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地球温暖化に関する陰謀論をめぐって

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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地球温暖化に関する陰謀論について論じることを頼まれた。問題がこみいっているので、ひとまず、原稿としての形を整えることをあまり考えないで、思いあたる論点をあげてみることにしたい。原稿には、この中から論点を選んで、もう少し詳しく論じることになるだろう。

【[2017-02-27補足] 出版された文章の紹介を[2016-11-04の記事]に書きました。】

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「陰謀論」または「陰謀説」というのは、もちろん、「陰謀がある」という主張ではあるのだが、それだけの意味ではない。わたしは、陰謀論とは「何かの原因について、陰謀を想定しない説明もあるのに、陰謀を想定した説明が真実だと主張すること」だと思っている。

その典型的な形のひとつでは、できごと(Xとしよう)の原因が問題になっているときに、ある人C1が「だれか(A1としよう)がXを意図的に起こしているのだが、A1はそのことを隠すことに成功していて、多くの人はA1の行為が原因だと思わないのだ」(P1) と主張する。

それとは少し違った型では、C2が、「A2はXの原因がYであることを知っているのに、それを隠して、『原因はZである』と宣伝し、多くの人に『原因はZである』と信じさせることに成功している」(P2) と主張する。

C1はP1を、C2はP2を、真だと思いこんですなおに主張しているのか、偽であることを承知でうそをついているのかは、どちらもありうるだろう。本人以外にはどちらかわからないことも多いだろう。

P1やP2は偽である可能性が高いと思っている人(Dとしよう)の立場から見て、P1やP2を「陰謀論」、C1やC2を「陰謀論者」と呼ぶことができる。

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地球温暖化に関する陰謀論としては、「『温暖化はウソだ』というのが真実なのに、権力者たちが、真実を隠して『温暖化はホントだ』という説を広め、多くの人がそれを信じる事態をつくっている」という型のものがある。【この「ウソ」「ホント」は「偽」「真」とほぼ同じだと思ってほしい。(微妙に違うのだがまだそれを文章化できていない。) 「ウソ」に「うそをつく」つまり「自分では偽だと思っているのに真であるかのように言う」という意味をもたせてはいない。】

そのような主張を陰謀論と呼ぶ背景には、「温暖化はホントだ」のほうが正しい、という認識がある。

ここで使った「温暖化はホントだ」「温暖化はウソだ」という表現の意味はとてもあいまいだ。しかし、世の中で、専門家をまじえないで進められる議論では、そのようなあいまいな表現が使われることが多い。議論に加わっている人々のあいだで、実はこの表現のさす対象が違っているのに、相手のさす対象が自分のと同じだと思いこんで、説得したり、論争したりしていることが多いと思う。

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地球温暖化の対策が政策課題として重要かを考えるうえでは、「今後百年ほどの期間に、化石燃料消費を続けると、気温上昇で代表される気候変化が進行する」という見通しが、ホントかウソかが重要だろう。

専門家は、これがホントである可能性が高いと思っている。

ただし、専門家の持っている「見通し」は、精密な予測ではない。人間が今後化石燃料をどれだけ消費するかなどの社会に関する不確かさがあるし、温度が上がると雲がふえるか減るかなどの自然界に関する認識の不確かさもある。今から百年後までの温度上昇幅は、代表値の2倍や2分の1になるかもしれない。しかし、10倍や10分の1になる(あるいは負になる)ことは考えにくいのだ。

また、たとえば、太陽が出す放射が急に【17世紀のマウンダー極小期よりも激しく】減ることとか、火山の巨大噴火【19世紀のタンボラ火山噴火なみのものが数年おきに複数起こるなど】とかが起これば、それが二酸化炭素による温室効果強化に勝って、寒冷化が起こるかもしれない。しかしそういうことが起こることは予測不可能だし、確率が低いと予想されるので、例外として扱い、将来見通しとしては、例外を除いて論じるのがふつうなのだ。

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2000年ごろ以後、地球温暖化の話題では「世界の気温は20世紀のあいだに上昇した。その主要な原因は人間活動による二酸化炭素濃度増加である。」という事実認識(「温暖化の検出と原因特定」と呼ばれる)が最初に語られることが多くなってきた。

