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モンスーンの基本概念 (もう一度考える)

さきに[英語版]をだしたが、日本語版も出しておく。これは、2021年9月7-10日に (京都を本拠として) オンラインで開かれる予定の東アジア環境史会議 (The Sixth Biennial Conference of East Asian Environmental History, EAEH 2021) でのわたしの発表の要旨の、会議に提出したものよりやや長いバージョンである。
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モンスーンの基本概念 (もう一度考える)

Kooiti Masuda (増田 耕一)

モンスーンが、アジアとオセアニアの大きな部分の人間活動にとって決定的に重要であることについては合意できるだろう。しかし、「モンスーン」という用語の意味のひろがりは広い。その用語をつかって人びとが意図していることがかならずしも同じでないことに注意する必要がある。その用語のつかわれかたのふたつの中心は「季節とともに変化する風」と「雨季」である。

大気には、基本的な帯状の風の分布をもつ。熱帯の東風 (貿易風) と温帯の西風 (偏西風) である。この帯状のパタンは季節とともに、北半球の夏には北に、南半球の夏には南に、位置がずれる。この、経度によらずおこる位置のずれも、モンスーンにふくめてもよいかもしれない。しかしモンスーンの必須の部分ではない。

モンスーンの基本的原因は、陸と海のあいだの熱的性質のちがいである。陸は固体であり、地表面から下にエネルギーをつたえるしくみは熱伝導だけである。海は液体であり、熱伝導よりも効率の高い対流が可能である。したがって、季節変化に関与できる層の深さが、海のほうが陸よりも大きい。その結果、はいってくる太陽放射の季節変化が同様だとすれば、地表面温度の季節変化は陸のほうが大きくなる。季節変化する風系は、世界でいちばんおおきな陸のかたまりであるユーラシアのまわりでいちばん強い。

基本的なしくみはつぎのようなものである。夏に、陸面に接した空気は海面に接した空気よりも密度が小さい。したがって、陸上で上昇し海上で下降するような循環ができる。地表面の近くの風は海から陸にむかう。数キロメートル上空に逆向きの運動があるはずだ。

現実には、インド中部などの熱帯モンスーン気候のところでは、基本的なしくみによる典型的状況は、雨季にはいる直前におこり、「プレモンスーン」とよばれる。雨季にはいったあとは、高温の陸面ではなく雨がふること自体が、上昇流の主要な原因になる。したがって上昇域の位置は変化しうる。「モンスーン」ということばはこの状況をさしてつかわれることが多い。

冬には、基本的なしくみによって、シベリアやモンゴルのあたりに高気圧ができ、日本のあたりでは北西の風、南シナ海あたりでは北東の風がふく。その風が赤道をこえると北西の風になり、インドネシアやオーストラリア北部の夏のモンスーンの風に合流する。

冬のモンスーンは、日本のうちで、日本海に面した地方に大量の降水 (おもに雪) をもたらし、日本列島の中央の山脈の風下には晴れた天気をもたらす。熱帯・亜熱帯にも冬のモンスーンが降水をもたらす地方がある。台湾、フィリピン、ベトナム、タイ南部、マレー半島などの東海岸地方、ボルネオやジャワの北海岸地方などである。

モンスーンの変動はさまざまなしくみで人間生活に影響をあたえる。その典型的なものは降水の変動による。虫明 功臣 [むしあけ かつみ] がくりかえし言っていたように、モンスーン気候の地帯では、「水がすくなすぎること」と「水が多すぎること」のどちらも問題をおこしうる。ただし、水をもたらすしくみは、場所によって、夏のモンスーンであるばあいも、冬のモンスーンであるばあいもある。降水にくわえて、季節とともに変化する風自体が重要なこともある。とくに帆船の時代はそうだった。

参考文献

  • Katumi Musiake, 2002: Hydrology and water resources in Monsoon Asia: A consideration of necessity to organize “Asian Association of Hydrology and Water Resources”. Journal of Japan Society of Hydrology and Water Resources (水文・水資源学会誌), 15: 428-434. https://doi.org/10.3178/jjshwr.15.428 (この雑誌の内容の大部分は日本語で書かれているが、この論文は英語で書かれている。)
  • Peter J. Webster, 1987: The elementary monsoon. in: Monsoons (edited by J. S. Fein and P. L. Stephens, Wiley), 3-32.