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地学・地理のうち大気水圏科学の部分、高校レベルで何を教えるか

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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日本地球惑星科学連合(JpGU)の2018年5月の大会のうち、[O-01 これからの高校における地球惑星科学教育 --「地理総合」と「地学基礎」]のセッション(5月20日午前)で講演することを頼まれている。予稿のしめきり(2月19日)がせまってきた。わたしは正直なところ、高校教育の現状をよく知らない。ちょうど次期の高校の学習指導要領の案が出たから目をとおしてはいるが([別記事]からの一連の記事参照)、わたしに期待されているのはむしろ、地球物理の気象学と地理の気候学にまたがる分野の専門家としての見識だと思う。その立場から、教育内容をどのように構成するべきだと考えているかを述べて、高校の実情との兼ね合いは学会の場で考えようと思う。

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学校で学ぶ教科の内容は、必修とoptionalとに分けて考えるべきだと思う。(「選択」と書くと「えらぶ」という動作を意識するので、わざと英語のoptionalにしておく。) 全国共通の必修事項ばかりでは画一的になりすぎる。しかし、どの学校を卒業してもこの科目を習ったならば知っていることはあったほうがよいと思うし、その部分についてはなるべく用語も共通にしたほうがよいと思う。

そして、上級学校(高校に対して大学など)の入学試験や、資格試験で、その科目を試験対象にするならば、おもに必修事項の知識を使えるようになっているかを問うように問題を構成するべきだと思う。しかし、必修事項だけで問題を構成しようとすると、抽象的になりすぎたりつまらなくなりすぎたりするだろう。具体例をいれながら、具体例については事前の知識がなくても答えられるようにするべきだろう。ところが、そういう問題が出されると、たまたま具体例を知っている人が有利になることはあるだろう。そうすると、出題される可能性のある具体例は教えておけ、ということになって、optionalであるはずのことがらが各教育現場では必修扱いされてしまうおそれがある。必修の項目の数がふえるとそれぞれの内容の理解が浅くなり「暗記もの」になりがちだ。その道には行ってほしくない。これはいまのところ答えのない悩みだ。

必修事項の候補として、それぞれの専門家が大事だと思うこと (必ずしも専門家の研究者としての対象領域ではなく、研究に向かうための基礎知識として必要だと思うことだが) をあげて、合計すると、多くなりすぎるだろう。差別をもちこむことになって残念ではあるが、ある専門家の主張を他の専門家の主張よりも重視するという判断は避けられないだろう。(それは優劣ではなく偶然によるかもしれない。)

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あとで地理も含めて考えるつもりだが、ひとまず理科の地学を念頭において、何を教えるべきかについて、いくつかの軸をあげてみる。

1. 基礎と応用。応用には産業につながるものもあるが、地学の場合とくに、防災や環境問題解決などの公益につながるものを無視してはいけないだろう。

2. 演繹的考えかたと帰納的考えかた。地学の場合、「数理物理的考えかたと博物学的考えかた」というべきかもしれない。前者は物理法則に基づいて原因から結果に向かう態度、後者は現実世界の観察で得られる物証からそれが生じた原因を考えていくという態度である。

3. 単純化した考えかたと多様性や個別事実を重視した考えかた。

4. 注目する空間スケール(この「スケール」はほぼ「規模」と同じ。「スケール」もほかの意味があるが、「規模」はmagnitudeをさすこともあるので避けた。) 全宇宙から素粒子まであるが、地学にとって重要なのは、地球全体と、ヒトの等身大よりも少し大きいところ(1kmくらいか)だと思う。

5. 過去・現在・未来。ただし、ここでいう現在は、近代科学による観測データが得られる時代をさすとする。過去はヒトが出現してからの時代も含むが、地学ではそれよりも古い時代を扱うことが重要だ。未来についてできるのは不確かな予測だが、それがほしいこともある。

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わたしが10年ほど前から専門にしている主題なので、我田引水になって気がひけるのだが、現代に生きる人に持ってほしい大気水圏科学の知識として、「地球温暖化」に代表される、全地球規模の気候変化のしくみについての知識をあげたい。

たまたまかもしれないが、2月14日に出された学習指導要領案の「地学基礎」で選ばれた内容は、[2018-02-15の記事 (地学関係の部)]で述べたように、これに合っている。「大気と海洋」のところで、大気水圏全体の熱収支を扱い、そこでは温室効果にふれ、そして海洋の循環を扱う。「地球環境の科学」のところで地球温暖化を扱う。

