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モンスーン、monsoon、季節風 (2)

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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「モンスーン、monsoon、季節風」について、[2014-07-07の記事 (ここでは「第1部」と呼ぶ)]を書いた。

それ以後に思いあたったいくつかの話題をそれぞれ書き出しておく。今回の記事全体としてのまとまりはない。第1部への補足として見ていただきたい。

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わたしのモンスーンに関する総論としては、2004年に「モンスーンとはなにか --グローバルにみたモンスーン、大気・海・陸間のエネルギー循環--」という講演をしたときのプレゼンテーション資料をウェブページの形で置いてある。また、大学での気候システム論の授業の教材ページ[モンスーン(季節風)]がある。ただし、いずれも、キーワードの箇条書きと図だけで、文章になっていない。文章にしておくべきだと、いま、あらためて思っているが、すぐにはできそうもない。ひとまずこの形で紹介しておく。

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南アジア(インド亜大陸)から東南アジアの北半球側の陸上のうち、面積でみて大部分の地域では、詳しい月日は地域によってずれるが、だいたい6月から9月が「夏のモンスーン」・「南西モンスーン」の時期であり雨季でもある。地上気温は雨季にはいる前の乾季の終わりごろのほうが高いから、「夏」という用語は注意して使う必要がある。そういう地域の全部ではないが多くのところで、乾季から雨季へのうつりかわりは急激で、モンスーンのonset (「入り」)として注目されている。

しかし、南アジア・東南アジアでも、陸地の東海岸地方(海岸から内陸に向かって200 kmぐらいまで)には、11月から2月ごろの「冬のモンスーン」・「北東モンスーン」による雨のほうが多いところが分布する。フィリピン東岸、ベトナム北部・中部、タイ南部とマレーシアのマレー半島東岸、ボルネオ島北岸、スリランカの東岸などだ。このような地域では「夏のモンスーン」の時期は、乾燥するわけではないが、相対的に乾季といえる。

このような地域の分布について、2010年に、海洋研究開発機構 地球観測データ統合・解析プロダクトウェブサイト「FIntAn」のうち「アジア域の格子点降水量データ」のページがつくられる際に材料を提供したが、このサイトは残っていない。[リンク先]は2013年にInternet Archiveに保存されたコピーである。その図1、図2の画像が小さすぎて不鮮明なので、大きな画像を用意した。

「図1」(5,6,7,8月の降水量)
f:id:masudako:20201207144235p:plain

「図2」(11,12,1,2月の降水量)
f:id:masudako:20201207144252p:plain

図に示されているもののもう少し詳しい説明はリンク先の記事を見ていただきたい。「冬のモンスーン」で雨が多いところは、「図2」で北緯20度から南で青または緑になっているところである。リンク先の「図3」で月降水量の季節変化のグラフを示したうちの「ベトナム フエ付近」はそのような地点の一例である。[2017-11-13 図を補足、2017-11-14 本文改訂、2020-12-07 図の置き場を変更]

次に文献として示す[講演予稿]の図では、11月(November)の降水量の多いところが、「冬のモンスーン」の降水量が多いところである。

文献

  • 増田 耕一, 松本 淳, 安形 康, Ailikun B., 安成 哲三, 2004: 東南アジア大陸部の気候的降水量分布。 日本気象学会2004年秋季大会講演予稿集, p. 100 (発表番号A359) [著者によるHTML版]

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(モンスーンを専門とする気象・気候研究者の用語の事例)

南アジアの「夏のモンスーン」が雨季である地域のうちでも、インドの西海岸、デカン高原、ガンジス川中流域 (仮に「インド西・中部」とまとめておく)は、モンスーンの入り・明けの時期や季節内変動の位相が多少ちがうものの、年々変動では同調していることが多い。インド全体の降水量をまとめてその長期平均からの偏差を見れば、インド西・中部の特徴が見える。それに加えておそらく、イギリス領インドやインド共和国の政治の中心がガンジス川中流域のデリーにあることが続いたせいもあると思うが、「インドモンスーン」あるいは「アジアモンスーン」が、インド西・中部の雨の特徴で代表されてしまうことが多くなってしまっている。

しかし、降水量の極値の記録で知られるチェラプンジを含むメガラヤ州やアッサム・西ベンガルなどのインド北東部およびバングラデシュ(「インド亜大陸北東部」とまとめておく)は、やはり夏のモンスーン季がおもな雨季ではあるのだが、年々変動や季節内変動ではインド西・中部とは強弱が逆になることも多い。インドモンスーンの変動は、インド西・中部の雨の変動で代表されるものだけではないのだ。

今回の気象学会大会での研究発表を見て、このことをあらためて認識した。ただし、年々変動、30日から60日の周期帯の変動、10日から20日の周期帯の変動がからんでいて、ややこしい。研究論文を読んでから、あらためて紹介したい。

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(モンスーンを専門としない気象・気候研究者の用語の事例)

気象学会の別の研究発表で、「モンスーン」ということばを聞いた。それは、東アジアの広域大気汚染、とくに中国から大気汚染物質がいつどれだけ出てきているかに関する研究だった。その変動がモンスーンの変動と相関があるという話があった。その件はその研究結果の主要部分ではなかったようで、くわしい説明はなかった。図に「DJF」という字があった(と見えた)。これは12・1・2月にちがいないので、ここでいう「モンスーン」は冬の季節風の北風のことなのだろう。そして、日本語で話してはいたが見せていた資料が英語だったので、monsoon をそのまま「モンスーン」と言ってしまったので、はじめから日本語で考えていたら「季節風」と言ったかもしれないと思う。ただし講演者にたしかめてはいない。

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(気象・気候研究者でない人の用語の事例)

「モンスーン」や「季節風」ということばが、一般の世の中でどういうふうに使われているかも、知っておくべきだと思っているが、まだ意識して調べたことがない。

ただ、第1部を書いてまもなく(2014年)、たまたま「モンスーン」ということばを見かけて、それを書いた人がどういう意味で使っていたのかを追いかけてみたことが一度あった。

それは、持田 叙子[のぶこ]さんの文学評論の話題だった。わたしは文学評論を読むことはめったにないのだが、持田(2012)の本の最初の章「科学と神秘 -- モンスーンの国の書き手」(だけ)を読んだ。

持田さんは、泉 鏡花という作家を「アジアモンスーンに立地する郷土文学」だと言っている。そして、モンスーン地帯の代表的景観として「両棲類のすむ湿地帯の森」をあげている。ただしこの「両棲類」は、生物学でいう両生類(両棲類)であるカエルなどだけでなく、蛇、カニ、クモ、ヒル...を含むものだそうだ。南方熊楠の世界と共通するとも述べている。

そのような記述からわたしなりに解釈してみると、持田さんにとっての「モンスーン」は温暖湿潤な風土であり、季節によって乾湿が変わることでも、季節によってちがう風がふくことでもないようだ。

なお、持田さんは、鏡花との比較対象として、永井荷風にもふれている。荷風も日本の多雨と湿気に注目した。しかし荷風は都会を描き(その樹木も描いたが)、森(原生林)を描かなかった、ということだ。

気温・降水量などでみた気候はあまり変わらなくても、人間によって土地利用が変わると、持田さんのいう「モンスーン」の景観からは離れてしまうのかもしれない。(他の論者のうちには、水田こそモンスーンの代表的景観だとする人もいるが、わたしが読んだ範囲では、持田さんが水田をモンスーン的なものと見ているか、モンスーン的なものを破壊するものと見ているかは、わからなかった。)

文献