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病的科学 (3) ミトゲン線についてもう少し

[2012-10-06の記事「病的科学(2)」]で話題にしている「ミトゲン線」の件について、「T」となのるかたからMetcalf and Quickenden (1967)という文献の情報をいただいたので、その文献に目をとおしてみた。

これはNatureの「Letter」だが、当時のこの雑誌のこの形式の記事は、研究の短報ではあるのだが、論文としての形式は整っておらず、こういう研究をしましたという報告なのだ。分量は実質1ページ程度だ。

Tさんのコメントに「まとめ」ということばがあったので従来の研究成果を整理して論評したものかと思ったのだがそうではなく、著者たち自身が試みた実験に関する報告だった。著者たちの所属はニュージーランドとオーストラリアのそれぞれ大学となっている。

序論部分に、従来の状況の簡単なまとめはある。「ミトゲン線」は1920年から1935年ごろまで注目されたが、1930年代なかばには複数の注意深い研究によって否定的な結果が出たので、イギリスやアメリカではすたれた。ただし、ソ連では1960年代当時も研究が続いていた。著者たちは新しい計測技術(光子カウンター)を使ってソ連での研究例の追試をしたのだ。

ただし、追試実験で計測されているのは紫外線である。追試対象となるソ連の研究に至るまでに、「ミトゲン線は、紫外線波長域の電磁波であり、新種の放射線ではない」という認識がかたまっていたようだ。問題は「細胞が分裂する際に紫外線を出すかどうか」になっていた。(もうひとつ「細胞分裂が紫外線によって促進されるか」もあることが序論で示唆されるが本論では扱われていない。)
新種の放射線を仮定しなくなった段階で、病的科学の性格はだいぶ薄れたようだ。ソ連の研究者が、もし紫外線が出ているという学説に対する過信に陥っていたとすれば、なお病的科学に含めて考えることができるが、それをひとつの仮説とし予断をもたずにのぞんでいたならば病的ではないだろう。どちらだったのか、わたしには興味があることはあるが、自分の時間をさいて確かめようというほど強い興味を感じてはいない。

生物が関与しなくても紫外線を出す現象はある。ソ連の研究例で、シュウ酸と過マンガン酸カリウムの水溶液反応で出る紫外線が計測されており、著者たちも、同じ反応で、バックグラウンドとくらべて紫外線の増加が見られることを確かめた。
他方、試験管に酵母あるいはバクテリアを入れてその増殖が起きている状態での紫外線のバックグラウンドとの違いは、多くとも(特定の実験条件の)上記の化学反応による場合の5分の1未満である。
著者は議論をここまでで終えており、統計的検定について具体的に述べていないが、きちんと理屈を展開すれば、ある有意水準でnull仮説が棄却されなかった、したがって、1960年代当時のソ連の研究者が主張していた意味でのミトゲン線の存在について否定的な結果が得られた、ということになったのだと思う。

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