欠けているのは、大気・水圏は(物質・エネルギー循環系でありフィードバックシステムでもある)気候システムとみることができ、それは内部要因だけでも変動するが、外部からの強制によって変動することもあり、二酸化炭素濃度の変化は外部からの強制要因のひとつとみることができる、という認識だと思う。ただし残念ながら、(大気水圏の熱収支の実態の図式や、大循環の模式が、すでに多くの教育者・教材作成者に共有されているのとちがって) この気候システム論を自分のものにしている人は少ないから、指導要領や教科書に書きこんでもらうのはむずかしいと思う。定性的に、全地球規模の気候変動には内部変動と外部強制による変動があるという知識を伝えるところまでにすべきだろうか。

もうひとつ大事なことは、この主題でうまく扱えることがらは、(3節の軸4) 全地球規模の対象を、(軸3) 空間的多様性を省略して単純化した、(軸2) 数理物理的アプローチに偏るということだ。

わたしなど、現代社会の政策課題として地球温暖化を小さくくいとめる「緩和策」が必要だと考えている人びとは、このような気候の科学が重要だと思う。しかし、人為起源の地球温暖化があろうがなかろうが、人は気候に適応することが必要だ。そしてその適応する対象は、世界平均値ではなく、それぞれの場所のローカルな気候なのだ。

地球環境問題に限らず、気候と人間社会との関係を考える際にも、気候と(自然地理学で気候とならんであげられる要素である) 地形・水文・植生などとの関係を考える際にも、問題になるのはローカルな気候だ。

高校レベルで、ローカルな気候についても学ぶべきだと思う。ただし、ローカルな気候には多様性がある。また、ローカルな気候の変化に関する因果関係をすっきり述べることはむずかしいことが多い。それぞれの地域に即しておもしろい教材をつくることはできそうだが、全国共通の必修項目をつくるのはむずかしい。

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上記(4節)の全地球規模の気候変化の認識(「A」と記号をふっておく)のほかに、地学か地理の中で教えるべきだと思う主題を列挙しておきたい。いずれも、ローカルな気候を考えるための基礎となる概念でもある。

B. 大気・水圏の現象にはさまざまな空間スケールのものがあるという事実認識。
空間スケールのちがう現象のあいだの相互作用もあるが、近似的にはそれぞれ別々の現象としてみることができる。空間スケールの大きいものは時間スケールも大きい傾向がある。空間・時間スケールがちがっても、その比はあまり変わらない。速度がけたちがいには変わらないとも言えるだろう(現象が動く速度なのか、その中の物体が動く速度なのかはあいまいだが)。ただし、地球の大きさや大気・海洋の層の厚さによる空間スケールの制約はある。

C. 天気。
テレビなどの天気予報を理解できるための基礎知識。気温、気圧、風向風速、降水量などの数値はどのように表現されるか、温帯低気圧とはどんなものか、など。(次期学習指導要領案では「地学基礎」ではなく「地学」のほうに含まれている。)
ここで扱う必要がある空間スケールは数百kmから数千km (気象学用語でいう「総観規模」)であって、地球全体よりは小さいが、ローカルよりは大きいことに注意。

D. 地表面の熱収支・水収支。
Aに出てくる気候システム全体の熱収支は大気上端の放射収支だが、今度は、海面や地面での、放射のほかに顕熱・潜熱の乱流輸送を含めたものを考える。潜熱輸送は水の蒸発に伴うものだから、水収支と連立された形になる。水収支のほうは、降水・蒸発・流出からなる。雪氷がからむ場合はもう少し複雑になる。
熱収支は本来はエネルギー収支なのだが、運動エネルギーを省略し、それ以外のエネルギーを「熱」という量とみなしてもたぶんさしつかえないと思う。
これは気候のさまざまな空間スケールの話題に出てきて、それぞれに有用だ。
また、人間生活のなかで、もしかすると人体表面の熱収支・水収支(おそらく保健体育を含めてどの科目でも教えていない)の知識がほしくなるかもしれないが、それを考えるためのよい手がかりになるだろう。

E. 気候帯の概略。
熱帯、温帯、寒帯と 乾燥地帯の分布の概略知識はほしい。ただし「気候区分」にこだわるべきではないと思う。学習指導要領案の「地学基礎」の「大気と海洋」で教えられる「大気の大循環」とリンクさせたい。

F. 気候と植生(陸上生態系)の関係。
これは地理のうちの自然環境のところで扱うべき項目だ。
ケッペンの業績を、気候区分というよりも、植生のタイプが気候によって制約されているという認識として引き継ぎたい。
制約要因としては、生育期間の温度または利用可能なエネルギー、利用可能な水分、最低温度をあげるべきだと思う。[2016-11-01の記事]参照。