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その「東アジアモンスーンの強さ」とはなんでしょうか?

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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日本をふくむアジアの気候にとって、ひとまず「モンスーン」と「季節風」とを区別せず「モンスーン」で代表させることにすれば、モンスーンが重要な要素であることはたしかだと思う。そして、アジアの気候がどう変化してきたかを論じようとすれば、モンスーンがどのように変化してきたかを論じたくなるのは、当然のことだと思う。おおぜいの研究者がそれぞれ、「モンスーンの強さ」をひとつの定量的変数であらわしてその時系列グラフを示すのもよいと思う。

しかし、どんな指標変数がよいかについて、モンスーンを研究する人たちのあいだでも合意にいたるとは思えない。したがって、だれかが文献中で「モンスーンの強さ」として示した数量を参照して使う際には、単に「モンスーンの強さ」として参照するのではなく、その数量がもっと直接的には何を測定したものかをも紹介するか、「だれだれがどの論文でモンスーンの強さとして示したもの」という形で参照するかにしてほしいと思う。

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これは、気象観測値からつくった指標変数を使った場合についてもいえることだ。モンスーンを、夏と冬の風のちがいと認識すれば、たとえば1月と7月の風速ベクトルの差の大きさを指標にしたくなるかもしれない。雨をもたらす風だと認識すれば、雨量をモンスーンの指標とする人もいるし、風のデータを使うとしても雨季の風の観測値にもとづく指標を考えるだろう。ある人の考えるモンスーンの強い年が、他の人が考えるモンスーンも強い年であるとはかぎらないのだ。

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気象観測のない時代にさかのぼって気候の変化を考える場合に、「モンスーンの強さ」の意味は、さらに人さまざまになる。

このことは前から気になっていたのだが、2018年8月、日本第四紀学会の大会に出席して、地質学のdisciplineによると思われる研究発表のうちに、「東アジアの夏のモンスーンの強さ」を論じたものが2件あった。一方は質問をして発表者からの答えをいただき、他方は発表中にあげられていた参考文献をみることができたので、わたしは発表者がその用語でさしていたものが何か理解することはできた。

ひとつは、中国の黄土高原のレス(黄土)の帯磁率だった。レスは風によって運ばれた鉱物粒子(風成塵)が堆積したものだが、堆積後に土壌化作用を受ける。(第四紀をつうじての黄土高原の状況では) 土壌化は湿潤なときに強く、乾燥しているときには弱い。この地域の乾湿のちがいをもたらすのは夏の降水だ。そして土壌化が進むと鉱物の種類が変わるとともに帯磁率がさがる。そこで、「帯磁率が低い」ことは「黄土高原の夏の降水が多い」ことを反映しているとみなし、これを「夏のモンスーンが強い」とも言っているのだ。(ここでは温度の変動には注目していない。)

もうひとつは、中国南部、具体的事例(Dykoskiほか, 2007)では貴州省のDongge洞窟の石筍の炭酸カルシウムの酸素同位体比だった。これは、同じ地域の夏の降水量と関係づけられている。根拠は、まず統計的相関らしいのだが、現代の雨の水の酸素同位体比の変動にも降水量による効果がみとめられるので、それで因果関係の説明がつくのかもしれない(わたしはまだ追いかけていない)。なお、レスの研究で知られたZ. Anも共著者にはいっている。この論文自体にはレスの話はないのだが、その後、レスと石筍の両方を使った研究もあるようだ。

アジアの外の研究者がアジアの地点を研究して成果を論文にする場合や、アジアの研究者がアジアの外で成果を紹介する場合に、特定地点のサンプルの解析結果であっても、この記録はアジアのモンスーンの変動をあらわしているから重要なのだ、と言うことは、当然だろうと思う。世界の気候変化の議論のなかで、アジアのモンスーンの変動を示したくなったとき、だれかの研究で得られた時系列を紹介するところまではよいのだが、その際には、1節で述べるような注意をしてほしいと思う。また、日本の気候変化を論じるひきあいに出す際には、上記の例のようなものならば、東アジアのモンスーンというよりも、「中国黄土高原の夏の乾湿」「中国貴州の夏の乾湿」のようなとりあげかたが適当だろうと思った。

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レスの話を含む研究発表には「冬のモンスーンの強さ」も出てきた。質問への答えで、黄土高原のサンプル地点での (乾湿ではなく) 風に関する指標であることがわかったが、それよりくわしくはわからなかった。予稿によれば論文準備中とのことなので、それが出てから確認したい。

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これとは別に風成塵による「冬のモンスーンの強さ」の議論には出会ったことがある。日本の湖底堆積物か泥炭のうちに、大陸起源の風成塵がおおいとき、冬に北西の季節風がふくことが多かった、と解釈していたようだった。それを読んだときは、そのような考えももっともだと思った。

そのあと「黄砂」の研究の話を聞いた。日本に達する黄砂がおおいのは春だ。その原因としては、供給源となる中国北部からモンゴルの地表面が、冬のように雪で覆われたり凍っていたりすることも、夏のように草で覆われていることも少なく、裸地であることがおおいことが主要だとおもう。それにくわえて、中央アジアで春に低気圧が発達しやすく地表付近の風速が強くなりやすいこともきいているだろう。日本の堆積物中の風成塵がもしこの「黄砂」と同じものならば、それは冬よりもむしろ春の天候を反映しているかと思う。

しかし、わたしは、まえに出会った研究例がだれの研究でどこに出版されたものだったかを忘れてしまったので、その研究例について、わたしの考えなおしがあてはまるかどうかはわからない。

文献

  • Carolyn A. Dykoski, R. Lawrence Edwards, Hai Cheng, Daoxian Yuan, Yanjun Cai, Meiliang Zhang, Yushi Lin, Jiaming Qing, Zhisheng An, Justin Revenaugh, 2007: A high-resolution, absolute-dated Holocene and deglacial Asian monsoon record from Dongge Cave, China. Earth & Planetary Science Letters, 233: 71– 86. https://doi.org/10.1016/j.epsl.2005.01.036