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降水帯、rain band、線状降水帯、squall line

【わたしは気象学という専門を代表する立場にはないが、これまで、「気象むらの方言」のカテゴリーで示した記事の多くは、気象学の専門家からの標準的用語解説として読まれる覚悟をして書いてきた。しかし今回のは違う。気象学の中でも専門は細分化していて、今回の話題についてはわたしは専門家の権威をもたない。いわば「門前の小僧」だ。しかも、申しわけないが、この話題についてさらに勉強して解説を充実させようという意欲もない。したがって、この記事は、この用語に関する疑問への答えを提供するものではなく、広い意味の専門家ではあるが狭い意味の専門家ではない一個人の感想を述べるものとして見ていただきたい。】

【[2016-10-21補足] 「線状降水帯」という用語については、専門家による解説(津口, 2016)が出たので、関心のあるかたはそれを見てくださるとよいと思う。】

【[2020-07-05 補足] 気象研究所の加藤輝之さんは、「線状降水帯」について、英語でも “senjo-kousuitai” と書いている (Kato, 2020)。説明的にのべれば「準停滞線状降水システム」だが、そのうちでも日本にありがちな類型をさす分類名をつける意義があると考えているらしい。】

2015年9月9日--11日に、大雨による洪水災害が起きて、この大雨をもたらした現象の記述としてマスメディアで「線状降水帯」ということばがくりかえし使われた。報道を見聞きする専門外の人にとって、この用語は耳慣れないもので、これまでなかった新しい現象が起きたかと思った人もいたようだ。実際には、前からあった現象で、用語も気象専門家の間では前から使われていたものだった。ただしその現象が日本のうち梅雨前線以外のとき・ところで明瞭な形で1日以上持続したのは専門家にとっても珍しいできごとだったと思う。

わたし自身、「線状降水帯」ということばを自分で使ったことはない。専門用語として講義などで習った覚えもない。どこかで読んだ記憶はあるが、その文脈が思い出せず、したがってその文脈でその用語がどんな現象をさしていたかも思い出せない。だから、わたしはその用語の専門用語としての意味を正確に知らないのだ。ただし、だいたいどんなものをさすかの見当はついている。

話題を一般化して、「降水帯」ならば、わたし自身、使うことがあることばだ。これは、雨や雪のふるところの空間的分布が、地図あるいは航空機・衛星などで上から見た画像上で、帯状の形をしていることをさしている。その空間規模はさまざまだ。

いちばん大きい規模では、地球上には熱帯と温帯にそれぞれ緯線と平行に降水がわりあい多いところが分布している(その中間の亜熱帯では降水が少ない)。そこで、熱帯と、南北の温帯に、それぞれ「降水帯」がある、ということができる。英語ならば precipitation zone が適当な表現だろう。

その次の規模では、「梅雨」や「秋雨」のような現象を全体として、(温度や水蒸気量の違った空気が接しているという意味での「前線」という形でもとらえられるけれども) 帯状に分布する降水帯としてとらえることがある。この場合も英語の適当な表現はprecipitation zoneだろう。

ところが、梅雨や秋雨の中での雨のふりかたは一様ではなく、激しいところ、弱いところがある。その激しいところの上から見た形が帯状ならば、それを「降水帯」と呼ぶこともある。同じ用語が使われるうちで、どういう空間規模のものをさしているかは、文脈から判断しなければならない。英語の表現はなんとおりもあるが、たとえば、幅が数kmから数十km、長さが数十kmから数百kmくらいのものならば、rain bandと呼ばれることが多く、日本語でもカタカナで「レインバンド」と呼ばれることがある。

ただし「レインバンド」という表現は、台風に伴うものに限って使われているかもしれない。台風の気圧分布は同心円型の構造をしているが、それに伴う雨の強さの分布は同心円型ではなく、雨の強いところは帯状になり、その帯が台風の渦に伴って渦巻き(spiral)型に分布するのがふつうなのだ。台風による大雨の多くはこのレインバンドによるものだ。(だから、必ずしも台風の中心に近いところで雨量が多いとは限らない。)

さて、「線状降水帯」というのは、降水帯なのだが、そのうちでとくに幅が狭くて帯内面積あたりの降水が激しい場合をさしていることは確かだと思う。しかも、おそらく、降水帯の形が(台風のレインバンドが弧状に曲がっているのとは違って)直線に近いことをもさしているだろう。(日本語の「線」は曲線でもよいのだが、英語のlineやlinearは、直線をさすことが多い。ここでの「線状」はおそらくこのlinearに対応する日本語表現で、「直線状」に近い意味を含んでいるようなのだ。)

