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海氷密接度 (sea ice concentration)、海氷域面積 (sea ice extent)

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたかを必ずしも明示しません。】

【暫定的にカテゴリー「気象むらの方言」に入れたが、これは気象学の用語ではなく、雪氷学あるいは海洋学の用語である。わたしは (大気・海洋・雪氷をふくむ) 気候システムの科学のたちばでこの用語をつかっている。】

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海氷 (かいひょう、英語 sea ice) は、海にある氷のうち、海水がこおったものをいう。陸上の氷河 (glacier, そのうち大きいものを「氷床 (ひょうしょう、ice sheet)」という) が海上にはりだした 棚氷 (たなごおり、ice shelf) や、それがちぎれた 氷山 (ひょうざん、iceberg) は、海氷にふくめない。氷河の氷は雪がつもって圧密されたものなので塩物質をほとんどふくまない淡水の氷だが、海氷は塩分をふくむ氷である (塩分の量は海水よりもすくなめだが)。海氷には流氷と定着氷がある。

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英語の concentration に対応する日本語は、自然科学では化学用語の「濃度」であることが多い。ところが、sea ice concentration はそうではなく、「海氷 (の) 密接度」である。もともとの concentration の意味である「集中」「密集」と関連しているが、単純にそういう意味ではなく、特殊な専門用語になっている。

わたしが理解している sea ice concentration とは、ある (ローカルな) 海域の海面の面積のうち海氷におおわれている面積のわりあいである。面積どうしのわりあいだから無次元量だが、百分率 % でしめされることがおおい。(わたしがきめるとすればこれを「密接度」とはよばないが、海氷については海氷の専門家の用語にあわせることにしている。)

これは、気象のばあいの「雲量」([2020-03-28の記事]) が、空のうち雲でおおわれた面積のわりあいをさすのと、にた概念だ。

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「世界の海氷面積の変化」が話題になることがある。1970年代以来、人工衛星にのせられたセンサーで、世界の海のうちどれだけが海氷でおおわれているかが観測されている。それはもちろん季節によって変化するが、北半球に関するかぎりあきらかに、1970年代から現在までに、へる傾向にある。(南半球の変化は単純でない。)

ところが、ここでかりに「海氷面積」とした用語を、英語の専門文献にさかのぼると、その用語は sea ice extent であることがおおい。そして、同じ文献で sea ice area ということばを別の意味でつかっていることがある。

ここで人工衛星による観測の方法にふれておくべきかと思う。電磁波発信装置をもつレーダーのたぐいの機器をつかった能動型 (active) のリモートセンシングもあるが、長期継続しているのはおもに電磁波を受信するセンサーだけによる受動型 (passive) のリモートセンシングである。可視光のセンサーで地球をみれば、太陽光の反射をみることになる。高緯度の冬には太陽光がほとんどこないので情報がえられない。また雲がかかっているとその下の情報はえられない。いわゆる熱赤外線 (波長 10 μm 程度) に対しては地表の物質は黒体に近いのでその波長のセンサーは地表面温度を知るのには適しているのだが、地表面の物質の種類や相 (氷か液体の水か) を区別して認識するのに適しているのは、熱赤外ではなく、それよりも波長の長いマイクロ波 (波長 1 cm 程度) のセンサーなのだ。ところがマイクロ波は地球が出す熱放射のスペクトルのうちでは端のほうであり、電磁波のエネルギーの量があまり多くないので、一度に測定する地球上の面積をあまりこまかくすることができない。地上の画素の大きさは 数十 km だ。その画素の内で海氷面と水面がそれぞれの放射特性にしたがったマイクロ波を出していて、その重みつき平均が衛星で観測される、と考えたときの「重み」が、さきほどのべた「海氷密接度」にあたる。

このようにして、地球の海洋を緯線経線でしきったそれぞれの ます目の海氷密接度の衛星観測値がえられる。専門文献で sea ice extent として、面積の単位 (たとえば平方キロメートル) でしめされている量は、海氷密接度のしきい値を (たとえば 15 % と) きめて、密接度がそれ以上となる ます目の面積を集計したものである。

他方、sea ice area は、実際に海氷でおおわれている面積をさす。それの直接の観測はかぎられた海域でしかおこなわれていない。しかし、ある ます目の海氷密接度 が、たとえば 30 % だとわかったならば、そのます目の中の海氷面積は、ます目の面積に 0.3 をかければ得られる。そのたぐいの値を広域で集計すれば、広域の sea ice area の数値がえられる。

わたしは、sea ice extent と sea ice area のつかいわけに気づくまでは両者を混同したまま「海氷面積」と書いていたが、いまは区別する必要があると思っている。そして、sea ice area を 日本語で「海氷面積」としたい。そこで、sea ice extent は「海氷域面積」ということにした。これは、密接度がしきい値以上である海域が「海氷域」であるとしてその面積を集計したものと考えることもできる。日本語の文献のあいだでかならずしも用語が統一されているわけではなく、sea ice extent を「海氷面積」としてしまっているばあいもあるし、「海氷の広がり」「海氷の範囲」などの表現をみることもあるが、気象庁のつぎの解説ページでは「海氷域面積」をつかっている。