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吉良の「乾湿指数」の定式化が不確かなところの合理的な解決

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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自然地理学でいう植生の型、生態学でいう生物群系 (biome) の分布は、気候だけできまるわけではないが、気候による制約を強くうけていることはあきらかだ。その気候条件を定式化する試みはいくつもある。

日本では、吉良 竜夫 の「暖かさの指数」 (「温量指数」ともいう) がよく知られてきた。原文献が手にはいりにくいが、1949年に出た「日本の森林帯」が1971年に出た『生態学から見た自然』に収録されていてよく参照されている。なお、この指数を最初に考案したのは地理学者の 川喜田 二郎 で、川喜田 (1999) に回顧談がある。この指数は、積算温度の一種、ただし月単位の積算である。月平均気温が 5℃ 以上の月について、℃であらわした気温から 5℃をひいたものを積算する。これは、陸上植物の生育期の温度条件または利用可能なエネルギーをあらわすと考えることができる。

東アジアの森林のうちで広葉樹林・針葉樹林や常緑樹林・落葉樹林の分布は、これだけでうまく説明しきれないところがあった。それは冬の気温に関連するとおもわれたので、暖かさの指数からはずれた 5℃よりも低い月の気温を積算した「寒さの指数」もつくられた。いまでは、これはむしろ冬の植物体内の水の凍結に関連すると考えられており (たとえば 酒井, 2003)、積算温度よりも最低気温を指標とすることがふえてきた (たとえば Box, 1981)。

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日本付近の植生分布を説明するのにはこれでだいたいよかったのだが、大陸の内陸の草原や砂漠の分布を考えるには乾湿を考慮する必要がある。そこで吉良は「乾湿指数」というものをつかっている。それはおおまかには暖かさの指数と降水量の比のようなものらしいが、正確な定式化がわたしにはなかなかわからなかった。参考文献をあたっていたら、福井 英一郎 編 (1953) 『自然地理学 II』の「生物地理」の章が参照されていた。わたしの2021年以後の職場の大学図書館に日本で出版された地理学関係の本はよくそろっており、この本を確認することができた。生物地理の章は、今西 錦司 と吉良の共著だが、章末の注をみると、実質的には吉良の著作らしい。

乾湿指数は 266-267ページで定式化されている。乾湿指数を K、年降水量 を mm 単位であらわした数値を P、温量指数を「 ℃・月」であらわした数値を W とすると

  • K = P / (W + 20) ... W ≦ 100 の場合
  • K = 2 P / (W + 140) ... W ≧ 100 の場合

となっている。
Thornthwaite や Holdridge などの論とつきあわせてみると、可能蒸発量が暖かさの指数に比例すると考え、それと降水量との比をとったとみることができると思う。(W が 100 のところで折れ曲がることには納得しがたいが、曲線を折れ線で近似したのだろう。)

ただし、266ページには脚注がついている。年降水量を計算する際に、各月の降水量をある値で頭打ちにする (その値をこすぶんは算入しない) のだ。その値は、熱帯では 400 mm、亜熱帯では 370 mm とされている。そこには熱帯や亜熱帯の定義はないが、262ページの第72表に、熱帯が暖かさの指数 240 以上、亜熱帯が 180~240 と関係づけられている。熱帯・亜熱帯以外の気候帯でどうするかは書かれていない。266ページの注に書きわすれたのだろうか。あるいは、そこで「吉良, 1945b」とされている参考文献 (わたしはまだ確認していない) が熱帯と亜熱帯だけをあつかったものなのでこうなってしまったのだろうか。頭打ちにする趣旨は、降水がおおくても、植物が潜在的に利用できる量よりもおおいぶんは、流出するだけで、植物の生育条件に影響しないという考えによるのだろう。したがって熱帯・亜熱帯以外で頭打ちにしないのはおかしい。ひとまず、熱帯以外では 370 mm で頭打ちにしてみたが、それによって計算される乾湿指数の頻度分布をみると、温帯・亜寒帯で湿潤のほうによりすぎているようだ。

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ここであきらめそうになったのだが、ウェブの文字列検索で「吉良 乾湿指数」などいろいろやってみたら、見つかったほとんどのものは上記の脚注にある補正さえせずに P を年降水量そのものとみなしたものだったが、ひとつ、上記の脚注よりもきちんとした補正方法をのべたものがみつかった。(あきらかに最近の文献ではないが、ちかごろ各機関が過去の報告書類をディジタル化して公開してくださっているおかげでみつかったので、数年前にはたどりつけなかっただろう。)

最初にみつかった PDF ファイルでは文書の題名・著者名・出版年がわからなかったが、山梨県のウェブサイトであることをてがかりに探索して、安藤 (1962) であることがわかった。乾湿指数にふれている箇所は、6ページで、第1章「研究の方法」、PDFファイルでは「PDF2」にふくまれている。

そこでは、参考文献として今西・吉良 (1953) があげられているが、実際の計算式が書かれた直前に脚注がついていて「*吉良教授の私信による」と書いてある。安藤さんは、今西・吉良 (1953) の計算式またはそれによって計算してみた結果に納得がいかず、吉良さんに問い合わせたにちがいない。

安藤 (1962) の 6ページの記述を、わたしなりに書きなおすと、各月の降水量を、

  • W < 100 のばあいは 2 × (W + 20)
  • W ≧ 100 のばあいは W + 140

で頭打ちにしたうえで計算した年降水量を P として、2節にのべた式にいれるのだ。この頭打ちの値は、2節の式で可能蒸発量にあたるやくわりをしている値の 2倍になっている。

これならば乾湿指数には湿潤のほうにとびはなれた値がなくなり、もっともらしくなった。たぶんこれが吉良さんの意図したものに近いものだろうと推測する。

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安藤 愛次さん (1925-1969) がどんな人だったかについては、追悼文 (遠藤, 1969) がみつかった。

文献

  • 安藤 愛次, 1962: 中部山地の林地生産力に関する研究 -- とくに山梨県を中心として。『山梨県林業試験所報告』, 10: 1-380. https://www.pref.yamanashi.jp/shinsouken/report/byfri10.html
  • Box, E.O., 1981. Macroclimate and Plant Forms: An Introduction to Predictive Modeling in Phytogeography. Springer.
  • 遠藤 健治郎, 1969: 安藤愛次博士を悼む。『ペドロジスト』, 13 (2): 125. https://doi.org/10.18920/pedologist.13.2_125
  • 福井 英一郎 編, 1953: 『自然地理 II』 (新地理学講座 第4巻)。朝倉書店, 324 pp. [読書メモ]
  • 今西 錦司, 吉良 竜夫, 1953: 生物地理。福井 編 (1953), 235-313.
  • 川喜田 二郎, 1999: 『環境と人間と文明と』。古今書院, 228 pp. [読書メモ]
  • 吉良 竜夫, 1971: 『生態学からみた自然』。河出書房新社, 295 pp. [読書メモ]
  • 酒井 昭, 2003: 『植物の耐凍戦略』。北海道大学図書刊行会, 226+13 pp.