macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

日本気象学会講演会「地球温暖化問題における科学者の役割」

日本気象学会(http://www.metsoc.or.jp/ )の2012年春季大会は5月26日(土)から29日(火)まで、つくばで開かれた。わたしはそのうち26日と27日に出席した。

これはそのうち、26日午後に開かれた公開気象講演会「地球温暖化問題における科学者の社会的役割」についての覚え書きである。この会は日本気象学会のうちの「教育と普及委員会」と「地球環境問題委員会」と、別の団体である気象予報士会との共同主催だった。

次の講演と、講演者によるパネルディスカッションがあった。

  • 1. 安成哲三 (名古屋大学 地球水循環研究センター): 地球温暖化に伴う水循環変化
  • 2. 田中 博 (筑波大学 生命環境科学研究科; 日本気象学会 教育と普及委員会担当理事): 地球温暖化に占める自然変動の影響を我々は過小評価していないか
  • 3. 余田[よでん]成男 (京都大学 理学研究科): 地球温暖化予測と数値天気予報― 不確実性を伴う将来の予測
  • 4. 岩崎俊樹 (東北大学 理学研究科): 地球温暖化対策 ― 緩和と適応
  • 5. 江守正多 (国立環境研究所): 地球温暖化の科学と社会の意思決定
  • 6. 田家[たんげ] 康 (日本気象予報士会): 地球温暖化論争を超えて ― 科学技術への信頼を守るために
  • 司会: 中島映至[てるゆき] (東京大学 大気海洋研究所; 日本気象学会 地球環境問題委員会担当理事)

ここに書くのはわたしの覚え書きであり、発言の趣旨を正確に伝えていないおそれがあることに注意いただきたい。
1. 安成: 地球温暖化で地球の水循環はどう変わるか
水は気候システムそのものにとって重要な役割をしており、気候システムの変化の予測にとって最も大きな不確定要因となっている。また水は生物にとっても人間にとっても重要であり、気候変化の影響としても水資源がどうなるかが大きな問題だ。しかし水循環の変化の予測は温度の変化の予測と比べてもむずかしい。

CO2などの温室効果ガス増加で気温が上がることは前提とする。

水蒸気は地球の温室効果の最大の原因だが、海のある地球では温度が高いほど海からの蒸発が大きくなるので、水蒸気の増加は気温の上昇に対して正のフィードバックとして働く。この強さはだいたいわかっている。

他方、水蒸気がふえると、雲がふえる可能性がある。もし雲量(雲に覆われた面積)がふえれば、太陽光を反射して、温暖化には負のフィードバックになるのだが、因果関係がこのように進むかどうかははっきりしない。モデルによっても雲のふるまいが違う。これが温暖化の予測にとって大きな不確定になっている。

また、下層の水蒸気がふえると、大気の不安定度が強まり、積乱雲系の(局所的な)降水がふえる。これは豪雨の増加となるとともに、もし全体の降水がふえるよりも特に集中した降水がふえるならば、干ばつの増加を招くことにもなるだろう。

これまでの研究によれば、温暖化に伴う地球全体としての降水量の増加は、予測されるが観測では顕著でない。降水の多いところはさらに多く、少ないところはさらに少なくなる傾向は、中国などのデータ解析では見えている。強い雨が増加し弱い雨が減少する傾向も、日本などで見えている。しかし、水循環の変化は、気温に比べてはるかに時空間的に多様であり、予測はむずかしい。

2. 田中: 地球温暖化に占める自然変動の影響を我々は過小評価していないか
大気には100-1000年スケールの自然変動がある。温暖化モデルは自然変動を過小評価している。20世紀後半の気候変動を人為的温暖化で説明するようにチューニングされたモデルでは将来の人為的温暖化を過大評価するだろう。

