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ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変

2013年9月27日、IPCC第5次報告書(第1部会の部)が発表された際の日本の文科省経産省気象庁環境省共同報道発表文(http://www.jma.go.jp/jma/press/1309/27a/ipcc_ar5_wg1.htmlからリンクされたPDF) には「ジオエンジニアリング」ということばが出てくる。これは暫定的な表現で今後変わる可能性もあると思う。この用語がさすことがらが別の用語で表現されたり、この用語が別の意味で使われることがあるので、整理しておく必要を感じる。(この記事では、この用語で表現される対象の詳しい内容やその是非の評価には立ち入らず、おもに用語について述べる。)

このかたかな語のもとは英語の「geo-engineering」(仮にハイフンを入れたが、実際には入れないほうがよく見られる)で、大まかには「地球に関する工学」を意味するといえる。

この語は、地球温暖化問題の文脈では、2006年ごろからたびたび現われるようになった。地球温暖化の対策として、大きく分けて、起きてしまった気候の変化に適応すること(「適応策」)と、二酸化炭素の排出をはじめとする温暖化の原因を減らすこと(mitigation、わたしには納得のいかない用語だが日本語圏での慣用として「緩和策」と言われる)が考えられてきたが、このほかにもっと積極的に気候に働きかける技術的対策が必要かもしれないという議論がある。まだ確立した技術ではなく、重大な副作用の心配もあり、実際に使えるものかどうかはわからないのだが、ともかく対策の第3の部分とみなして議論を始めようということで「geoengineering」と呼ぶことにしたのだ。
IPCCでは、2007年に出た第4次報告書ではこれを明示的に扱わなかったが、2013年から2014年に出る第5次報告書に向けて、2011年に専門家会議を開き、geoengineeringのどのような側面をそれぞれ3つの部会のいずれが扱うかを相談した。そのうち第1部会の部分がこの9月に公表されたのだ。

この意味でのgeoengineeringは、大きく2つの違った対策に分けられる。
第1は、大気中から温室効果気体(すべてではないがおもなものは二酸化炭素)を取り除いて大気以外のどこか(おそらく海底下を含む地下)に移すことで、「CDR = carbon dioxide removal、二酸化炭素除去」と呼ばれることが多い。これは温暖化の原因を減らすことなので「緩和策」と明確な境目はないのだが、便宜上、燃焼排気からの除去は緩和策、大気からの除去はgeoengineeringと、しわけている。
第2は、温室効果気体の増加には手をつけず、別の手段で地球の気候システムのエネルギー収支に干渉することである。そのすべてではないがおもなものは太陽光の反射をふやすことなので、「SRM = solar radiation management、太陽放射管理」と呼ばれることが多い。これは確かに緩和策とも適応策とも違う。

もう少しだけ詳しい説明は、環境省の研究プロジェクトの昨年度報告書(http://www.nies.go.jp/ica-rus/ICA-RUSレポート2013) 中にある(わたしも協力者として関与している)。ただしそこでは「気候工学」という用語を使った。この用語は、杉山・藤原・西岡(2011)の解説や杉山(2011)の本にならったものである。

英語で本の題名などで「geoengineering」を調べると、この意味のほかに、トンネルを掘ることなど、岩石圏を扱う技術の意味で使われていることがある。土木工学と重なる部分が多いが、地下資源や地熱の利用など地質学の応用や鉱山学に関連すると思われる内容もある。おそらく、地球温暖化の文脈での使われかたよりもこちらのほうが古い。したがって、これとの衝突を避けるため、地球温暖化対策のほうは「climate engineering」または「climate geoengineering」とする人もいる。

日本語の「地球工学」という表現も、これと似た意味の広がりをもつ。たとえば、電力中央研究所には岩石圏を扱う「地球工学研究所」がある(ただし英語名ではgeoengineeringではなくふつうは土木工学に対応するcivil engineeringとしている)。杉山昌広さんは、電中研(の、これとは別の研究所)に勤めているので、気候に関するgeoengineeringの日本語での表現として「地球工学」は意識的に避けて、「気候工学」を選んだのだった。わたしも杉山さんに合わせてこれを使うことが多くなっている。

しかし、また考えてみると、「金属工学」が「金属を資源として使う工学」であるように、「気候工学」は「気候を資源として利用する工学」という意味で使うべきことばではないか、という気もする。とは言うものの、いまさらこの意味で使うと混乱するので、こちらは「気候利用工学」などと表現しようと思うのだが。

わたしがいろいろ考えてみて、「気候に関するgeoengineering」の内容に実質的にいちばんふさわしいと思う表現は「意図的気候改変」だ。英語では「intentional climate modification」または「deliberate climate modification」となるだろう。後者は熟慮して実行されるという意味になりうるので、だれかが熟慮せずに実行してしまう可能性まで含める場合は前者の表現が適当かと思う。この表現はSMIC (1971)の本の題名として知られた「意図しない気候改変」(inadvertent climate modification)という表現を下敷きにしたものだ。(この「inadvertent」の「in-」は否定のはずだが、それをはずした「advertent」を持ち出してもたぶん聞き手に通じないだろう。) 二酸化炭素排出による温暖化は人間活動による意図しない気候改変(のすべてではないがその典型的なもののひとつ)であり、(CDRの位置づけは微妙だが) SRMは人間活動による意図的な気候改変によってそれに対抗するものなのだ。

文献

  • Study of Man's Impact on Climate (SMIC), 1971: Inadvertent Climate Modification. MIT Press. ISBN 978-0-262-69033-1.
  • 杉山 昌広, 2011: 気候工学入門 ― 新たな温暖化対策、ジオエンジニアリング日刊工業新聞社, 197 pp. ISBN 978-4-06696-2. [読書メモ]
  • 杉山 昌広、西岡 純、藤原 正智, 2011: 気候工学(ジオエンジニアリング). 天気 (日本気象学会), 58, 577 - 598. http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2011/2011_07_0003.pdf