== チベット高原を含むアジア広域の水資源問題 ==
このブログで次のように何度も書いている件について、いくらかの新しい情報。
- 2010-01-28:チベット・ヒマラヤの氷河は十億人の水資源なのか
- 2011-08-09:チベット・ヒマラヤの氷河は十億人の水資源なのか (ふたたび)
- 2011-10-13:科学者までがチベット・ヒマラヤの氷河は十億人の水資源と思っているのか?
Nature Geoscienceという雑誌で、Immerzeel & Bierkens (2012)[以下臨時に「IB12」と略す]の短い解説を見た。(わたし個人も今の勤務先も購読していないのだが、参加した学会のNature社展示ブースで見本として配っていた号にのっていた。) アジアの大河川(黄河、長江、メコン、サルウィン、イラワジ、ブラマプトラ、ガンジス、インダス、アムダリア、シルダリア)について、水資源の制約要因を6つあげ、それぞれの重要性を評価している。わたしが前のブログ記事で紹介したImmerzeelほか(2010)の論文よりも先に進んだようだが、詳しい方法の説明は書かれていない。おそらくこれから別の論文として発表されるのだろう。ともかく、大河川流域の人々が水資源として氷河のとけ水に頼っている度合い(IB12の図1の「DG」)について言えば、ここであげられたうちでアムダリア川流域とインダス川流域では大きいが、他の流域では小さいことが示されている。
同じ号(5巻12号)でAeschbach-Hertig & Gleeson (2012)は地下水資源の減損について詳しく解説している。IB12でもこれは重要な話題で、その図1ではこれを「GD」(まぎらわしい!) という記号であらわしている。インダス川流域ではこれが非常に重要だ。IB12の本文中ではガンジス、長江、黄河流域でも地下水が自然の補充量よりも大量に消費されていて持続可能でないと述べられているが、図1ではあまりよくわからない。黄河下流だけをとりあげれば深刻な事態のはずだが、IB12の数量化が流域全体に対するものなので下流域の重みが小さいのかもしれない。
- W.W. Immerzeel, L.P.H. van Beek & M.F.P. Bierkens, 2010: Climate change will affect Asian water towers. Science 328:1382-1385.
- W.W. Immerzeel & M.F.P. Bierkens, 2012: Asia's water balance. Nature Geoscience, 5:841-842. http://www.nature.com/ngeo/journal/v5/n12/full/ngeo1643.html
- W. Aeschbach-Hertig & T. Gleeson, 2012: Regional strategies for the accelerating global problem of groundwater depletion. Nature Geoscience, 5:853-869.
== 「ヒマラヤの氷河・気候変化・水資源」を主題とした総合レビュー ==
(「コメ国」ならぬ)アメリカ合衆国科学アカデミー(NAS)の関連機関であるNational Research Council (NRCだが原子力規制委員会ではない) の委員会の報告書が出ている。紙版は印刷待ちだが、PDF (27メガバイト)は下にあげたウェブページから無料でダウンロードできる。
- National Research Council, 2012: Himalayan Glaciers: Climate Change, Water Resources, and Water Security. National Academy Press, 143 pp. http://www.nap.edu/catalog.php?record_id=13449
2010年初めにIPCC第4次報告書のヒマラヤの氷河に関するまちがいの指摘をきっかけに、さまざまな憶測がされたので、NRCは、実際のところヒマラヤの氷河はどうなっていて将来どうなりそうなのか、また、それは人間社会の水資源や防災にとってどれだけ重要な問題なのかを、なるべく総合的に評価してみるべきだと考えたらしい。(まえがきをざっと読んだ限りでは、別の機関から依頼されたという記述は見あたらなかった。) それで臨時の委員会を結成したわけだが、それには理科系・文科系にわたる次の5つのNRC内の常設組織が関与したそうだ。
- Board on Atmospheric Sciences and Climate
- Water Science and Technology Board
- Division on Earth and Life Studies
- Committee on Population
- Division of Behavioral and Social Sciences and Education
わたしはまだよく読んでいないので、ここでは具体的に紹介できないが、よく読むべきだろうと思っている。
主要な論点は水資源の供給と需要のようだ。
氷河の質量収支は、水資源の話題にはいる前に、自然条件の一つとして論じられている。すでにこのブログの次の記事で述べたことと重なるところもある。2011年8月9日の記事でふれた藤田耕史さんと縫村崇行さんの論文も参照されている(NASの雑誌に出したのだから目にふれやすかったということもあるとは思うが)。
- 2010-01-25:ヒマラヤの氷河に関するIPCC第4次報告書のまちがい
- 2010-02-10:ヒマラヤの氷河に関するIPCC第4次報告書のまちがい (つづき)
- 2011-08-09:ヒマラヤの氷河の縮小:確かな情報
水資源のところで上記のImmerzeelほか(2010)のほかに、Immerzeelほか(2012)という論文への参照があった。これは上記のIB12ではなく、実際に氷河のとけ水が重要であるようなヒマラヤのネパールのLantang谷という小流域の水収支の変化見通しの話だった。それは日本の研究者が長らく研究しているところなので、Mae et al. (1975), Ageta and Higuchi (1984), Seko (1987), Shiraiwa, Ueno, Yamada (1992), Sakai, Fujita and Kubota (2004)が参照されている。NRCの報告書の参考文献リストでは、日本人の仕事は、アメリカにいる安成哲平(T.J. Yasunari)さんを別にすると、氷河に関するFujita and Nuimura (2011, 上記), Kadota (1997)と年輪気候学のSano, Furuta, Kobayashi, Sweda (2005)の論文が見つかるだけなのだが、間接的にはけっこう貢献しているのだと思う。
- W.W. Immerzeel, L.P.H. Beek, M. Konz, A.B. Shrestha & M.F.P. Bierkens, 2012: Hydrological response to climate change in a glacierized catchment in the Himalayas. Climatic Change, 110:721-736. http://dx.doi.org/10.1007/s10584-011-0143-4