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リンジャニ(Rinjani)火山の噴火

わたしは、地球科学に関連するニュースとして、火山の噴火はいくらか気にとめるけれども、正直なところ、溶岩や火山灰による被害があっても、知っている人が影響を受けないかぎり、継続して気にかけはしない。全世界規模(global)の気候を専門とする者として、天候に影響を与える噴火を気にしている。全世界あるいは半球規模に影響があるのは、噴煙が成層圏におよぶ場合だ。そして、火山の場所が熱帯だと、南北両半球に影響がおよぶことが起こりやすい。だから、日本の噴火よりもむしろ熱帯の噴火のニュースが気になる。

インドネシアのリンジャニ(Rinjani)火山群のバルジャリ(Barujari)山が噴火している。わたしがこのニュースを知ったのは11月4日だった。

Rinjani火山はロンボク(Lombok)島にある。インドネシアの人口が集中したJawa (英語ではJava)島の東に、主要な島だけをあげると、Bali島、Lombok島、Sumbawa島、Flores島の順にならんでいる。

世界的ニュースになったのは、Lombok島の災害としてではなくて、観光地として有名なBali島のDenpasar空港 (詳しく言うと市内ではないのだが空港がもよりの大都市の名で呼ばれるのはふつうのことだ)が、噴煙で飛行機を飛ばすのは危険と判断されて、3日からしばらく閉鎖されたとのことだった。6日には、風向きが変わったためらしいが、閉鎖は解除されたが、航空会社それぞれの判断で欠航しているものがあるそうだ。

Baliの飛行場の件以外は、日本での報道は少ないが、ネット上では、たとえば「てるみつ部屋BLOG」http://red.ap.teacup.com/terumitsubeya06 に、Smithsonian Institutionの火山総覧の中のこの火山の情報(英語)、日本の気象衛星ひまわり8号の画像(アメリカのNOAAで編集されたもの)や、インドネシア火山地質災害軽減センターによる観測データの評価(インドネシア語)などがリンクされている。また、BaliのDenpasar近郊とも言えるところに住む日本語話者の人のTwitterでの発言で、そこでは、火山灰が積もって掃除する必要がある、という程度に、日常生活に影響が出ていることがわかった。

どこかで11月4日の噴煙の高さが3500mという情報を見たのだが、海面からの高さなのか、Barujari火口からの高さなのか、(たぶんそういうことはないと思うが) Rinjani主峰からの高さなのか、確認していない。

DenpasarはRinjani山から西に150kmほど離れている。南緯8度のこのあたりでは対流圏の風が基本的に東風、日本では西風であることを考慮して、たとえてみると、阿蘇山が(現に噴火しているけれども、もっとはげしく)噴火して、高知空港が一時閉鎖され、高知の住民の生活に不便が生じている、といった感じだろうか。(関係ないのにひきあいに出した地域のみなさん、ごめんなさい。)

わたしはLombok島の名まえは前から知っていたが (Bali島とLombok島の間の海峡は比較的深いので、生物の種類が大きく違う境としても知られているし、タンカーなどの船の航路としても知られている)、Rinjaniという地名は、2013年10月の科学関係のニュースを見るまでは知らなかったし、そのあと忘れていた。しかし、最近、火山が気候におよぼす影響について勉強してメモを作る際に調べて書いた(書きまちがえて訂正したりした)ところだったので、覚えていたし、続けて出会ったことに驚いた。

【火山噴火が気候におよぼす影響に関する基礎知識は[別記事]にする。】

最近千年間【この表現は変に感じられるかもしれないが、現在を終点とする時間の区間を表現する定型と思ってほしい】で、成層圏エーロゾル(微粒子)を通じて気候に影響を与えた火山の噴火のうちで最大級のものとして、Sumbawa島のTambora火山の1815年の噴火がよく知られている([Wood (2014)の本の読書ノート]参照)。これと大まかに同規模(VEI [volcanic explosivity index、火山爆発指数] 7) の噴火が1258年ごろにもあったことが、グリーンランドや南極の氷の硫酸イオン濃度などからわかるのだが、どこの噴火によるものかはながらくわからなかった。2013年10月に、Lavigne ほか(2013)の論文が出た(その前に2012年中に速報があったらしいがわたしは気づかなかった)。この論文で、これはRinjani火山群のSamalas山の噴火であり、時期は1257年5月から1258年1月の間だが1257年10月までの可能性が高いとされた。

