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不安定

気象学で使われる「不安定」(英語では形容詞unstable、名詞instability)ということばにも、広い意味、狭い意味がある。

理論用語としての「不安定」

気象学のうちでも力学分野の理論では「不安定」ということばがとてもよく使われる。たとえば温帯低気圧[4月9日の記事参照]が発達する基本的なしくみは「傾圧不安定」なのだ。

それぞれの理論に深入りせずに「不安定」ということばの意味を考えてみる。流体の流れの場が、静止、直線運動、円運動のような対称性のよい状態にあったとする。これを「基本場」と呼ぶことにする。そこに小さな乱れが加わったとする。その乱れがどう変化するかを理論的に考える。乱れが減衰して基本場に近い状態にもどっていく場合がある。このとき基本場は「安定」だ。ところが、乱れが増幅して(乱れの形が保たれるか変わっていくかはともかく)基本場の状態からどんどん離れていく場合がある。このとき基本場は「不安定」だ。

このように「安定・不安定」は基本場に対する形容だと思うのだが、それがどんな乱れに対して安定・不安定なのかも指定しなければ判断できない。そこから転じて、増幅する乱れのほうについて「不安定」という表現もされることがあり、まちがいとは言えないようだ。

基本場の量に比べて小さい乱れの量がどう変化するかの式をたてるとき、変化の原因になる項には、「基本場の量×乱れの量」は出てくるが、「乱れの量×乱れの量」は省略されるのがふつうだ。こういう問題のたてかたを「線形論」という。この場合の「線形」(英語 linear)は直線的であること(数学でいう1次式)をさしており、面や立体と対比された線をさしているわけではない。ここでいう「不安定」は線形論で扱うことができる。ただし現実に起きていることに近づけようとすると、線形論ではすまず、乱れの量どうしの積も考えなければならないことも多い。

密度成層の不安定

気象の話題で、何も形容語をつけずに「不安定」と言った場合には、次のような問題をさすことが多い。温度と水蒸気量が鉛直には変化するが水平には一様に広がっており運動はないような基本場(「成層状態」)を仮定する。そこに小さい乱れとして上下運動が生じたとき、対流([「対流」についての5月28日の記事]で述べた「通常使われる意味」)が発達する状況では、その成層状態は対流に対して不安定なのだ。つまり、不安定成層とは「対流」の記事で述べた「上のほうが重い状態」をさす。ここで「重い」とは、断熱変化によって同じ圧力にして比べたとき密度(単位体積あたりの質量)が大きいことをさす。

ただし、水の相変化を伴わず温度による密度変化だけで起こる対流を考えると、たとえば太陽放射が地面を加熱すれば地面に接した空気は軽くなるので不安定成層は出現するのだが、すぐに実際に対流が起こるので、不安定成層は長続きしない。

水の相変化がからむと話が複雑になる。水蒸気を含んだ空気は、その上にある空気に比べて、現実には重いが、もし水蒸気が凝結して雨となって落ちたら軽くなる、ということがよくある。いわば不安定が潜在しているのだ。(専門用語としても「潜在不安定」ということばがあるが、わたしがその意味を正確につかんでいるか自信がないのでその詳しい説明は避けておく。) この潜在した不安定は長続きすることがあり、実際の対流を起こすこともあれば、起こさないまま衰退することもある。

テレビなどの気象情報で、「大気の状態が不安定になっています」という表現をよく聞く。その内には、専門用語を意識せず、「天気が変わりやすくなっている」ことをそう表現してしまったものもあるかもしれない。しかし多くの場合はたぶん予報士が、大気の温度・水蒸気の鉛直分布を見て、「もし積雲対流が始まったらそれが激しく発達するだろう」と判断しているのだと思う。

(おまけ) 「フラックス」は「不安定」ではない

あるパソコン翻訳ソフトウェアを使って英語を日本語になおしたら「不安定」という単語が意外なところに出てきて、わたしにとってはもとの英語よりもはるかにわかりにくい文になった。どうやらそのソフトウェア常備の辞書には「flux」という英語に対する日本語は「不安定」であるとされているらしい。それが適切な文脈もあるのだろうが、気象学で「フラックス」[4月27日の記事参照]が出てくるところに「不安定」が出てきたのではまちがった意味になってしまう。