原子力規制委員会が、原子力発電所にもし事故が起きた場合に放射性物質が風によってどう広がるかのシミュレーションの結果を発表したが、シミュレーションの材料となった風の観測データの風向の表現の解釈がまちがっていたので、結果もまちがっていた、ということが報道された。
NHKは次のように報道している。(ニュース記事は1週間くらいでウェブ上から消されるようだ。その後はほかのもので置きかえたい。)
- WEB特集 10月25日 「原発事故の影響は?予想地図を公表」
- WEB特集 10月30日 「拡散予測に誤り 徹底検証を」
- ニュース 11月6日 「放射性物質の拡散予測 2原発で訂正」
- ニュース 11月8日 「拡散予測 全国の原発再確認指示」
このうち(2)と(3)に対応する、原子力規制委員会が発表した資料は次のところにある。
- (2) 10月29日(月)臨時会見配布資料
- 拡散シミュレーションの試算結果(修正)【PDF:25MB】
- 拡散シミュレーション結果の修正点について【PDF:5.8MB】
- (3) 11月6日(火)臨時会見配布資料
(3)の参考資料は直接九州電力からも発表されている。
- 九州電力 11月6日 プレスリリース 原子力規制委員会が示した拡散シミュレーション用に提出した当社気象データの取扱い説明の誤りについて
(2)が出た段階で、水野義之(y_mizuno)さんの疑問から始まったtwitter上の議論があり、水野さんによるまとめ 「原発事故予測の風向き誤入力はなぜ起こったか?」が作られている。わたしもそこに参加して発言したが、twitterの字数制限のうちでは説明しきれないこともあるので、ここでもう少し詳しく述べる。
このブログの3月18日の記事「西風は東向きの流れ」に書いたように、気象用語の「風向」は、風が来るもとのほうの方位を示す約束になっている。これは概念的には風速ベクトルの向きだということができるが、具体的にベクトルの向きを示そうとすれば、ベクトルの先の方向を示すことになるだろうから、風向とは正反対の方向になってしまう。これは風向のデータを扱う人ならば注意するだろうと思ったのだが、残念ながら(3)はその種類のまちがいだった。ただし、九州電力の説明を見ると、風向と風速ベクトルの向きとは逆であることは承知していたのだが、実際に記録されたデータがどちらであるかを思い違いしていたらしい。
(2)は、風向が22.5度(ひとまわりの16分の1)ずれていたということで、もう少し微妙な問題になる。
風向は、大まかには東西南北の4方位(90度刻み)で示される。一段細分すると8方位(45度刻み)になり、「北東」(英語の略語ではNE)「南東」(SE)などの形で示される。さらに一段細分すると16方位(22.5度刻み)になり、「北北東」(NNE)「東北東」(ENE)などの形で示される。原子力規制委員会の指示で原子力安全基盤機構(JNES)という法人が行なったシミュレーションで、電力会社からJNESに引き渡された風向のデータは、16方位で、数字でコード化された表現だったそうだ。ところが、風向の16方位を数字でコード化する方式は事業者ごとにまちまちで統一されていない。そのことに気づかず、受け手が送り手と違ったコードの解釈をして、シミュレーションモデルへの入力にしてしまった。
16方位ではなく、角度の「度」で風向を示す方法ならば、WMO (世界気象機関)による、各国の気象庁などがデータを交換する際の標準(日本語では「国際気象通報式」と呼ばれている)の中で規定されている。風の来るもとの方向について、北を0とし、上からみて時計まわりにふえていく角度で示す。東風が90度、南風が180度、西風が270度ということになる。(なお、静穏(ほぼ無風)のときは風向を示すことができない。これと北風の区別をしやすくするため、国際気象通報式では、静穏を0、北風を360度のように表現することにしている。)
16方位を数字でコード化する場合も、これを参考にすることが多いようだ。たとえば、気象庁のアメダスデータでは、(気象庁が今も同じ方式を使っているかは未確認だが、手もとにある1998年分のCD-R配布版を見ると)、北北東を1、北東を2、... 北を16としている。なお静穏は0とされている。環境省がまとめている大気汚染観測のデータでも静穏が17とされているほかは同様だそうだ。今回の電力会社のデータのうちで、ほぼ半分の事例は気象庁や環境省と同様だったが、ほぼ半分はひとつずれて、北を1、北北東を2としていたらしい。また、九州電力は後者と正反対に南風を1としていたらしい。(4)の報道を見ると、シミュレーションにはさらに別の問題点があるらしいが、風向データの解釈によるものかどうかはわからない。
16方位の数値表現を統一すべきだという意見も聞かれた。しかし、もしそうしても、限られた関係者だけの統一しかできず、データ交換の参加者がふえるごとに注意が必要になる。英語の略語表現ならば(「静穏」の表現を例外とすれば)事実上統一されているので、その形で引き渡して、数値への変換を受け取った側でやるのがよいと思う。日本語文字でも、文字コード化けさえ避けられれば、かまわない。
もうひとつの対策案は、「度」に換算して示すことだ。ただしこの場合、精度が1度よりもあらいにもかかわらず、数値を偏りなく伝えるためには度の小数1桁までの桁数が必要になるという問題がある。限られた関係者の間で使う場合に限定して言えば、字数の節約と偏りのなさとどちらを重視するかを決めさえすればよいことだ。
総括的に教訓を述べると、観測結果にせよシミュレーション結果にせよ、データを引き渡すときは、何がどのように記録されているかの情報(「メタデータ」と呼ばれるものの一部)も渡すことが重要だ。もしそれが不足しているときは、受け取った側で、期待どおりの形ではいっているか、ていねいに確認する必要がある。