この大噴火と今回の噴火の場所の関係について、わたしはだいたい次のように理解した。インドネシア語だが、模式図がわかりやすいので、バリ島の地方新聞 Tribun Baliのウェブサイトにある記事(2015-11-04づけ)を紹介しておく。これとWikipedia英語版「Mount_Rinjani」(2015-11-11現在)をおもに参照した。【情報源はそのくらいなので、わたしの記述を信頼できる情報源と考えないでほしい。】Samalas山とは、かつてこの火山群の主峰であり中央火口だったが今はない山をさす。標高は4200mくらいだったと推定されている。1257年の噴火でこの山の中央部が崩壊し、カルデラになった。そこは現在、Segara Anakan湖となっている。その水面標高は約2000mである。残った部分が現在のRinjani山で、主峰の標高は3726mである。その後、カルデラ内に新しい火口丘ができた。これがBarujari山と呼ばれている。その現在の標高は2376mである。人による直接の記録が残っている最古の噴火は1847年のものだが、これを含めて現在までほとんど(全部ではない)の噴火はBarujari山の山頂または側面からのものである。なおインドネシア語でbaruは「新しい」、jariは「指」だが、「新しい指」ならばjari baruとなるはずだ。現地の言語では違う意味なのかもしれない。

しろうと考えだが、VEI 7の巨大噴火が同じ場所で起こる間隔は万年の桁になるのがふつうであり、900年のうちに起きる可能性は低いのだと思う。しかし、噴出物の量が一桁小さいVEI 6 (1991年のフィリピンのPinatubo山の噴火がその例)でも気候にいくらかの影響がある。今回の噴火はそのレベルにも達していないはずだが(まだVEIの確かな情報は見ていないが未確認情報で2らしいというのがあった)、もうしばらく気にかけておきたい。

【「てるみつ部屋BLOG」の11月11日の記事によれば、グアテマラのFuego火山でも11月10日(日本時間11日)に噴火が起きている。これも熱帯なので気にかけておく必要がありそうだ。この火山の名まえにもわたしは最近出会っていた。岩坂(2013)の解説に、1974年に起きたこの火山の噴火(VEI 4)について新技術による観測が行なわれ、火山起源のエーロゾルの実体を知るのに大きく貢献した、という話があったのだ。】

文献

  • 岩坂 泰信, 2013: 火山噴火と気候。天気, 60:803-809.
  • Franck Lavigne, Jean-Philippe Degeai, Jean-Christophe Komorowski, Sébastien Guillet, Vincent Robert, Pierre Lahitte, Clive Oppenheimer, Markus Stoffeld, Céline M. Vidal, Surono, Indyo Pratomo, Patrick Wassmera, Irka Hajdas, Danang Sri Hadmoko, and Edouard de Belizal, 2013: Source of the great A.D. 1257 mystery eruption unveiled, Samalas volcano, Rinjani Volcanic Complex, Indonesia. Proceedings of the National Academy of Sciences U.S.A., 110: 16742-16747. http://doi.org/10.1073/pnas.1307520110
  • Tribun Bali, (2015-11-04): Gunung Barujari Bukan Anaknya Rinjani. http://bali.tribunnews.com/2015/11/04/gunung-barujari-bukan-anaknya-rinjani

[2015-11-12補足] Bali, Lombok, Sumbawa島の位置関係を説明するための地図をつくってみた。ただし基本の図はGoogle Mapによっている。縮尺を示すために(見にくくて申しわけないが)「20 km」のものさしも入れてある。画像の横画素数は639なので、ブラウザの画面の横幅がそれより狭いと右側が隠れる。

【20年前から5年前までのわたしならば、このくらいの地図を示したかったら、おそらくGMT (Generic Mapping Tools) を使って、自まえで作図したにちがいないのだが、能力がおとろえてしまったのが、なさけない。】