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Medieval Quiet Period (中世静穏期) (Bradleyほか 2016)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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【わたしは、読んだ本の紹介を別ブログ http://macroscope.world.coocan.jp/yukukawa/ に、自分が考えたことや聞いた講演の印象などをこのブログに書いてきた。個別の論文(学術研究論文もあれば「論じる文」もある)の紹介を書きたいこともあるのだが、ブログの新しい記事シリーズをたてるかどうか迷っている。この記事は、講演で聞いたことの紹介とも言えるので、新しいシリーズをたてずにここに書いてみる。】

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2016年3月、古気候学者のRaymond Bradleyさん(Massachusetts大学)が、三上岳彦さん(帝京大学)と中塚武さん(総合地球環境学研究所)の招きで東京と京都を訪問された。東京の地理学会大会の中での研究会でも講演があったのだが、わたしはその日は他の用事で出席できず、三上さんのところでのセミナーで話を聞いた。

Bradleyさんは古気候のうちでも第四紀、そのうちでも新しい時代の最近約2千年の気候について、さまざまな古気候指標を総合する仕事をしている。第四紀の古気候の教科書(Bradley, 1985, 1999, 2014)でも知られる。

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今回の話題は、Bradleyほか (2016) の論文 (「論じる文」のほうで、この雑誌ではForum Articleという分類になっている) になっている。(まだ正式に出版されておらずページ番号が決まっていないが、出版年はおそらく2016年になるだろう。)

ここからは、おもにわたしが理解した限りでのこの論文の内容、【...】の形で補足やわたしの考えを述べる。

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Medieval Warm Period (MWP、中世温暖期)ということばは、近ごろも多くの人が使っている。

その発端は、Lamb (1965)の論文らしい。ただしこの論文の表題での表現は「the early medieval warm epoch」だった。そしてそこで論じられていた時期は西暦1000-1200年ごろだった。

しかし、それ以後、いろいろな人が論じるMWPの時期は、西洋史でいう中世(およそ西暦500年から1500年)の間には含まれるものの、人によってまちまちである。

Stine (1994)は、Medieval Climate Anomalyという表現を使った。地域によっては、気候の変化の特徴は気温よりも乾湿に現われるからだ。【IPCC第5次評価報告書の第1部会の巻(2013年)は、MWPに代わってこの表現を採用している。】 なお、Stine (1994)が論じた時期は、12世紀と14世紀だった。

気温の変化は地域によって違うので、世界に共通な温暖期を定義することはむずかしい。全球または北半球の平均気温の復元推定がうまくいけば、それにもとづいた温暖期を定義することは可能だろうが、実際には昔にさかのぼるほど証拠の分布が限られるので、広域を代表する値を推定するのはむずかしくなり、中世のうちどの時期が温暖だったかという問いにはなかなか答えが出ない。

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そこで、この論文では、気温などの気候システムの状態量ではなく、気候システムに対する強制作用に注目する。

【気候システムは、大気・海洋・雪氷などを合わせて、その物理、とくにエネルギー収支に注目してとらえたものだ。便宜上、大気中の成分である二酸化炭素やエーロゾルの濃度は、気候システムの外として扱い、その変動が気候システムに対する強制作用に含まれる。ただし大気の成分のうちでも3相にわたる水(H2O)の変動は温度などの物理量とともに気候システム内として扱う。なぜこのような扱いをするのかを理屈で説明するのはむずかしく、1世紀近くにわたる研究の過程で得られた経験的知恵というべきかと思う。】

気候システムに対する強制作用は、気候システムのエネルギーを増減させる働きである。産業革命前は、人間活動起源の強制作用は小さかった。(土地利用変化はあったが、グローバルの気候におよぼす影響はあまり大きくなかった。) 自然の強制作用として主要なものは、太陽活動(太陽が出すエネルギーの変動)と、火山噴火起源のエーロゾルが、いずれも地球の放射収支を変える効果だ。

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太陽活動の復元推定には、ベリリウム10や炭素14の同位体比が使われる。これらの核種は宇宙線によってつくられること、地球に届く宇宙線は太陽活動によって変調されていることが知られている。ただし、著者たちは太陽活動による強制作用をTSI (total solar irradiance、従来「太陽定数」と呼ばれた量)の変動としてとらえたいのだが、同位体比からTSIに変換する定量的な較正は確立していない。相対変化として太陽放射の強弱を論じることはできそうだ。この論文ではVieiraほか(2011)によるTSI復元推定の結果を参照した。