地球温暖化の見通しについて、世の中には「地球が金星のようになる」などという極端な言説もあるが、これに堂々と反論する気象学者がいない(ように田中氏には見える)。「北極域で温暖化が増幅」という話に基づいて北極域の研究予算がつくこともあるが、北極圏は自然変動が大きい。北極圏の温暖化が全部人為起源だという主張は不適切だ。

北極振動と呼ばれる現象がある。寒帯ジェットの強弱、それとともに気圧の南北傾度の増減が起こる。AO indexという指標変数がつくられ、寒帯ジェットが強いときが正である。1980-90年にAO indexが負から正になった。全地球温暖化のシグナルが北極圏で強化されているとみなされたが、その後の経過を見ると違う。1988年以降、AO indexは下降傾向で、2009/10の冬は -3σを越えた。なお、日本の冬はAO indexが正だと暖冬になる。最近は負なので毎冬寒波がくる。

田中氏自身とその弟子たちによる理論的研究の紹介。大気の運動方程式を基本場のまわりに線形化し、振動型の解を求める固有値問題を解くと、傾圧不安定に対応する解や北極振動に対応する解が出てくる。基本場として東西風速が高さによって現実的に変わるものをとれば、増幅率の大きい固有解は傾圧不安定だが、基本場として鉛直一様(順圧)のものをとると、北極振動が増幅する定在モードとして出てくる。粘性を入れると定常解になる。定在モードつまり振動数0なので、任意の準定常強制に共鳴応答をする。

このような解があるならば、10-100年以上の時間スケールの内部変動も可能だ。ローカルな温暖化や寒冷化が雪氷アルベドフィードバックで増幅されて全球に影響するだろう。

この観点でIPCC第4次報告書に使われた気候モデルの計算結果を見る。海洋を含めずに大気だけに注目すると、卓越する内部変動パターンはいずれも北極振動だ。しかしその位相はモデルごとでも、同じモデルのアンサンブルメンバー間でもばらばらだ。つまり北極振動は「カオス」的であり予測不可能なのだ。

これまで約百年の地上気温を経験的直交関数展開してみると(Nagato and Tanaka 2012)、第1主成分(分散21%)が北極振動のパターン、第2主成分(15%)が温暖化パターンとなった。

IPCC第4次報告書の「気候変化の検出と原因特定」のところでは、観測された温度変化を、温室効果気体、太陽、火山、エーロゾルの強制を与えたシミュレーションとつきあわせ、温室効果気体を除くと合わないので、主要な変化の原因は温室効果気体だという理屈になっている。しかしこれは自然変動のぶんまでむりやり強制で説明するようにモデルをチューニングしてしまっているのではないか?

また、IPCC報告書では自然変動の幅をモデルで評価している。同じモデルを何千年走らせても気温などの時系列は平らだが、実際の変動はもっと大きいだろう。

北極圏の観測事実としては温暖化傾向はある。グリーンランド氷床の融解も進んでいる。しかし、それには、全球規模の温室効果強化による温暖化と、予測不可能な北極振動型の自然変動が重なっている。これを温室効果を原因とみなして再現した気候モデルによる将来予測は過大評価になっていると考えられる。(ここまで田中氏の話にそって述べた。)

「科学者の役割」という表題のまとめでは、田中氏は、学会などの場には「中立公正な立場で温暖化の真相を議論する空気が必要」であり、その結果、「科学的に正しくない温暖化懐疑論」とともに「脅威をあおる温暖化地獄論」も淘汰されるだろう、と主張していた。田中氏には「温暖化脅威論に政府のおすみつきがついている」と見えるそうだ。わたしの位置からはそうは感じられないのだが、高校などの気象学教材にかかわっている田中氏の位置から、環境省などが学校向けの温暖化問題に関する「啓発」に使っている材料のもの言いがそのように感じられるのだろうと想像はつく。

