【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】
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日本の高校の理科は、物理、化学、生物、地学の4分野にわかれ、だいたいそれに応じて科目が編成されている。なにかあるごとに、地学あるいは物理の履修者がこんなにすくなくなってしまった、なげかわしい、という態度の発言がきかれる。統計の数値やグラフをともなってしめされていることもあるが、高校理科の科目編成をいくらか知っている人からみると、そのデータの出典の説明が不じゅうぶんで、自分の議論の根拠としてつかえないことがおおい。自分で資料を整理するべきなのかもしれないがなかなか時間がとれないでいる。もし調査をはじめているかたがおられれば、資料としてつかえるかたちで発表してくださるとありがたい。
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日本の高校の理科の科目名がいつも「物理、化学、生物、地学」の4つならば、それぞれの履修者数を (あとでのべるように、教科書の配布数などによって) 推計するのはむずかしくないはずだ。ところが、第二次世界大戦後の学制改革のあと、高校の「学習指導要領」ができてそれにもとづく教科書がつかわれはじめたのが 1953 年で (つぎの本の37ページにある表によれば) それ以来、9段階の変遷をへている。
そのなかで、物理・化学・生物・地学の範囲にまたがる理科全般の科目が設定され、それを原則として全部の高校生に履修させた時期もあれば、理科をすこししかとらない生徒にだけ履修させた時期もある。
- 左巻 健男 [さまき たけお], 2022: 『こんなに変わった理科教科書』。ちくま新書。 [読書メモ]
現在の指導要領は 2022 年から実施されている。(大きな変化があった教科もあるのだが) 理科に関するかぎり、科目の編成はひとつまえの 2013年から実施された指導要領とほとんどかわっていない。そこでは、物理、化学、生物、地学が、それぞれ「基礎」のついた科目と、その上につみあげられる「基礎」のつかない名まえの科目にわけられている。そのほかに理科全般にわたる「科学と人間生活」という科目がある。高校を卒業するためには、{「科学と人間生活」と「基礎」のついた科目} のうちから 3つ以上履修する必要があるとされている。おおくの普通科高校では、(「科学と人間生活」ではなく) 「基礎」科目を3つ履修させる。「基礎」のつかない上級科目を開講しない学校もあり、開講していても必修にするところはめったにない。
だから、2013年以後の状況で、「地学」とか「物理」という名まえのついた科目の履修者がすくないのはあたりまえで、「基礎」のついた科目の履修者の人数も見なければならない。しかし「基礎」の科目は時間数がすくないから、その科目をとってほしいとおもうおとなの期待をみたしていないかもしれない。ややこしいが両方を見なければならないだろう。そして、この件に関するかぎり2022年の前後を区別する必要はないとおもうが、その他の指導要領の変更ごとに、たとえ科目名が同じでも履修者数をきめる要因はかわっているとおもう必要がある。
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ネット上で「高校物理の履修者がへった」という議論でたびたび引用されたグラフがあったが、出典がわからなかった。2024年3月に有効だったらしいリンクさきは、日本製鉄関係のサイトだったが、会社の再編成のあおりで消えてしまったようだ。しかしそのときに情報の出典をたどったら、つぎの紀要論文があることがわかった。
- 江崎 ひろみ, 2015: 物理教育の現状と問題点。『東京工芸大学 工学部 紀要』 38巻 1号 64-67. (PDF https://www.t-kougei.ac.jp/research/pdf/vol38-1-08.pdf 。東京工芸大学リポジトリ https://kougei.repo.nii.ac.jp/ の工学部紀要の Vol. 38 のところを見にいくと、No. 2 のそれぞれの論文へのリンクはあるのだが、なぜか No. 1 の論文はみあたらない。)