火山噴火起源エーロゾルの復元推定には、氷床コアの硫酸イオンが使われる。全球への影響が大きい熱帯での噴火を同定するには、南極とグリーンランドとの同時性を確認できるだけの精密な時間目盛りが求められる。この論文では、時間目盛りを改良したSiglほか(2015)の復元推定の結果を参照した。

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結果を、まず火山から見る。熱帯の大きな噴火の頻度は、世紀ごとにかなり違う。西暦682年と1108年にそういう噴火があったが、その間にはない。(939年にアイスランドの噴火があるがその影響は北半球高緯度に限られた。) 1108年以後は、1171, 1230, 1257年と噴火が続いた。(1257年のはインドネシアのLombok島のSamalas火山だとわかった。[2015-11-11の記事]参照。) そして19世紀まで噴火の頻度がわりあい多く、20世紀には少なくなった。

大きな火山噴火が少なかった8-11世紀(700-1100年)について、太陽活動を見ると、その時期の最初の725年ごろまでと、最後の1025年ごろ以後は、太陽活動が弱かった。(後者の時期はOort Minimumと呼ばれる。【これは、(物理気候学者Abraham Oortの父親でもある)天文学者Jan Oortにちなんだものにちがいないが、たぶん本人は太陽に関する研究はあるもののとくにこの時代について研究したわけではなかっただろう。】) 725年から1025年までは、太陽活動は変動が少なく、比較的強い状態が続いた。(ただし、20世紀ほど強くはなく、最近2000年間の平均に近いレベルだったそうだ。)

そこで、この論文では、725年ごろから1025年ごろまでを、Medieval Quiet Period (MQP、中世静穏期)としようと提唱している。最近2000年間には、太陽活動の低下や、火山の噴火による、負の放射強制がたびたびあったが、そのうちこの300年間にはそれが少なく、強制作用の変動が少なかったのだ。

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余談だが、Bradleyさんの日本での講演用のプレゼンテーションファイルには、MQPに「Heian Period」と書き加えてあった。気候システムにとって平安な時代が、日本史の平安時代【794年から、1185年または1192年までとされることが多いようだ】と大きく重なっているのだ。【奈良時代を含め源平の時代をはずすともっとよく合う。】

【たとえば、「放射強制の変動が少ない時期は、日本の気候が安定していて、社会も安定していた」ということになれば、話はすっきりするが、おそらく現実はそう簡単ではないと思う。】

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【MQPという表現がみんなに受け入れられるかどうかはわからないが、放射強制の変化に注目することは、復元推定の不確かさが大きい温度に注目して「温暖期」などを論じるよりも、すぐれていると思う。】

文献 (有料のものが多い。Bradley ほか (2016) はオープンアクセスになっている [2024-01-03 補足]。)

  • Raymond S. Bradley, 1985: Quaternary Paleoclimatology: Methods of Paleoclimatic Reconstruction. Allen & Unwin (のちChapman & Hall).
  • Raymond S. Bradley, 1999 (第2版), 2014 (第3版): Paleoclimatology: Reconstructing Climates of the Quaternary. Academic Press. [出版社も題名も変わったが、上記の本の改訂版という意味で第2版から始まっている。]
  • Raymond S. Bradley, Heinz Wanner and Henry F. Diaz, 2016: The Medieval Quiet Period. The Holocene, (published online before print, January 22, 2016) 26: 990-993 [2024-01-03 改訂] http://doi.org/10.1177/0959683615622552
  • Hubert H. Lamb, 1965: The early medieval warm epoch and its sequel. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 1: 13-37.
  • M. Sigl, M. Winstrup, J. R. McConnell et al., 2015: Timing and climate forcing of volcanic eruptions for the past 2,500 years. Nature, 523: 543-549. http://doi.org/10.1038/nature14565
  • S. Stine, 1994: Extreme and persistent drought in California and Patagonia during mediaeval time. Nature, 369: 546-549.
  • L. E. A. Vieira, S. K. Solanki, N. A. Krivova and I. Usoskin, 2011: Evolution of the solar irradiance during the Holocene. Astronomy and Astrophysics, 531: A6. http://doi.org/10.1051/0004-6361/201015843