3. 余田: 地球温暖化予測と数値天気予報 - 不確実性を伴う予測

数値天気予報にもモデルの不完全性とカオスによる限界がある。気候予測はモデルがさらに不完全であり検証は始まったばかりである。

数値天気予報の歴史と現状の話(ここでは紹介省略)。今年4月3日の嵐 (発達した温帯低気圧)について、気象庁は予測に自信をもって人々の行動をうながすことができた。

しかし、大気は多階層の連結変動を含む。とくに熱帯の気象では積雲対流の組織化が重要だが、数値予報に使える計算機資源は有限であり、個別の雲はなかなか扱えない。また、たとえモデルが完全でも、大気運動が「カオス」つまり初期値に対する鋭敏な依存性をもつので、予測には初期値を完全に知ることができないことからくる限界がある。

気候予測で使うモデルは、大気については数値天気予報モデルと同じだが、海洋、雪氷、陸面を含むシステムをモデル化し、強制(温室効果気体の変化、太陽活動など)に対するシステムの応答を考える。(10年先の天気予報をするわけではない。)

天気予報は日々検証されている。他方、気候モデルの検証は日が浅い。歴史で検証するしかない。IPCC第4次報告書では20世紀の気候変動再現が主要な検証とされた。第5次報告書に向けては、過去千年、縄文時代などの再現もやっている。

気候のプロセスごとに科学的理解の程度はまちまちだ。たとえばIPCC第4次報告書の放射強制力の評価の図にも現われている。

不確実性の要因としては次のものがあげられる。

  • 1. モデルの空間分解能
  • 2. 雲の効果。雲がふえるとしても、雲の高さによって温室効果と日傘効果のどちらが勝つかが違う
  • 3. 支配法則定式化の困難さ
    • 例、海氷の割れめ ... 海と大気の間の断熱を大きく変える。
    • 植物の成長は物理則ではない。モデル化はchallengingだがこれからの課題。

天気にせよ、気候にせよ、放射性物質拡散にせよ、予測は不確実性を伴う。

社会にとってそのような情報はどのような価値をもつのか。科学は無謬ではない。科学による予測は確率を表現するものだ。ただし、天気予報の降水確率は意味が明確になったが、100年に1回、1000年に1回の問題についてはまだむずかしい。

科学的知識(リテラシー)の普及とともに、自分で考えることの重要性を知ってもらいたい。参加的共同研究の可能性もある。イギリスのclimateprediction.net では気候シミュレーションにパソコンの計算能力を提供する参加者をつのった。

4. 岩崎: 地球温暖化対策 -- 緩和と適応
緩和だけでなく適応も必要。緩和はグローバル、適応はローカル。適応コストの推定は温暖化予測よりも不確実。科学者は予測を担当し、市民がシナリオを選択する。科学者は評価機関を育てるべき。「安全安心な社会の実現」に重要なのは社会の脆弱性を減らすこと。

気象・気候の自然科学には長くかかわってきたが、最近、東北地方の農業の気候変動適応のプロジェクトにはいって適応のことを考えるようになった。

温室効果ガス -(1)-> 地球温暖化 -(2)-> 人間社会への影響
という因果連鎖を考えたとき、緩和とは(1)の温暖化の原因を絶とうとすることであり、適応は(2)で人間自身のほうが変わっていくことによって影響を小さくすることである。

温暖化の緩和は低炭素社会の実現とも言える。化石燃料消費の低減(省エネルギー、再生可能エネルギー)、吸収源(海洋、森林)、二酸化炭素を回収・分離して埋めてしまうことなどを含む。削減量がふえるにしたがい、単位排出量削減コストが高くなる。京都議定書で減らす約束をしたが、実際はふえている。中国、インド、その他人口の多いところの人口×排出量がふえている。

排出量削減はグローバルに実現しなければならない。排出量は途上国中心にふえている。削減コストは国・地域によって違う。削減コストは削減量がふえると高くなる。緩和に対するインセンティブは地域によって異なる。合意形成はむずかしい。

