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有効温度 (effective temperature)、相当温度 (equivalent ...)、仮温度 (virtual ...)、温位 (potential temperature)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしもしめしません。】

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地学 (宇宙と地球の科学) の概論的な授業で、気象学の分野の教材をつくっていて、「有効温度」と「相当温度」の数式表現がどちらも Te になることに気づいた。英語で effective temperature と equivalent temperature なので、そうなるのは当然なのだが、まったく別の物理過程に関する話題なので、同時に出てくる可能性が低いのだ。概論では両方の物理過程の話題がほぼ同時に提示される可能性があるから、混乱をおこさないように注意が必要だ。【[2020-06-04 補足] 「有効温度」という表現は、6節でいう有効放射温度のことだとしても、そのほかのものをさすとしても、省略しすぎなので、もうすこしくわしい表現をするべきだろう。】

気象学の大学院1年生のときに、英語の文献を読んで日本語で説明するゼミで、英語のequivalent potential temperature と virtual potential temperature、日本語の「相当温位」と「仮[かり]温位」という用語の使いわけをまちがえたのを思いだした。

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考えてみると、effective, equivalent, virtual, potential という形容詞は、もともと、どれも似た意味なのだが、気象学という学問伝統では、それぞれ、ある物理過程を説明する研究者が導入した意味づけが採用されて、専門用語の背景の暗黙の知識になっているのだ。

一般的に、ただし、「温度 (temperature) 」だけは固定して、のべてみよう。温度のところに別の概念をあらわす用語がはいっても、同様な構造の専門用語はあるにちがいないのだが、そこまで一般化して表現するとわかりにくくなりそうなので。

ある現象 Y を定量的に説明しようとすると、その原因として、温度 T が重要であることはあきらかだ。そこで、温度をいれると Y の値がえられるような数式表現がつくられる。

ところが、Y は温度だけできまっているわけではない。温度のほかに、別の要因 X もきいている。ただし、 X のやくわりは、温度にくらべると副次的だといえる。Xのことも考慮にいれたいが、温度から Y をきめる便利な数式表現をてばなしたくない。そこで、数式表現の温度のところに、「Xの効果をふくめて補正した温度」を入れてやることにする。この「補正した」ことをしめす形容詞が、effective だったり equivalent だったり virtual だったり potential だったりするわけなのだ。ただし、この「Xの効果」は「Yに対する効果」、しかも、「まず温度を考慮したうえで補正的にはいってくる効果」である。X自体の特性ではなく、Yという現象を定量的に説明したいという文脈で意味をもつものだ。

にたような構造の用語なのだから、英語と日本語の対応に必然性がなく、いちいちおぼえるしかないのも、当然なのだろう。

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まず、potential temperature (日本語では「温位」) については、[2012-05-28 対流]の記事でちょっとふれていたが、きちんと論じていなかった。

これは「ポテンシャル密度」(potential density)をさきに考えたほうがわかりやすいと思う。こちらの表現は、海洋ではふつうなのだが、気象ではほとんど使われない。

(地球の)重力のもとで、軽いものが上昇し、重いものが下降する、という意味での 対流 という物理過程を考える。この「重い」「軽い」は、基本的には、密度 (density)、つまり単位体積あたりの質量が、大きいか小さいか、ということだ。ただし、くわしくいうと、現場での密度ではなく、「もし同じ高さにもってきたらどちらの密度が大きいか」なのだ。

密度は圧力によっても変化する。そして、海洋や大気は、下向きの重力と、上向きの圧力傾度力 ([2012-06-06 勾配・傾度、気圧傾度力]参照)とがつりあった状態の、上にいくほど圧力が小さい基本場があって、対流はその基本場からのゆらぎだと考えられる。だから、「同じ圧力のところにもってきたときの密度」を比較することにする。「もってくる」方法も指定しなければいけない。これは「断熱変化」とする。海水や空気の小さな部分(「塊」と表現することが多い)を鉛直に移動させて、新しい高さでのまわりの圧力と同じ圧力にすると体積がかわる。塊は、体積の変化のぶんだけ、まわりの海水や空気に対して仕事をするので、塊のもつエネルギーはそのぶんだけ変化する。しかし、塊とまわりの海水や空気とのあいだには、それ以外のエネルギーのやりとりはない、と仮定するのだ。

