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気象と産業との関係についての意見

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日本気象学会の秋の大会が、2017年10月30日から11月2日まで、札幌で開かれている。わたしは10月30日から11月1日まで出席する。

10月30日午後、「再生可能エネルギーなどの気象観測・予報情報の気象ビジネスへの利活用」という「専門分科会」に出席した。

この分科会を企画した人たちは、数年前から、再生可能エネルギー利用のための気象情報の利用に関する分科会を開いてきた。太陽光や風力は時間とともに変動するので、それによる電力がはいってくる送電網には、需要と供給のバランスをとる技術が必要になる。そこで、供給量(および気象に応じて変わる需要量)を早く知るために、気象の情報が必要になる。そのような課題に関して、気象学の研究者のほか、需要側の研究者、電力系統制御の研究者が、いっしょに議論してきた。

今回も大部分はその話題だったのだが、もう少し広げて、気象情報のビジネスへの利用を含めた。それに関する研究発表としては、保険会社の立場から気象災害リスクを評価するための基礎データをつくる話があった。また、河川の洪水のシミュレーションの話もあり、防災の話題でもあるのだが、ここでは建設コンサルタントというビジネスが気象情報をどう使うかという話題提供だったのかもしれない。そこで話題になった河川流出モデルは、防災だけでなくダム管理にも使われるので、再生可能エネルギーのひとつの水力にもかかわるし、水資源にもかかわる。

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専門分科会の主催者からの招待という形で、気象庁の人から、

と、それの一環として気象庁が組織している

の紹介があった。

「気象ビジネス市場の創出」の主要課題は、およそ次のようなものだそうだ。

  • 産業界が求める気象サービスの提供
    • 基盤的気象データのオープン化・高度化
    • 制度のみなおし
  • 新たな気象ビジネスを実現する対話・連携 (気象ビジネスコンソーシアムはその実践のひとつの場)

わたしは気象庁の人から説明されたその事業の内容のおおすじはもっともだと思った。

しかし、その大きな趣旨説明で使われていることば(仮に「役所用語」と呼んでおく)には、だいぶまえから、納得がいかないところがある。おそらく、日本の行政機構のなかで、気象庁のレベルではなく、国土交通省のレベルか内閣のレベルで、あるいは、国会との(とくに影響力の強い与党の政治家との)かかわりで、そういうことばを使わないと計画が認められないことがあるのだろう。

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気象の件にかぎらず常にわたしの納得のいかない役所用語のひとつは「産業界」だ。わたしは、これが、(日本の国の政策だから「日本の」と限定してもよいかと思うが)すべての産業を含むのならば、納得できる。たとえば、コンビニエンスストアの店長とか、これまでウナギの養殖をしてきたがウナギが絶滅危惧種になってしまったのでこれから何をしようか迷っている人とかが、「わたしも産業界の人です、気象庁にはこういうサービスをしてほしいです」と言って参加できるようにしよう、という話ならば、よいと思う。そして、わたしが知るかぎり、気象庁がとらえている「産業界が求める」はそんな感じになっていると思う。

しかし、科学技術政策にせよ、環境政策にせよ、「産業界」の人として発言の場を与えられる人は、もっと限定されていることが多いと思う。わりあい多いのは経団連が「産業界」を代表するものであるかのようにみなされることだ。経団連はさまざまな産業に従事する人を民主的に代表する組織ではない。おおざっぱに言えば、大資本の企業の経営者がとりしきる組織だろう。経団連にも日本のすべての産業従事者を考えて発言する人もいるかもしれないが、大資本の利害を「産業界」の要請として押し出してくる人もいると思う。それを重視するのは、たとえば社会を資本対労働のわくぐみでみた場合に、労働者に不利な政策決定になるおそれがある。

政府の審議会などに「産業界」の人として出てくるうちには、大資本の企業の人のほかに、ベンチャービジネスの起業家がいる。最近、利益をあげたか、株価が上がったか、そのほか何かの理由で成功した人だ。ただしその成功がながつづきするかどうかはまだわからない。さらに新しい企業がのびるような社会にするための参考として、最近の成功者からコメントをもらうのはわかる。しかし、政策決定のうえで、最近の成功者にあまり大きな影響力を与えてしまうのは、あやういと思う。

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気象庁に関連しては、「気象ビジネス」という役所用語がどのような意味に使われているかが気になる。