適応には、灌漑、防災設備、移住、土地利用、感染症対策など多くの局面がある。適応コストを見積もることが重要だ。適応コストが高ければ緩和のインセンティブになる。適応コストは地域によって違う。気候変化の影響の質や量が地域によって違ううえに、適応方策にさまざまな選択肢があり、優先度が異なる。

適応の評価のために気候予測が使われるが、排出→濃度→気候→影響→適応と、予測の不確実性が積もる。さらに、地域の温暖化予測は全球平均よりも不確実性が大きく、地域への社会的影響は予測が困難である。適応策の費用・効果の評価はむずかしい。

地域の安全・安心という観点もある。地域では自然変動度が大きく、さまざまな災害が発生する。経済合理性を追求する社会は災害に脆弱になりやすい。安全・安心のための社会基盤整備が必要になる。この社会基盤整備と温暖化適応は両立すべきだ。

具体例として、温暖化した将来のヤマセへの適応を考えている。八戸の気温の年々変動は数℃あり、全球平均気温の変動の数十倍ある。気候モデル(MRI, MIROC)の20世紀再現シミュレーションを見ると、ローカルの年々変動は観測より若干少ない。モデル解像度のせいか。将来予測シミュレーションを見ると、年々変動はあまり変わらず、平均がずれる。

地域にとって、地球温暖化(経年変化)と同様に年々変動に対処することがたいせつだ。

科学者の社会的責任については次のように考える。緩和と適応への投資は市民が決める。市民が納得のいく判断を行なうために科学者は「正しい」情報を提供する「義務」がある。たとえば、IPCCは科学者の立場で与えられた諸シナリオでの予測をし、COPは市民の立場でシナリオを選択する。

科学は中立な見解を求められる。しかし科学者個人に中立性を求めることはむずかしい。(科学者も市民のひとりとして意見を言う権利がある。また科学者は行政などから研究資金をもらっている。) 科学者集団は中立な第3者機関を堅持し、その機関が評価と市民への説明をすべきだ。その機関は科学者の利害代表であってはならない。

司会の中島氏から、WMOなどの世界の場でも「気候情報サービス」として適応や緩和に使われるデータをいかに発信するかが課題となっていることが指摘された。

5. 江守: 地球温暖化の科学と社会の意思決定
地球温暖化の科学の不確実性を次のように整理してみる。
排出 -a-> 濃度 -b-> 気候 -c-> 影響

  • a. 気温・炭素循環フィードバック (自然の吸収)
  • b. 気候感度・海洋熱吸収
  • c. 海面上昇・極端現象等

このほかに、未知のプロセスと、「サプライズ」の可能性がある。「サプライズ」の例としては、南極氷床がくずれる、アマゾン熱帯雨林が枯れる、などが(予測でなく可能性として)あげられている。

温暖化対策はローカルな問題でもある(岩崎氏の話題)が、ここではグローバルな人類の意志決定の問題としてみる。

国際交渉の長期目標として、2009年G8ラクイラサミット首脳宣言で、産業化前を基準として2℃を越えないようにすべきという「科学的見解」があるとされた。COPでは、2009年コペンハーゲン合意(拘束力のないものだったが)、2010年カンクン合意に2℃目標が含まれた。しかし(江守氏の考えでは) 2℃目標には価値判断がはいっており、科学的見解ではないと思う。

IPCC第4次報告書が示しているのは次のようなことだ。

  • 1900-2000年水準を基準として 0-2℃、2-4℃、4℃以上の影響評価をまとめた。その内で、2-4℃で地球規模の影響(農業生産性低下など)があるとしている。産業化前基準ならば 2.5-4.5℃というべきかもしれないが、温度の数値にそれを区別するほどの有効数字はないだろう。
  • 排出量シナリオを対策の強さごとにグループ分けし、各グループの気温の予測型シミュレーションの結果を示した(気候感度の不確定性による幅を含む)。その内で気候変化を2℃以内におさめることが可能な条件を(読者が選択して)見ると、カテゴリー1というグループのシナリオで、しかも気候感度が低い場合に限られる。

