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「ヶ」 (ちいさい「ケ」) を やめたい

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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現代日本語の書きことばに、かたかなの「ケ」をちいさめにかいた「ヶ」という字がでてくることがある。

文字の起源について、ひとまず Wiktionary をてがかりにみてみると、かたかなの「ケ」は「介」からきているが、ちいさい「ヶ」は「箇」の竹かんむりからきている、という説が有力らしい。すると、形はにていても別々の字ということになる。

このちいさい「ヶ」は、かたかな なのだろうか。

第2次世界大戦後、「現代かなづかい」「当用漢字」などからなる文字づかいの規範が、公用文や学校教育の教科書などの標準として採用された、新聞社もそれにちかい標準を採用した。当用漢字にも、学校でおしえられる かな文字 にもふくまれない字は、そこで教育をうけた人にとって、つかうべきでない字になった。それで、「ヶ」については、公式なとりきめがないままになったらしい。

しかし、地名やすでにある人名などの固有名詞については制限の対象外としたので、その固有名詞の表記が正式に変更されないかぎり、つかいつづけられることになった。だから、日本に「ヶ」という字は存在しつづけた。

情報処理のための、いわゆる「JIS漢字コード」 (JIS X 0208、ただし1978年の制定当初はちがう番号だった) には、漢字だけでなく、ひらがな や かたかな (JIS X 0201 の かたかな と区別して「全角かたかな」といわれることがある) を、それぞれまとまった文字群としてふくんでいる。そこで、ちいさい「ヶ」は、かたかな のグループにふくまれている。(「ヴ」とならんで、対応する ひらがな が ない かたかな である。)

しかし、かたかな は 表音文字とされているが、「ヶ」 がしめす音は一定していない。そして、この字の役わりを説明することはなんとかできるから、この字は、表意文字というべきだとおもう。JIS漢字はいまさらかえられないが、理屈としては、この字は かたかな ではなく 漢字 としてあつかうべきものだろう。

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「ヶ」のつかわれかたは、だいたい 3つに整理できそうだ。

- 2 (a) -
この字は、地名や人名 (姓) などの固有名詞の途中に (構成要素間のつなぎとして) ふくまれ、「が」 とよまれる。たとえば「霞ヶ浦 (かすみがうら)」の「ヶ」だ。

この「が」は、古語で「の」とだいたいおなじ意味の助詞 (格助詞) にちがいない。「が」までの語句が、そのあとにくる名詞を修飾するのだ。伝統的に、固有名詞に漢字をあてるとき、助詞は省略されてしまうことがおおかった。いまでも、たとえば、(埼玉県 熊谷市の) 「くまがや」は 「熊谷」と書かれ、そこには「くま」と「や」にあたる字はあるが「が」にあたる字はない。しかし、「が」が はいる なまえ と はいらない なまえ を区別する必要が生じることもある。そこで、なぜか、「が」のところに「ヶ」をいれる習慣ができた。なぜ「ヶ」になったのだろうか。送りがなのように読みの音をおぎなう かたかな をいれるとしたら「ガ」の濁点を省略した「カ」だっただろう。いちばんありそうな解釈は、つぎの 2b, 2c 節でのべる「箇」「個」の同類とみなされて、その略字がつかわれた、というものだろう。

第二次世界大戦後の、「現代かなづかい」「当用漢字」などの規範ができたとき、「ヶ」は当用漢字にも 学校でおしえられる かたかな にもふくまれておらず、よみは「が」で、これは外来語でも擬音語・擬態語でもないから、ひらがなの「が」をあてるのが適切ということになる。固有名詞のばあいは、すでにある表記がひきつがれることが多かった。しかし、法制度的につけなおすばあいは、文字づかいを規範にあわせたこともある。たとえば、東京都 千代田区には「霞ヶ関」という地名があったが、1967年の住居表示による町名は「霞が関」となった。

  • [補足] なお、この東京の霞が関にある東京地下鉄の駅名は「霞ケ関」である。 (ちいさい「ヶ」でなくふつうのかたかなの「ケ」をつかっている。わたしはこれでは「かすみけせき」になってしまうとおもう。) また、別のところにある東武鉄道の駅名は「霞ヶ関」である。(ちいさい「ヶ」をつかっている。)

わたしは、人名のばあいは当事者が、行政地名のばあいは地方自治体がきめた文字をたもつ必要があるばあいもあるとおもうが、その制約がなければ、この意味の「ヶ」は「」にかえていったほうがよいとおもう。(単語の途中にひらがながあると語のきれめがわかりにくいという問題はあるが、それにはそれとして、わかちがきなどで対策するのがよいとおもう。) 

- 2 (b) -
「ヶ」の字は、ものごとをかぞえた数がくみこまれた複合語にあらわれ、「か」とよまれる。たとえば「一ヶ所、二ヶ所」 (「六ヶ所村」という地名もある) とか、「五ヶ条、十ヶ条」 (明治維新のとき出された「五ヶ条ノ御誓文」は「五箇条の御誓文」と漢字をあてられることがおおいが、文部科学省ウェブサイトにある「学制百年史 資料編」ではこのように「ヶ」をふくむ表記になっている) などだ。