そして、地球温暖化問題の重要性を疑う人々は、まず、この事実認識がウソであると論じ、したがって、温暖化の将来見通しもウソであると主張することが多い。

しかし、気候変化に関する科学的認識の発達をたどると、4節に述べた将来見通しの基本は、温暖化の検出と原因特定には、依存していないのだ。(増田(2016)で論じた。[2013-12-19の記事]の中でも論じた。) 検出と原因特定に関する科学的知見が、もし否定されたとしても、温暖化の将来見通しに関する科学的知見が否定されることにはつながらない。

しかし、言論の場で、検出と原因特定を否定する議論がもっともらしいと感じられれば、温暖化の将来見通しを否定する議論ももっともらしいと感じる人が多くなってしまう、という問題はある。

文献

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「地球温暖化に関する定説は、IPCCつまり「気候変動に関する政府間パネル」という政治によってつくられた場でつくられたものだから、科学的事実認識としては、ゆがんでいる」という議論をする人がいる。

確かに、IPCCは、純粋に科学の議論をする場ではない。しかし、純粋に政治的な場でもない。(政治的交渉をする「気候変動枠組み条約締約国会議」は、IPCCとは別の組織である。) 科学者が政策の役にたつ形で知見を提供できるように考えられたしくみなのだ。([2011-07-20の記事]参照。)

IPCC報告書の著者を選ぶことに、ある程度、各国政府の意向がはいる。

また、IPCCが何を問うかには、各国政府の期待が反映されるだろう。しかし、問いに対する答えは、著者たちが、(新規の研究をするのではなく)そのときまでに出版された学術文献をもとにまとめるので、そのときまでの専門家の認識の大筋からの偏りは小さいはずだ。

報告書の要約文の表現は、政府代表の承認を得るために修正されることがある。

IPCC自体でなく、その著者たちが材料とする学術文献をつくるまでの研究の過程にも、研究費を出す各国政府などの意向による偏りが生じる可能性はある。

しかし、世界にはいろいろな国がある。温暖化が急激に進むという見通しがほしいと思う政府もあれば、急激ではないという見通しがほしい政府もある。IPCCが示す科学的知見が政治によって偏る可能性はあるが、どの方向に偏るかは自明でない。

また、IPCCは、多数の、別に本職を持つ人が著者としてかかわる組織である。IPCCの著者たちをとりこんで陰謀をたくらむことは不可能だろう。IPCCのBureau (「執行部」のようなもの)といわれる少数の役員をとりこんで陰謀をたくらみ、多数の著者たちをだますことは不可能ではないかもしれないが、だましきるのはとてもむずかしいと思う。

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ある説(P説としよう)がホントだったら得をする人が、そうでない人に比べて積極的にP説を主張する、ということはあるだろう。

そのうちには、P説は実はウソだ、という場合もあるかもしれない。

しかし、得をする人が宣伝しているからといって、必ずしも、P説はウソだということにはならない。

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地球温暖化の見通しがホントだったら得をする人々のうちに、原子力発電を推進したい人々があげられる。

産業革命後の人間社会はエネルギー資源を必要とし、その多くを化石燃料に頼っている。化石燃料を使うと温暖化が進み、人間社会にとって害があるとすれば、それを防ぐ対策(いわゆる「緩和策」)のひとつとして、エネルギー資源を別のものに頼ることがあげられる。

原子力発電は、基本的には、二酸化炭素排出をもたらさない。(「基本的」でない排出はあるが、その議論はひとまず省略する。ともかく、利用できる電力あたりの二酸化炭素排出量が、原子力は化石燃料よりもだいぶ小さいことは確かだ。) だから、原子力発電を火力発電よりもよいと評価してもらいたい人々が、地球温暖化対策になることを理由にあげるのは、彼らの言いぶんとしては、筋がとおっている。

それだからといって、地球温暖化に関する科学的知見が、原子力発電を推進したいという意志に依存しているわけではない。

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2011年10月2日に、室田武さんの講演を聞いた。そのときのわたしの覚え書きは[2011-10-02の記事]に書いた。

