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中川さんの本と中川さんの本の間のトランスサイエンス

科学の問題として問うことはできるが、科学だけでは答えられない問題がある。そういうものを1972年にAlvin Weinbergがtrans-scienceと呼んだ [読書メモ]。Weinbergが取り組んでいた課題は原子炉であり、trans-scienceの例題のひとつは原子炉の安全装置の同時故障だった[2011年4月29日の記事参照]。そしてもうひとつの例題が、放射線被ばくの健康影響だった。科学の知見は進んだけれども、今も約100ミリシーベルト以下の被ばくの影響に関する知見は不確かさがとても大きい。それへの対応は、科学者も参加するべきではあるが、社会の意思決定の問題として考える必要があるのだ。

困ったことに、2011年末ごろには、こういう問題状況を認識しているはずの人びとのうちで、ネット上に活発に発言している二つのグループが、お互いに反目していた[2012年1月1日の記事]。1月になって、両方のグループそれぞれの話題のうちに「中川さんの本」を見かけたので、同じ本をめぐって議論が進むかと期待したのだが、別の中川さんの本だった。

題材は共通している。ICRP (国際放射線防護委員会)という国際的な非政府団体の勧告文書、その材料ともなった広島・長崎の原爆被爆者についての疫学調査チェルノブイリ事故の周辺住民についての調査などだ。

しかし価値判断が極端に違う。中川保雄さんの本の結論をすなおに受け入れた人は、ICRP原子力推進勢力が科学をゆがめるために作った組織だと思い、ICRPの言うことはICRPの言うことだからこそ信頼できないと思うようになるだろう。(くれぐれも、ICRPに反対する主張を無批判に受け入れないようにご注意いただきたい。) 中川恵一さんの本の結論をすなおに受け入れた人は、ICRPは、科学的にじゅうぶん安全と認められているレベルでも慎重に注意を呼びかけている良心的な集団だと思うだろう。それぞれの認識が信念になってしまえば、この二つのグループの人びとは合意に達しえないだろう。【念のため: この記事の上のほうで述べた二つのグループの対立はそこまで深刻なものではないと思う。】

ただし、それぞれの著者の態度に注意する必要があるだろう。中川保雄さんは、科学技術史の学究でもあったが、原子力利用そのものの是非を問う立場から、しかも「非」という答えを予期して、その論拠となる資料を集めたようだ。中川恵一さんは、福島の原子力事故が起きてしまった事態のもとで、医師として、悩む住民に助言する立場で発言しているのだ。

著者たちの主張をたなあげにして、材料となっているそれぞれの文献に立ちもどり、その議論を追いかけて、結論にどれだけの根拠があるかを考えなおす、という作業をするのがよさそうだ。(なお、ここでは、信念を曲げるつもりのない人びとにはご遠慮いただいたほうがよい。)

イギリスにはCERRIE (Committee Examining Radiation Risks of Internal Emitters、内部被曝調査委員会、http://www.cerrie.org )という組織があるそうだ。buveryさんのブログ記事http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110719 で知った。日本でもこのような活動をするのがよいのではないだろうか。