「対流」(英語ではconvection)ということばの意味は、気象学のうちでも場合によって広かったり狭かったりする。
熱伝達論でいう「対流」、気象学では「移流」と「乱流輸送」
まず、熱伝達論(伝熱工学)でいう「対流」についてことわっておく。エネルギーの伝達には仕事と熱があり、熱のうちには伝導、対流、放射がある、と言われる。伝導は接触している物体の間で内部エネルギーが移ることであり、放射は電磁波に伴ってエネルギーが移動することだ。そしてこの場合の対流は、物体の運動に伴ってその物体が持っているエネルギーが移動することを言う。液体・気体を合わせた流体に比べて固体の動きは小さいので、物体の運動としては流体の流れが想定される。流れの形はどんなものでも含む。
気象学の中で「対流」ということばが熱伝達論でいう意味で使われることはほとんどない。(専門外の人向けの入門的な説明ではありうるが。) それに相当する概念はあり、別のことばが使われているのだが、運動のスケールによっても使いわけがある。流れにともなうエネルギー伝達のうち、空間スケールが大きい流れに伴うものをエネルギーの「移流」(advection)、小さい流れに伴うものをエネルギーの「乱流輸送」(turbulent transfer)という、というように整理できそうだ。境目となる空間スケールは文脈によるのだが、大気中の運動の鉛直スケールは大きくても数キロメートルから10キロメートル程度なので、水平スケールがそれよりも大きいか小さいかで分ける、と言ってもよいだろうと思う。【ちょうどこの境目あたりのスケールの現象に、あとで述べる積雲対流がある。それによるエネルギー輸送はまさに「対流による輸送」というべきかもしれない。】
対流の基本: 重力場のもとでの密度コントラストを解消する流れ
さて、気象学で「対流」という場合は、すべての流れではなく、ある特徴をもった流れをさす。【「放射対流平衡モデル」([4月30日の記事], [教材ページ]の「大気の鉛直温度分布の理論計算 」の部分参照)の場合の対流は原理的にはあらゆる流れによるエネルギー輸送をさすのだが、それを実現する主要なしくみはこれから述べる「対流」であると考えている。】
まず、地球(あるいは他の惑星)の重力場のもとに大気(水でも同様)があることを前提とする。そして、厳密ではないが近似として静水圧平衡([4月30日の記事], [教材ページ])が成り立っているとする。その流体の中のある水平の層の内で、なんらかの原因で密度の大きいところと小さいところができたとする。密度の大きい流体部分に働く重力は大きく、密度の小さい部分では小さい。しかし、鉛直方向の圧力傾度力(つまり浮力)はまわりの流体の密度で決まるので、それを合わせた正味の力は、密度の大きい部分で下向き、密度の小さい部分で上向きとなる。それで下向き・上向きの運動の組が作られる。
「対流」という場合ふつうは、運動が瞬間的に起こるだけでなく継続することをさす。摩擦のような(熱力学の意味での)運動エネルギーの散逸が起きているので、密度の不均一を起こすしくみも継続していることが想定される。ただし、上昇・下降の空間分布は必ずしも継続していなくてもよい。場所が変わっても、上昇する部分と下降する部分があるという構造の特徴が継続していればよいのだ。
密度コントラストの原因
密度の不均一を起こすしくみの第1は熱だ。多くの物体が、温度が高いほど密度が小さくなる。加熱された部分と冷却された部分があれば、加熱された部分が上昇し冷却された部分が下降する。ただし密度の温度依存性には例外もあり、たとえば温度4℃以下の水は逆に温度が低いほど密度が小さくなる。ただし海水程度に塩分を含んでいる場合はこの逆転はない。
第2は成分の不均一だ。海水は塩分(塩の濃度)が高いほど密度が大きい。海面での降水・蒸発などによる水の出入りあるいは海氷の形成・融解によって塩分の不均一ができることが対流の原動力になりうる。空気中に水蒸気が多いことも密度を小さくする効果があるが、次に述べる効果に比べると弱い。
大気中の水蒸気は対流に大きな影響を与えているが、それは、水蒸気が凝結する際に、水蒸気が持っているエネルギー(潜熱)がまわりの空気の内部エネルギー(顕熱)に変わり温度が上がるので密度が小さくなる、という働きによっている。
通常使われる意味の「対流」:「上のほうが重い」状態を解消する流れ
さて、ここまで述べてきた意味では、大気大循環も対流である。気象学で対流ということばをそのような広い意味で使うこともあるが、もう少し限定した意味で使われることが多い。
その限定されかたをきちんと説明するのはむずかしいのだが、わたしなりに整理を試みると、水平には同じ場所で上下に比較した場合に上のほうが「重く」下のほうが「軽い」状態が作られ(る働きが継続し)、それが解消される過程で流れが作られるような現象を「対流」と言うのだと思う。(上のほうが重い状態は対流によって短時間に解消されるので結果としては見られないこともある。)
ただしここで「重い」「軽い」とは、断熱的に一定の圧力に持ってきたと仮定した場合の密度が「大きい」「小さい」ということであり、さらに言いかえて「温位」(potential temperature)つまり断熱的に一定の圧力に持ってきたと仮定した場合の温度が「低い」「高い」ということでもある。さらに、水蒸気の凝結が効く場合は、「相当温位」(equivalent potential temperature)つまり(少し雑に表現すると)断熱的に一定の圧力に持ってくるとともに水蒸気を凝結させて液体の水として落としてしまったと仮定した場合の気温で比較する必要がある。
【これに関連して使われる用語に「成層の安定・不安定」がある。その説明は[次の記事]で述べる。】
大気大循環(の大規模な特徴)は、上のほうが温位が高い状態(いわゆる安定成層)のままで継続している循環なので、ここで限定した意味での対流には含まれない。
ベナール対流
ここでいう対流の理屈のうえでの典型として、ベナール(Bénard)対流がある。これは流体の層を下から一様にあたため上から一様に冷やした場合に起こる現象で、フライパンに油を入れて加熱した場合などに見られる。加熱差がわずかな場合は熱伝導だけですむが、ある程度大きくなると一様性がやぶれて上昇する場所と下降する場所ができる。理想的な場合は、ハチの巣の断面のように正六角形がならんだ形になり、六角形の中央付近で上昇・境界付近で下降、あるいはその反対の循環が継続する。(気象衛星画像を見るとときどき海上にこれに近い雲のパタンが見られる。雲ができているので水の凝結が伴っているのだが、この場合、ベナール対流が主で雲は副次的であるように思われる。)
積雲対流
他方、気象学の文脈によっては、「積雲対流」のことを「対流」と言ってしまうことがある。地球大気中にはいろいろな対流現象があるが、地表面付近から対流圏(troposphere)のいちばん上(対流圏界面[tropopause]、熱帯では高さ約15km)まで達する対流はほとんどが積雲対流なので、このような使われかたがされるのも無理もないことだと思う。
積雲(cumulus)とは鉛直方向に発達する雲で、ここではとくに鉛直に発達した「積乱雲」(cumulonimbus)をも含む。このような雲の中には強い上昇流があり、まわりには弱い下降流があるのがふつうである。ただし、雲の中では雨が降ることが多く、一部分の場所では、雨の一部が蒸発して空気の温度を下げて密度を大きくするので強い下降流を作る。
(おことわり)
[この記事はまだよく整理されていない。今後、この場で改訂するかもしれず、別の記事として書きなおすかもしれない。]