その中で室田さんは、Alvin Weinbergという人が、原子力を推進するために、地球温暖化が重要であるという主張をしたことについて述べている。その議論は、室田さんが講演のときも資料にしていた室田(2011)の評論にも書かれている。あとに述べるように、Weinbergがそういう主張をしたことは事実だとわたしも思う。

室田(2011)の議論は、温暖化の見通しが原子力を推進するために使われていることを状況証拠として、温暖化の見通しはウソだろうと推論しているように、わたしには読めた。この論法を陰謀論と決めつけてはいけないと思うが、「温暖化の見通しは原子力推進のためのでっちあげだ」というような陰謀論をとなえる人にも使われる理屈になっていると思う。

わたしは室田さんの講演を聞く前にWeinberg (1992)の本を(部分的に)読んでいたのだが、Weinbergと地球温暖化との関係については気づいていなかったので、あらためて関連しそうなところを読んだ。

Weinbergは、もともと物理学者で、第2次大戦中に原子爆弾開発のプロジェクトで働き、戦後はOak Ridge国立研究所(ORNL)で核エネルギー関係の仕事をして、その所長までつとめた。アメリカ合衆国はそれまでの原子力委員会(AEC)を改組してエネルギー省(DoE)をつくったのだが、WeinbergはORNL所長退任後、エネルギー省の体制づくりの企画にかかわっている。

Weinberg (1992)の本の第5部の序論(218ページ)によれば、Weinbergは1975年に、アメリカの連邦行政官に対して、Keelingによる大気中二酸化炭素濃度のグラフを見せながら、エネルギー源としての核分裂の研究の必要性を述べたそうだ。

温暖化を理由とする原子力推進論は確かにあり、彼はそういう主張をした人だったのだ。

また、Washington (2008)の本を見ると、アメリカ合衆国のNational Center for Atmospheric Research (NCAR)は基本的には国立科学基金(NSF)の資金で運営されているのだが、そこでの二酸化炭素による地球温暖化のシミュレーションは、おもにエネルギー省の資金によっており、WeinbergがNCARに激励に来たこともあるそうだ。

そうすると、1975年ごろ以後、地球温暖化の研究が推進される動機に、いくらかは、原子力推進があったかもしれない。

しかし、エネルギー省は、原子力に重点を置いてきたとはいえ、化石燃料利用技術も扱い、また再生可能エネルギー(自然エネルギー)も扱っている。(ただし技術官庁であって、発電などの産業を直接監督しているわけではない。) Obama政権になってからはとくに再生可能エネルギー利用技術に力を入れているようだ。エネルギー省が温暖化の研究を推進する理由は、化石燃料の利用に関する政策決定のために必要だ、ということでもよく、原子力推進のためだと言うためにはもっと直接的な証拠が必要だと思う。

また、Weinberg自身がかかわった原子力技術は、おもにトリウム溶融塩炉だったが、それは今まで、原子力利用の主流になっていない。原子力推進勢力も一枚岩ではなく、Weinbergはその中核的なメンバーにはなれなかったと言えるのではないだろうか。

さて、1975年と言えば、Manabe and Wetherald の、大気大循環モデルを使った二酸化炭素倍増による気候変化のシミュレーションの最初の論文、Schneiderの、二酸化炭素倍増による気温変化の多数の研究をレビューした論文、Broeckerの「"global warming" が始まるところかもしれない」という評論が出た年だ。つまり、Weinbergが動き、エネルギー省が大きな研究費をつける前に、地球温暖化の見通しをもたらしている科学的知見の基本がほぼ出そろっていたのだ。それはまだ、少数の専門家にしか理解されていなかったが。