もし断熱変化によって標準の圧力 (気象ではふつう 1000 hPa) にもってきたらとるはずの密度が、potential density、「ポテンシャル密度」だ。

気体では、密度に対しては、圧力の効果のほうが、温度の効果よりも大きい。密度の分布をそのままみても、それを圧力 (気圧)の分布と区別して認識するのは困難だ。ところが、ポテンシャル密度は、圧力の効果をだいたい消去したものだから、おもに温度の効果が見える。そして、密度と圧力と温度とは、状態方程式でむすびついている。地球大気のばあい、理想気体の状態方程式をつかえばよい。(ただし、気象独特の表現がある。[2012-03-18 空気についての気体定数]参照。気象では物理量を単位質量あたりで表現するからだ)。もし断熱変化によって標準の圧力 (気象ではふつう 1000 hPa) にもってきたらとるはずの温度が、potential temperature、日本語では「温位」だ。記号はギリシャ文字の θ [theta] をつかうことが多い。大小の比較をするかぎりでは、「温位が高い」ことは、「ポテンシャル密度が小さい」のと同じことだ (大小が逆になっていることに注意)。対流がおきるかどうかの話題では、「温位が高い」ほうが「軽い」と考えられる。

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日本語の気象学用語をつくるとき、英語の「potential X」を「X 位」とすることは習慣になっている。

それで、「potential vorticity」は、「ポテンシャル渦度」ともいうが、「渦位」とも書く。 (ただし、音としては「かい」では意味不明で、「うずい」もあまり聞かない。むしろ、専門内の日本語会話では英語の potential vorticityをそのまままぜてしまうことが多いようだ。)

(渦度とはなにかは、[2016-08-23 発散・収束][2015-07-01 渦、vortex、eddy]をあわせてみてほしい。しかし、potential vorticity の話をわたしはまだ書いていない。)

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対流についてのここまでの議論では、大気や海洋を、1成分の流体だと考えている。しかし、現実には、すくなくとも、大気は水蒸気と「乾燥大気」、海洋は水と「塩[しお]物質」の2成分からなると考えて、水蒸気や塩分の密度におよぼす効果を考える必要がある。

大気中の水蒸気量の表現はさまざまなものがあるが([2012-03-08 パーセントとppm、濃度と湿度]に書いた)、空気の質量のうちでの水蒸気の質量のわりあい(「比湿」、specific humidity という)で代表させることにする。

水蒸気が密度におよぼす直接の効果として、水蒸気自体の密度の効果がある。地球大気は理想気体の近似がつかえるから、空気の平均分子量 約 29 に対して、水蒸気の分子量が 約 18 であることが、もろにきいてくる。空気の密度を温度と圧力であらわす式を補正して、空気の密度を温度と圧力と比湿であらわす式をつくることができる。

ここで、大気を1成分気体とみなしてつくられた定量的なわくぐみをつかいつづけたい事情があるとする。そのために、空気の密度を温度と圧力であらわす式をそのままにして、その「温度」を補正して、密度に対する比湿の効果をとりこんでしまうことにする。この補正された温度を「virtual temperature」、日本語では「仮温度」という。記号は Tv とされることが多い。

実際には、これは対流に関する議論につかわれるから、温度のかわりに仮温度をつかってつくられた温位、「仮温位」(英語では virtual potential temperature)がつかわれることが多い。記号は θvだ。

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ところが、地球大気の対流におよぼす水蒸気の効果のうち主要なのは、4節でのべた水蒸気の直接の効果ではない。(このことは、地学をおしえる人であっても、気象学の専門教育をうけていないと、まちがえていることがあるので、注意しておきたい。)

空気のもつ内部エネルギーには、温度にともなう (温度に比例するといってよい)部分と、固体・液体・気体の相[そう、英語では phase]にともなう部分がある。同じ温度でくらべると、水蒸気は液体の水よりも大きな内部エネルギーをもっている。大気中で水蒸気が凝結すると、水蒸気がもっていた液体の水よりも多いぶんの内部エネルギーが、温度にともなう内部エネルギーに変わり、水蒸気をふくんでいた空気塊 [大気の小部分をこのように表現している] の温度が上がる。ひとまず、圧力はかわらないとすると、状態方程式にしたがって、密度が小さくなる。水蒸気の凝結によって「軽い」部分がつくられて、対流がつくられることがあるのだ。(対流が実際におきると、さきほど温度にともなう内部エネルギーの増加ぶんとしたものの一部は、運動エネルギーに変わったり、空気塊が上に移動することにともなって位置エネルギーに変わったりする。)