これは、「箇」の字を略した形であることがたしからしい。

第二次大戦後の規範では、「箇」とかくのでなければ かながき にすべきであり、外来語でも擬音語・擬態語でもないから、ひらがなの「か」がよいということになる。実際に「か」も見られるが、かたかなの「カ」がつかわれることもおおい。(ひらがなの「か」は助詞とまぎらわしい、学術用語でも漢字の音よみをおきかえるところではかたかな書きがつかわれることがおおい、などの理由があるだろう。) さらに、「カ」をちいさくした「ヵ」という形がつかわれることがおおく (これは「カ」をおおきくかくと「力」 (ちから) と区別がつかないからかもしれない)、JIS漢字にも「カ」とは別の字として登録されている。

しかし、いまの日本語圏で、文章をあたらしく書くとき、固有名詞以外でも「... ヶ所」「...ヶ条」と書く人はおおい。第二次大戦後の規範はもはや権威ではなく、近代のはじめあるいは近世からの伝統にもとづこうとするからだろう。ちかごろの文章での固有名詞以外での「ヶ」の利用例はほとんどこれだろう。

わたしは、この意味の「ヶ」は「」にかえていったほうがよいとおもう。(単語の途中にひらがながあることの問題は、2 (a) と同様。) ただし、あとでのべるように、漢字とみなして「」にかえていくというかんがえもありうる。

- 2 (c) -
ちかごろはほとんど見ないのだが、1960年代の子どもとして、おとなのメモ類に、「一ヶ、二ヶ」 あるいは算用数字をつかって「1ヶ、2ヶ」のような文字列をたびたび見た。それを「いっけ、にけ」などと読んだらわらわれた。「ヶ」は、助数詞としての「個」の省略表記であり、「コ」とよむべきなのだった。「個」が画数がおおくて書くのにてまどるので、画数のすくない図形でおきかえているのだ。これがあらわれたのは、手書き (謄写版や、画像複写式の印刷をふくむ) にかぎられ、活字で見たことはなかった。

「個」の字をつかわないとすれば、かながきにすることがかんがえられる。外来語でも擬音語・擬態語でもないから、原則としてはひらがなの「こ」をつかうべきだ。実際、小学生むけの教材ではそうなっていることもある。しかし、わたしには、かたかなの 「コ」のほうが読みやすい。

わたしは、この意味の「ヶ」は、(「個」の画数がおおすぎるならば) 「」にかえていったほうがよいとおもう。

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漢字の「個」と「箇」は、意味のかさなりがある。Wiktionary や 漢和辞典をみたところ、両者をおなじ字の異体字とみなす人と、別の字ではあるが通用するばあいがあるとする人がいて、どちらがただしいかきめがたい。

日本では、1946年に当用漢字がきめられたときは、「個」と「箇」は別々の字としてふくめられた。「箇」は日常の利用頻度が高い字ではないのだが、「日本国憲法」にでてくる字はふくめるという方針でふくめられたらしい。

それから 1954年に「当用漢字補正案」といわれるものがつくられた。文化庁ウェブサイトにある国語審議会の記録のうちでは、第2期国語審議会の [1 漢字の問題 当用漢字表審議報告] にあるものである。これについては第5期 (1960年) まで審議がつづけられたが、けっきょく当用漢字表や音訓表の改訂にはいたらず、補正案のままにとどまることになった。補正案の一部分、たとえば「燈」の字体を「灯」にかえることなどは、新聞などには採用された。この補正案のうちに、「個」の音としてすでにある「コ」に「カ」をくわえること、「箇」の字を当用漢字からはずすことがふくまれていた。つまり、「個」と「箇」を同一視して「個」で代表させようという方針だった。これは標準としては採用されなかったけれども、ありうる選択だったのだ。

現代の中華人民共和国の中国語では、「个」 が「個」と「箇」の両方の簡体字になっており、両者の区別はなくなっている。「个」は、gè と読まれ「個人」の「個」のように独立した意味をもつ要素であることもあるが、軽声の ge で読まれる「量詞」であることがおおい。量詞は日本語の助数詞とおなじやくわりもするが、「この」が「这个 (zhège)」であるように、かぞえるのではなくものを指示するときにもつかう。この「个」の字の起源をしらべると、Wiktionary 中国語版では、「介」によるとされ、「竹」の片側からというのはまちがいとされており、「箇」はでてこない。しかし、別の字源のサイトをみると、「个」よりもふるい時代の字形として「箇」にちかいものをあげているものもあった。「介」と「箇」のふたつの説があり、日本語の「ケ」と「ヶ」をあわせたものに対応しているようだ。

この「个」は、日本語の「ヶ」と同じ字の異体字とみることができる。そして、他の かたかな や 漢字 とまぎらわしい形ではない。もし、日本語のなかで上記 2 (b) の意味の表意文字としての「ヶ」をのこしたいのならば、字体を「个」にかえるとよいと、わたしはおもう。

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わたしの提案をまとめると、「ヶ」を、2 (a) ならば「が」、2 (b) ならば「か」 または 「个」、2 (c) ならば「個」または「コ」としたい。

なお、おおきい 「ケ」をつかうことは、かたかなの表音文字としての原則からはずれるので、さけてほしいとおもう。