不確実な情報に基づく意思決定の例として、個人が、降水確率なん%ならばかさを持っていくかを考えてみる。この判断は、もし雨がふった場合の被害の大きさ、かさを持っていくコスト (めんどうさ)、個人の判断の非合理性(心配性か行きあたりばったりか)などにより、賭けの要素がある。意志決定主体に結果責任がある。

「千年に一度の津波はたぶんこない」という判断の結果責任も同様に考えることができる。

科学の役割と社会の役割については次のように考える。
科学的基礎については、知見蓄積、既存知見への挑戦とそれへの回答は科学の役割である。科学的情報の信頼性のみきわめの主体は要検討。
リスク評価については、科学が知見の全体像を提示し、社会が、価値判断を含む深刻度の認識、意見形成を行なう。
対策については、科学が知見の全体像を提示し、社会が対策の強度・オプション選択の意志決定を行なう。

科学の側のとるべき態度

  • 社会との双方向コミュニケーション。
  • 知見の全体像の偏らない提示 (現状では科学者は自分のすきなところを強調しがちだ。科学者に限ったことではないが。)
  • 価値中立・政策中立的なふるまい。(個々の科学者としても中立であることについて、岩崎氏は困難だというが、江守氏は、専門家への信頼の醸成のため、そのように心がけたほうがよいとする。)

6. 田家: 地球温暖化論争を超えて ― 科学技術への信頼を守るために
気象予報士会の活動をふまえているが、個人的見解である。

予報士会では、2008年4月と2009年5月の2回、温暖化懐疑論者と温暖化研究者などを招いて討論会を行なった。

近ごろ、気候に対する太陽の影響、とくに銀河宇宙線の変動を介するSvensmark効果が話題になる。NHKの番組「宇宙の渚」で新しい科学的知見のように提示されていた。しかしこれはIPCC第4次報告書でも検討され「証拠不充分」と小さくふれている。気候学者の本を見るとSloan and Wolfendale (2008)【注[2012-06-28改訂 ] 田家氏から文献を教えていただいた。下を参照。】の研究の結果、地球温暖化に対する働きは棄却された扱いになっていた。しかしCERNでの検討は続いている。太陽活動の研究者である常田佐久氏はBSフジの放送で太陽活動と気候の関係は学際的テーマだと言っていた。「論敵は世代交代で消えていく」という考えもあるが(後藤和久「恐竜絶滅論争」)、Svensmark説は若手の関心もあるのでまだ残りそうだ。

国立科学技術政策研究所の調査によれば、国民のうち「科学者の話は信頼できる」と考える人が震災で8割から4割に落ち、その後も震災前より1割低いままだ。

2006年ごろ温暖化否定論をとなえた丸山茂徳氏は「温暖化予測があたらなかったら科学全体への不信になる」と言った。

気象学会理事長をつとめた廣田勇氏は2008年に「環境新聞」で「天気予報と違って100年後の温度は検証不可能であり、科学的意味はない」という意味のことを言っている。気候予測の事情は、直下型地震予測 (東大の平田直氏が2012年1月に発表したものなど)とは似ている。知り得るデータとシミュレーションを合わせて発生確率を出すが、直接的検証はできない。

IPCC第4次報告書のストーリーは美しすぎた。気温上昇が「新しい期間ほど強化した」と述べたが、21世紀にはいってからは鈍化している。そして、2011年以降、マスコミで地球温暖化の報道が目立たなくなっている。気候学者は21世紀になってから今までの気温推移を検証し、その解釈を周知してほしい。2009年2月16日に日経新聞が「予測とずれている」と述べたのに対して国立環境研が「モデルのアンサンブルの幅の中にある」と反論している。しかし期間をのばすと、アンサンブルの幅の中でも下の端に偏っていて不適切に見える。現実には、温室効果ガス起源の変動と、自然変動(PDO, AMO, ENSOなど)が重なっている。2000年以後の傾向もそのような立場から説明できるだろう。

さらに未知のフィードバックもあるかもしれない。進行中の研究としては、 雲頂高度が2000年以降赤道域中心に40m低下した(Davies and Molley 2012 Geophysical Research Letters)という報告がある。温室効果と日傘効果のバランスを日傘効果のほうに偏らせ、負のフィードバックになるのではないか?