そこで、水蒸気をふくんだ空気塊について、現実におこりうる過程ではなく数量の操作として、「もしその水蒸気が全部凝結して、相にともなう内部エネルギーが温度にともなう内部エネルギーにかわったら、温度はどうなるか」を考えてみる。(「内部エネルギー」としたところは「エンタルピー」(enthalpy)のほうが正確かもしれない。) この温度が、「equivalent temperature」、日本語では「相当温度」である。これも、温度と比湿から計算されるが、さきほどの「仮温度」とはちがった数量である。記号は Teになるはずだが、あまり見かけない。

実際には、これも対流に関する議論につかわれるから、温度のかわりに相当温度をつかってつくられた温位、「相当温位」(英語では equivalent potential temperature)がつかわれることが多い。記号は θeだ。

どんなものごとを「virtual ・仮」とよび、どんなものごとを「equivalent・相当」とよぶかは、必然性はなく、たまたまだれかがつかいはじめた用語が便利だったのでそれをつかう人がその表現を尊重しているだけだと思う。専門外の人にとっては「暗記もの」になってしまう。専門外の人に説明するときは、そのような用語をつかわないですませればそうする、必要ならば はやめに用語説明をしておく、という注意が必要だと思う。

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「effective・有効」は、いろいろな専門領域の話題にあらわれて、その話題ごとにちがった対象をあらわしていると思う。

わたしがつかうのは、放射 (電磁波によるエネルギー伝達) にかかわるばあいだ。

人工衛星から赤外線センサーで地球を観測する。赤外線のうちでも大気による吸収のすくない波長域での観測ならば、雲があれば雲頂 (雲の上側の表面)、なければ陸面や海面が見える。おおざっぱには、雲頂温度や地面温度や海面水温での黒体放射のうち、センサーによってえらばれた波長域のものが観測されているとみてよい。ただし、そのような波長域でも、大気による吸収や射出がないわけではないし、雲や地面や海面の射出率も厳密に1ではないから、観測された放射を黒体放射とみなして得られた温度は、雲頂や地面や海面の温度そのものではない。それは、雲頂や地面や海面の「eqivalent blackbody temperature」あるいは「effective blackbody temperature」であるということができる。日本語では、前者ならば「相当黒体温度」、後者ならば「有効黒体温度」である。(いま考えてみて、ここでの effective の意味は、日本語の「有効な」の意味のひろがりからははずれるが「実効的な」の意味のひろがりにははいるから、「実効黒体温度」のほうがよいような気がしてきたが、わたしはその表現をみたおぼえがない。) 記号表現としては、「黒体」の blackbody を BBとして、TBB という形がよくつかわれる。

これをさらにおおづかみにして、地球が出す放射 (ただし、太陽放射の反射はのぞく) を、全波長域まとめて、しかも地球の全表面から出るものを、ひとつの温度の黒体放射とみなしてしまうことがある。そこで出てくる温度は、「地球の相当黒体温度」であると言えるのだが、実際にこのような話題が出てくる文脈では、むしろ、「effective radiation temperature」「有効放射温度」といわれることが多い。 さらに省略して「effective temperature」「有効温度」としてしまうこともある。これは略しすぎだとわたしは思う。しかし、記号としては、effective の e をつかって Teとすることが多く、わたしもこれまでそうしてきた。いまのところ、わたしの教材では「地球の有効放射温度、Te」をつかいつづけようと思っているのだが、「地球の相当黒体温度、TBB」のほうが適切かもしれないと、まよっている。ただし、うっかり「相当温度」と略してしまうと、5節の件とまぎれらわしい。「有効黒体温度」のほうがよいだろうか。【[2020-06-11 補足] 杉本 憲彦 ほか 『はじめて学ぶ 大学教養地学[読書メモ]では、わたしのいう有効放射温度を「放射平衡温度」としている。英語ならば「radiative equilibrium temperature」だろう。惑星全体として放射という形でのエネルギーの出入りがつりあっているという仮定からみちびかれる温度なので、用語のつじつまはあっている。ただし、わたしは、大気の温度の鉛直分布を分解した放射平衡も考えたいという事情があるので、有効放射温度のことを放射平衡温度とよびたくない。】