気象業務法」という法律ができたとき、そのおもなねらいは、天気予報業務のうち民間企業ができることと気象庁がやることを切りわけることだった。それにともなって、「気象業務支援センター」という、気象庁の外郭団体と言えるだろう財団法人ができた。その英語名はJapan Meteorological Business Support Centerだ。
そのとき念頭にあった「気象ビジネス」は、天気予報などの気象情報を商品として売る会社(「気象会社」とよぶことにする)であり、気象業務支援センターは気象会社をおもな顧客として、気象庁から受け取ったデータをパッケージ化して売る(しかしセンター自体は利潤を得ない)ことがおもな業務として想定されていた。

それから、いくつもの気象会社が育ったけれども、そのうち大手でも、日本の産業のうちで大企業といえるほどの規模ではない。基本的に公共部門が価値を与えた情報に付加価値をつけて出す産業なので、あまり大きな利潤をあげることはむずかしいと思う。気象情報の産業への寄与はもっと大きいと思うが、それは気象会社以外のいろいろな企業が生み出す価値だ。そういう企業は、気象会社の顧客になる場合もあるし、気象庁が無料で出している情報でじゅうぶんなこともあるし、気象業務センターが手数料をとって出している情報を利用することもある。

気象庁が最近「気象ビジネス」と言うときは、広くいろいろな産業に働きかけている。気象業務支援センターも、今では気象会社ばかりでなくいろいろな顧客を想定していると思う。しかし「気象ビジネス」や「気象業務」ということばを使うことによって「気象会社」の仕事を想定しているという誤解を招いていると思う。

「気象ビジネス」ということばを使わされていることや、気象業務法がこんな法律になってしまったことの背景には、日本の役所と産業との間の縦割り構造があると思う。それぞれの産業はどこかの役所を「監督官庁」としていて、産業と役所とがおたがいに影響を与えあう関係にある。気象庁監督官庁とする産業はながらくなかった(例外として気象観測機器メーカーをあげることはできるが)。気象庁も産業界との関係を作れといわれる時代がきたが、監督官庁の役割をほかの官庁からとりあげることは許されなかったので、新規につくれる気象会社だけを管轄するような許認可制度をつくるしかなかったのだろうと思う。

気象業務法を、気象庁監督官庁とする産業をどうつくるかではなく、広く産業一般と気象庁(および気象会社たち)との関係をどうするかをデザインするものに、改正するべきだと思う。

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さて、(わたしには納得がいかない名まえの)「気象ビジネス市場の創出」プロジェクトだが、「基盤的気象データのオープン化・高度化」はもっともだと思う。

その中で「過去データのアーカイブ整備」がひとつの柱とされたことは、とくにうれしいことだ。【わたしは、この件について、今のところ、研究者の視点で考えていて、どんな産業への応用があるか、まだ考えていない。しかし一般論として、産業のほうから、過去にさかのぼって観測データが見られるのならば見たいという需要は出てくるだろうと思っている。】

それが認められたからと言っても、気象庁がもっている過去の紙記録(多くは紙から画像データにはなったがまだ文字が読み取られていない状態にある)や磁気テープ記録などのすべてを使いやすい形に変換して公開するだけの予算がつくとはまず期待できない。そうしたいのだが、それには、さまざまな人がさまざまな資金源を使ってとりくむ必要があると思う。

しかし、気象庁の業務として位置づけられたことには大きな意味がある。いま、日本のほとんどの科学技術予算が時限のものだ。国立研究所や国立大学は5年の中期計画ごとに組織みなおしをせまられ、その際にはどこかを新設したり拡充したりする代わりにどこか廃止したり縮小したりすることになるだろうが、今から5年さきにどこが削られるかはそのときになってみないとわからない。どの法人もそんな状況なので長期データアーカイブの管理者を引き受けられるところがないのだ。ところが、気象庁が消滅することはまず考えられないし、気象庁の業務は、いったんやると決められたら維持されやすく、消滅しにくい。(反面、気象庁は、外部資金による時限の研究事業に参加することに、ものすごく消極的だ。外部資金が切れたとき、気象庁本来の業務にしわよせがおよぶのをおそれるのだ。) だから、気象庁にはぜひ、長期持続するデータアーカイブの運営の かなめ になっていただきたい。(実際の管理者は、たとえば気象業務支援センターでも、国立大学や国立研究所でも、(公的資金の業務委託を受けた)民間会社でもよいと思うが、家主のような役割を、持続性の高い組織に になっていただきたいのだ。)

そのデータを整備する作業には、さまざまな時限の研究費を使えると思う。すでに研究費でディジタル化を進めているものも収録してほしいと思う。(ただし、気象庁以外の人たちがディジタル化したデータの品質は、気象庁のデータアーカイブの基準に達しないかもしれない。それでもないよりはましなので、基準がちがうことを明記したうえで収録してほしいと思う。)