文献

  • Wallace S. Broecker, 1975: Climatic change: Are we on the brink of a pronounced global warming? Science, 189: 460-464.
  • Syukuro Manabe and Richard T. Wetherald, 1975: The effects of doubling CO2 concentration on the climate of a general circulation model. Journal of the Atmospheric Sciences, 32: 3-15.
  • Stephen H. Schneider, 1975: On the carbon dioxide - climate confusion. Journal of the Atmospheric Sciences, 32: 2060-2066.
  • Warren M. Washington (ed. Mary C. Washington), 2006, second edition 2008: Odessey in Climate Modeling, Global Warming, and Advising Five Presidents. Lulu.com, 279 pp. ISBN 978-1-4303-1696-1 [読書メモ]
  • Alvin M. Weinberg, 1992: Nuclear Reactions: Science and Trans-Science. New York: American Institute of Physics, 334 pp. ISBN 0-88318-861-9. [読書メモ]

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原子力を推進する人々が、温暖化を材料にすることは、よくある。

わたしが気づいた例では、Lovelock (2006)の本の、日本語版監訳者が、(当時の)原子力文化振興財団理事長であり、この財団は、この本を(あまり多数ではないようだが)無料で配ることもしたようだ。

Lovelockは確かに科学的業績がある人だが、この本および2009年の本での彼の温暖化の見通しは、IPCCに代表される科学者多数の見通しからかけ離れた極端なものだった。(なお、Lovelockは、2012年には、自分のそれまでの主張は極端すぎたと認めたそうだ。)

原子力関係者であっても、温暖化をIPCCのようにではなくLovelockの本のようにとらえている人は少ないと思う。この本を使った宣伝活動は、一般の人に正しい知識を伝えるというよりは驚かせることをねらった宣伝キャンペーンだと、わたしは思った。もしかすると陰謀と言えるかもしれないが、意図を隠していないからむしろ「陽謀」だろうか?

文献

  • James Lovelock, 2006: The Revenge of Gaia. London: Penguin (ハードカバー版はAllen Laneブランド).
  • [同、日本語版] ジェームズ・ラブロック著, 秋元 勇巳 監訳, 竹村 健一 訳 (2006年): ガイアの復讐。中央公論新社。[読書ノート]

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しかし、日本はともかく、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアなどを見れば、原子力関係者による「温暖化はホントだ」という宣伝よりも、化石燃料関係者、および、政府による環境規制に反対する政治思想をもった人々による「温暖化はウソだ」という宣伝のほうが、ずっと多かったと思う。

そのような宣伝について論じることは、きょうは見送りたい。

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2009年、イギリスのEast Anglia大学のCRU (Climatic Research Unit、気候研究部門)の電子メールが暴露された。

この事件をきっかけに、それまでもあった(しかし信頼する人が少なかった)「温暖化はウソだ」という言説を、かなり多くの人が信頼するようになったことがあった。そのうちには、IPCCが組織としてうそをついているという陰謀論もあった。

この事件については、別ページ「IPCCへの信頼がゆらいだ事件とそれをめぐる考察」[2010-07-16の記事][2010-11-17の記事]などに書いたので、ここでは詳しいことは省略する。

事件のあとの第三者による調査で、CRUの研究には、捏造などの不正はなかったと認められた。

(CRUでの研究の材料として使われたデータに公開できないものがあったという問題があり、外の人がデータ解析の過程を厳密に再現して確認することはできていないが、おそらく不正はなかったと推測されている。)

メールの文面を見た批判者が捏造を疑った件のうち、ひとつは、表紙のさし絵として使われるグラフを作成した際の表現上のくふうだった。もうひとつは、研究チーム内で利用されるプログラムに非現実的な仮定のオプションがそう明示して含められていたことだった。

次に、CRUは「検出と原因特定」の研究で重要な役割を果たしているけれども、仮にCRUの研究成果が偽だったとしても、他の研究機関の仕事があるので、「検出と原因特定」に関するIPCCの結論は大きく変わらない。

また、5節で述べたように、温暖化の将来見通しにとって、「検出と原因特定」は必須の部分ではない。

さらに、6節で述べたように、IPCCが陰謀をたくらむことは困難だ。

したがって、もしCRUの研究が捏造だと主張できたとしても、「温暖化はウソだ」という主張の根拠は、たいして強まらないのだ。

2011年ごろには、マスメディアでもネットメディアでも、捏造などを疑うものは少なくなったと思う。