IPCC第5次報告書では近未来予測も扱われると聞いている。しかしPDOは予測できるかもしれないが、ENSOの10年予測は困難だ。それで予測として示してよいのか? 実際、アメリカのIRIでENSO予測の多数モデル比較をしているのを見ると、JMA (日本の気象庁)のモデルは強いエルニーニョを予測している。しかし気象庁の季節予報は「エルニーニョの可能性もあるが平常の可能性が高い」としている。モデルの特性を認識し、専門家の判断を加えて使っているのだと思う。

IPCC第4次報告書の予測経路の示しかたは誤解をまねく。現実には自然変動が重なるのだが、そのぶんが定常状態であるかのように示されている。時間目盛をもっと大まかにした形で示すべきだ。

不確実性について、木本昌秀氏(東大)は甲斐憲次氏編の本の中で、「モデルはフィクションだ。あなたにとって重要なら検証して使ってください。」というようなことを述べている。IPCC第5次報告書の政策決定者向け要約にもこのようなことを書くべきだと思う。

予測の不確実性は、季節予報の場合は、アンサンブルや検証サイクルによって減らすことができる。しかし温暖化の場合は、排出量の不確実性(IPCC第5次で使われるRCPは第4次までのSRESよりも広い幅をとっている)、モデルの不完全性、予測の検証をどうするかという問題がある。予測結果はこのような不確実性を含むものであることを周知する必要がある。

温暖化研究は、IPCC第4次報告書発表のころは攻めだったが、今は守りの季節だと言える。科学は試行錯誤であり、予測はずれもあることを理解してもらうことだ。太陽物理学者との交流も進めるべきだ。また、IPCCなどの組織はこれまでの軌道が不適切であっても修正はされにくいだろうと思われるので、組織の枠組みから離れた発言も必要だ。

司会の中島氏から、「今はニュースについても人はそれぞれ聞きたくないことは聞かないですむようになったので、情報発信のしかたにくふうが必要だ」という補足的コメントもあった。

討論
会場の出席者からの質問は休憩時間に紙で集められ、中島氏がそれを含めて講演者に質問をする形で進められた。

最初に中島氏から、予測の不確実性という主題に関して次の3つの問題が提起された。

  • 1. 気候システムの内部変動。「2000年以降気温が上がっていない」と言われる件はこれか。
  • 2. 太陽放射の問題。マウンダー極小期など。
  • 3. tipping point、暴走温室などはあるのか。

これに関する討論や、科学者の社会的役割に関する討論があった。(ここに追記するつもりだがいつになるか未定。)

中島氏による結び。

  • ある意味で活発な議論ができたが、ある意味ではfrustrationがたまった。
  • 科学は無謬でない。しかし社会は判断のため科学を必要とする。客観的・中立的な情報の発信をしていく必要がある。
  • 「文理融合」がよいとは限らないが、市民に科学的知見を出していくしかたを考えるには、社会科学者などの経験も重要。

討論の中で、モデルの検証の件と、太陽活動の気候への影響の件の両方から、古気候シミュレーションが話題になった。直接の研究者ではないが歴史時代の気候についての本を書いている田家氏から「過去の太陽放射の数値は非常に不確かなのでそれを使った過去再現実験での検証は困難」というコメントはあったが、それ以上に話が進まなかった。発言を講演者に限った進行のせいもあったが、この日はたまたま阿部彩子氏の猿橋賞受賞が重なっていたため、古気候シミュレーションにかかわっている研究者が会場にほとんどいなかったのだった。

文献