影響を研究している人としておそらく世界で最有力な人だが、持論にこだわるところもある。わたしなりに取捨選択したが、他の研究者の主張と比較検討してみるべきかもしれない。
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成層圏に上がったエーロゾルは2-3週間で全経度に広がる。南北の広がりはそのときどきの風による。Pinatubo (北緯15度)のエーロゾルは赤道の南北に広がったが、El Chichón (北緯17度)のは赤道と北緯30度の間に広がった。成層圏には低緯度で上昇し高緯度で下降する循環【Brewer-Dobson循環】があるので、熱帯成層圏のエーロゾルは両半球の中高緯度に運ばれる。高緯度の噴火のエーロゾルはその半球の中高緯度に限られることが多い。
成層圏の硫酸エーロゾル粒子の大気放射に対する効果の第一は、太陽放射を散乱することだ。粒子の典型的直径は0.5 μmで、可視光の波長と同程度だ。前方散乱と後方散乱では前方散乱のほうが大きい【Mie散乱の理論参照】。この散乱の強化は、肉眼でも、非常に赤い夕焼けとして認識される。地表に達する直達日射は減るが前方散乱による下向き散乱日射がふえて、かなり補われる。しかし合計での全天日射も減る。
硫酸エーロゾルは太陽放射を吸収する割合は小さいが、それでも太陽放射の近赤外部分の吸収は無視できない量である。またエーロゾルは地球放射(熱赤外線)を吸収・射出するので、温室効果ももつ。
結果として、地表の熱収支にとっては、直達日射の減少が、散乱日射の増加と、エーロゾルの温室効果とを上回って、正味で冷却となる。他方、成層圏では、エーロゾルのあるところで、太陽放射の近赤外部分の吸収と下からの地球放射の吸収によって、正味で加熱となる。
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火山噴火の強さと天候への影響の強さとの関係は必ずしも単純でない。火山が放出した硫黄の量、それが成層圏に達したかどうか、大気循環によってどのように広がったかによる。
火山噴火の指標としてはNewhall & Self (1982)のVEI (Volcanic Explosivity Index、火山爆発指数)がよく使われる。これは火山噴出物のうちテフラ(火山灰・火砕流など、いったん大気中に出て降下した岩石類)の体積を対数目盛りで階級わけしたものだ。火山学上の注意としては、爆発的でない溶岩流出は含まれておらず、たとえばハワイのKilauea山の現在の噴火は溶岩流出の規模は大きいがVEIは1にすぎない。他方、天候との関係での注意としては、成層圏への硫黄の注入量は、必ずしもVEIとよく対応しない。たとえば1980年のSt. Helensの噴火はVEI 5だったが、硫酸エーロゾルのグローバルな影響という面では無視できるものだった。しかし同じVEI 5でも、1982年のEl Chichónや1963年のインドネシアのBali島のAgungなど、無視できない場合もある。
Robockたちは、南北両極圏の複数の氷コアの硫酸イオン濃度あるいはその代理としての酸性度・電気伝導度のデータに基づいて、大気中の硫酸エーロゾル量の指標データを作った。Gaoほか (2008)の論文では、西暦501-2000年の時系列の値を求めている。これにも氷コアの位置に近い噴火が大きく見えるなどの欠点はあるが、天候への強制としての火山噴火の指標として現在得られるもののうちで相対的には有用だろう。
1991年のフィリピンのPinatubo山の噴火(VEI 6)で出たSO2の量は20 Mt (20 Tg、2×1010 kg)と見積もられている。【上に注意したとおり関係は不確かだが、おおざっぱに言えば、1815年のインドネシアのSumbawa島のTambora山の噴火(VEI 7)ではこれより1桁、7万年前のインドネシアのスマトラ島のToba火山の噴火(VEI 8)では2桁多い量が出たと見てよさそうだ。】
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天候への影響としては、次のようなことが指摘されている。
成層圏の高温。成層圏下部の気温が高くなる。Pinatubo噴火後は全球平均気温が2℃上がった状態が約2年続いた。熱帯の噴火では熱帯で温度上昇が大きく、赤道と極との間の温度勾配が大きくなり、極渦が強くなる。
地上の(とくに夏の)低温。地表面に達する下向き放射が減ることが冷却に働く。これが地上の天候への主要な影響だと言えるだろう。熱帯の気温および中緯度の夏の気温にはこのシグナルが見られることが多いが、エルニーニョに負けることもある。
夏の陸上の降水・河川流量の減少。【Robockは2000年のレビュー論文でこの因果関係があると解釈できる例を示したが確信度は低いと言っていた。2014年のプレゼンテーションファイルでは確信をもって述べている。ただし熱帯の噴火と中高緯度の噴火とでは応答に違いがあるとしているようだがその趣旨は必ずしもよくわからない。他の研究者の確信度はまだ低いのではないかと思う。】Trenberth & Dai (2007)は、Pinatubo噴火後に世界の陸上の降水量・河川流量が減ったことを示した。また、Tambora噴火後にインドの夏のモンスーンが弱かった(雨が少なかった)ことが知られている。熱帯の夏のモンスーンによる降水に関しては、エーロゾルがあると、地表に達する放射が減るので、モンスーン前の乾季の陸面の加熱が弱く、海陸の温度コントラストが弱いので、モンスーンが発達しないという理屈がある。【しかし雨季が始まってしまえばいずれにせよ温度コントラストは弱まるので、この効果が持続するかは疑問だとわたしは思う。】
北半球中緯度の大陸上の冬の高温。ある緯度帯が一様に高温になるのではなく、波状に、高温のところと低温のところができる。これは放射強制では説明できないが、大気の力学を介するしくみでの、噴火に対する応答である可能性がある。Robockは次のような因果連鎖を考えている。熱帯成層圏の加熱→冬半球成層圏の南北温度勾配・気圧勾配の強化→極渦の強化→プラネタリー波が対流圏にとどまる→定在波→波状温度偏差。【これも、他の研究者の確信度はまだ低いのではないかと思う。】
文献
- Chaochao Gao, Alan Robock and Caspar Ammann, 2008: Volcanic forcing of climate over the past 1500 years: An improved ice core –based index for climate models. Journal of Geophysical Research, 113: D23111. http://climate.envsci.rutgers.edu/IVI2/
- 岩坂 泰信, 2013: 火山噴火と気候。天気, 60:803-809. http://www.metsoc.jp/tenki/ にPDFファイルがある。
- Christopher G. Newhall and Stephen Self, 1982: The volcanic explosivity index (VEI): An estimate of explosive magnitude for historical volcanism, Journal of Geophysical Research, 87: 1231-1238.
- Alan Robock, 2000: Volcanic eruptions and climate. Reviews of Geophysics, 38: 191-219. http://doi.org/10.1029/1998RG000054
- Alan Robock, (2014): Volcanic eruptions and climate. 著者ウェブサイト http://envsci.rutgers.edu/~robock/ にあるプレゼンテーションファイル VolcanoClimate22.pptx (2014-07-08 更新)
- Kevin E. Trenberth and Aiguo Dai, 2007: Effects of Mount Pinatubo volcanic eruption on the hydrological cycle as an analog of geoengineering. Geophysical Research Letters, 34, L15702, http://doi.org/10.1029/2007GL030524