2015年9月9-11日の関東地方には、幅 数km、長さ100kmほどの、南北に直線に近い形でのびた降水帯が存在し、しかもそれが約1日にわたってほぼ同じ場所に停滞した。この現象を「線状降水帯」と表現するのはもっともだと思う。激しい雨をもたらすのは積乱雲という種類の雲であり、個別の積乱雲の寿命は1時間程度なのだが、世代交代しても積乱雲が同じ線にのったところにできやすいような風の分布が持続したのだ。【なお、この線状降水帯による激しい降水が分布したところと特定の川の流域とが重なっていたことが、洪水災害をもたらす要因となった。ただしこの話題はここでは深入りしない。】

さて、英語の気象学用語には squall line ということばがあり、日本語の専門文献でもそのままカタカナにして「スコールライン」という表現で出てくることがある。

日常の日本語にとりいれられた「スコール」は熱帯のにわか雨をさすことが多いが、日常の英語の squall はもともと突風のようなものをさしていたらしい。「Squall line」は集中豪雨のたぐいを扱うメソスケール気象学の専門用語だ。わたしはその意味を正確に習っていないのだが、次のようなことだと理解している。大気下層の風が収束する場所が直線に近い帯状の形で持続し、そこで何世代にもわたって積乱雲ができて激しい雨をもたらす、というような現象だ。(同じ場所に停滞するとは限らず、構造を保ったまま移動することが多い。)

さて、今回、ネット上の検索にかかる用語説明をいくつか見ると、「線状降水帯」の関連語として squall line が示されたものもある。ただし、同意語とする場合もあれば、「線状降水帯」のほうが対象の範囲が広く squall lineはその一部分をさすとする場合もあるようだ。専門家のうちでも個人によって用語の意味の広がりが違うのだと思う。アメリカでsquall lineということばが使われる対象は、熱帯の海上のものか、温帯だが日本よりはやや乾燥した北アメリカの大陸上のものが多く、日本の線状降水帯はどちらの典型とも違った特徴をもつだろう。同じことばでさすのが適切と思う人と不適切と思う人の個人差が生じるのももっともだと思う。

わたしは、30年あまり前の学生のころから、セミナーや学会講演などで、「スコールライン」ということばはたびたび聞いているのだが、そのような場で「線状降水帯」ということばを聞いた覚えがない(聞いても忘れた可能性もあるが)。

大学の研究者や大学院生の間の会話では、地の文は日本語でも、英語の文献を読んで知った専門用語は、英単語のまま、あるいはそのままカタカナにして、はさんでしまうことが多い。しかし、同じ専門家の人が、専門外の人に対して説明するときや、日本語で教科書的な本を書くときには、日本語らしい語彙で置きかえたくなることがある。そこで出てくるのはふつう、幕末・明治以来蓄積されてきた漢語の要素から組み立てられたものだ。

今度起きている状況は(わたしの推測だが)、いわば「気象むらの方言」では「スコールライン」で通じていたものを、日本語の共通語を使うべき文脈では(カタカナ外来語の乱用は感じが悪いので)「線状降水帯」と言いかえよう、という動きが、数年(もしかすると数十年)前から続いていて、それがようやくおもて(専門外の人がよく見るところ)に出てきた、というものなのだろうと(わたしは)思う。【[2020-07-07補足] こう思ったのはわたしの誤解だったかもしれない。しかし誤解だったといいきることにも自信がない。】

このような場合に、置きかえが成功するか、カタカナ語のほうが生き残るかは、かなり偶然によるところが大きいと思う。この特定の事例については、「線状降水帯」のほうが生き残りそうであり、それでよいとわたしは思う。「スコールライン」のほうには、すでに日本語になっている「スコール」と直接関連づけてはまずいという難点がある。漢語から組み立てられた用語は聞いてわかりにくいものが多いのだが、「線状降水帯」は、しろうとが要素に分解して意味の見当をつけることができ、また幸い「扇状」が同じ文脈に出てこないので同音衝突も避けられるだろう。

文献 (2016-10-21補足)

文献 (2020-07-05 補足)

  • Teruyuki KATO [加藤 輝之], 2020: Quasi-stationary band-shaped precipitation systems, named “senjo-kousuitai”, causing localized heavy rainfall in Japan [日本で集中豪雨をもたらす線状降水帯と名付けられた準停滞線状降水システム]. Journal of the Meteorological Society of Japan, 98: 485-509. https://doi.org/10.2151/jmsj.2020-029