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電車に乗りまちがえた (2)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】

【この記事は、個人的なおぼえがきです。学術的知識を提供するものでも、社会にむけて意見を主張するものでもありません。】

まえに [2020-02-06の記事] に書いたのと同じ種類の失敗を、まえとは別の場所で、5日間のあいだに2回もしてしまったので、反省の意味で、また記事にしておく。

要約すると、つぎのようになる。

  • V駅で、W方面の電車をまつ。
  • W方面の路線は、W駅で分岐して、X方面とY方面になる。わたしが行きたいのは X方面だ。
  • V駅では、つぎの2つ (以上) の電車の行きさきが表示されている。このとき、1本めがY方面、2本めがX方面だった。
  • わたしは、「1本やりすごして、つぎのにのる」という計画 (というとちょっとおおげさだが) をたてる。
  • しばらくして、電車がくる。わたしは、さっきたてた計画をわすれて、のりこんでしまう。
  • Y方面の電車にのってしまったことに気づく。

最近の1回めは、Y方面のある駅 (便宜上、Y駅としておく) につく直前に気づいた。そこでおりて逆向きの電車にのって W駅にもどり、X方面の電車にのりかえた。のりかえ は順調にいって、約束にはおくれないですんだが、わたしにとっては40分ほどの時間の損失になった。

2回めは、W駅につくまえに Y行きにのってしまったことに気づいたので、Y方面に行かずにすんだ。

今度の2件と、まえの記事の2件は、みんな 別々の場所での のりかえ で おきたことだ。共通しているのは、わたしが そこで のりかえることをくりかえし、慣れた場所になっていたことだ。たぶんそのせいで、電車を待っているあいだに、わたしの意識は、電車をおりたらすること、あるいは、電車にのって こしかけられたら することに むかってしまい、電車の行きさきを たしかめることに むかわなかったのだ。

このように言語表現しておけば、同じ失敗をふせげるだろうか?

【今度の2件のV駅は別々の場所なのだが、Y駅は同じ場所だった。わたしが信じていない えんぎかつぎ によれば、わたしは Yの地からよばれているので、そこでおりてあいさつしてくる必要があるのかもしれない。】