この論文には、「図 3. 高校における物理履修率の推移」として、1970年から2010年まで5年きざみでそれぞれ1つの数値をしめした折れ線グラフがある。2010年でおわっているから、「物理基礎」「物理」の2段がまえの時代はふくまれていない。
本文で、履修率は「(物理の教科書の採択数)÷(全普通科高校生の人数÷3)」として得たと書いてある。現在の日本で、高校の教科書は無償配布ではないが、生徒の負担が軽くなるように国の配布制度にのせられており、各学校に履修予定人数の教科書がとどけられる。だから、教科書の部数から履修者数を推定するのはよさそうだ。
しかし、科目の編成が指導要領の改訂とともにかわっている。江崎論文では、「「物理」の教科書とは、1970 年は「物理 A」と「物理 B」、1975 年と 1980年は「物理 I」と「物理 II」、1985 年と 1990 年は「物理」、1995 年、 2000 年、2005 年は「物理 IB」と「物理 II」、2010年は「物理 I」と「物理 II」を合わせたデータである。「理科総合」「基礎物理」などの科目は含まれていない。」ともある。「合わせた」というのはどういう計算をしたのかまではわからない。おそらく科目名が「I, II」となっているときは積み上げなので、どちらかを履修している人数をみるには I の履修者をみればよいが、「A, B」となっているときはどちらか一方をとるので、履修人数をたすべきだろう。そこをどのように処理したのかわからないと、このグラフを根拠として議論をくみたてることができない。また、2013年以後の状況とつなげることもむずかしい。
どなたか、これと同様に、教科書の部数にもとづいた統計をとりなおしていただけるとありがたい。そのとき、めんどうでも、こまかい科目名別にそれぞれ集計した数値の表も公開していただきたい。そうすれば、読者が、指導要領改訂にともなう科目の対応づけをちがえて比較したいときにもつかえるデータになる。
なお、あたらしい時期に延長する際には、江崎さんのように分母として普通科の生徒人数をとるのはうまくないとおもう。普通科、職業科のほかに「総合科」がふえていて、そこで開講される科目には普通科と同様なものもあるからだ。ではどうするか、簡単な案はない。
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現行とそのひとつまえの指導要領のもとでの「地学基礎」と「地学」の履修者数については、つぎの論文がある。
- 吉田 幸平, 高木 秀雄, 2020: 高等学校理科「地学基礎」「地学」開設率の都道府県ごとの違いとその要因, 『地学雑誌』, 129 巻 337-354. https://doi.org/10.5026/jgeography.129.337
論文の題名にもなっているように、「地学」だけでなく「地学基礎」の科目についても、高校が開講するかどうかについて、都道府県によるちがいが大きい。これは公立高校の大部分が都道府県立であり、その教員を都道府県教育委員会がまとめて採用して学校間で異動させるしくみであることの影響が大きいだろう。ある県では普通科ならば地学があるのがふつうだが、他の県ではめずらしいことなのだ。私立高校の教員採用は別だが、高校にはどんな科目があるべきかのイメージが県民のあいだで共有されることがおおいだろう。だから、各自、高校の地学について、自分が見てきたものだけをもとに日本全体を論じると、かなりかたよった議論になりうる。
現行指導要領では上級の「地学」の履修者はすくない。[2012-07-26 地学の教科書がなくなる?] の記事は前回の指導要領のもとでのことで、けっきょく「地学」の教科書は「地学基礎」から1年おくれて2種類出たのだが、今回の指導要領でのもとでは1種類だけになってしまった。しかし「地学基礎」の履修者は、上にのべたように都道府県によって事情がちがうが、他の分野の基礎科目にくらべて特別にすくなくはない。
地学についても、上に物理について紹介したように、数十年間の履修者数の変遷の情報がほしい。しかし、指導要領がかわるごとに前後の対応をどうつけるかの判断は人によってちがうだろう。どなたか集計してくださるとありがたいが、その際には、てまがかかっても、ひとまず指導要領に書かれた科目名別に集計した段階のものを発表したうえで、解釈をくわえていただきたいとおもう。