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傾圧不安定

傾圧不安定」(英語でbaroclinic instability)は、温帯低気圧ができるしくみの話に出てくる概念だ。気象力学で使われる「不安定」ということばの意味については、[5月29日の記事][きょうの「CISK」についての記事]を参照してほしい。

傾圧」は「順圧」(barotropic)と対になる概念だ。要点だけ言うと、順圧とは圧力と密度が1対1に対応しているような状況だ。等圧線と等密度線が平行だ、と表現することもできる。圧力・密度・温度は状態方程式によって結びついているので、(ひとまず大気中の水蒸気などの成分による密度の変化を無視すれば) 等圧線と等温線が平行だという表現をすることもできる。傾圧はそうでない状態、つまり、圧力が決まるだけでは密度や温度が決まらない状態、等圧線と等密度線とが、あるいは等圧線と等温線とが平行でない状況だ。

地球大気や海洋の大規模な運動については、「順圧」とは鉛直方向のどの高さでも水平の運動の形が同じであるということにもなる。順圧という条件での運動は水平2次元的なのだ。3次元の構造は傾圧の場合に現われる。

傾圧不安定の議論では、基本場として東西方向には一様だが南北方向には勾配がある(低緯度側が高温とする)ような温度分布を考える。乱れについても水平スケールが数百km以上のものだけを考えるので、静水圧平衡[教材ページ参照]を仮定すると、圧力の分布も決まる(低緯度側が高気圧で気圧傾度は上空ほど強い)。さらに中高緯度[6月14日の記事参照]を想定して地衡風平衡[6月12日の記事参照]も仮定すると風の分布も決まる。どこでも西風(東へ向かう流れ)だが、風速は上空ほど強い。

ここに乱れが加わるとする。乱れも静水圧平衡に従い、また近似的に地衡風平衡に従う(「準地衡風渦度方程式」で表現可能である)とする。乱れの形は正弦波だとする。温度の波と圧力の波は波長は同じだが位相はずれていてよい。また、同じ変数の波は高さが違っても波長は同じだが位相はずれていてよい。この条件で、どんな波長の、どんな位相関係の波が増幅するかを調べる。増幅する波がなければ、基本場は「傾圧安定」である(実際にはこういう表現はあまり聞かないが)。

現実の地球大気の中緯度に近い条件では、波長数千kmの、西から東に動く波がいちばん増幅しやすい。地上では、低気圧(気圧の低いところ)の前面(東側)に暖気(気温が高いところ)、後面(西側)に寒気(気温が低いところ)がある構造になる。上空の気圧の谷(気圧の低いところ)は、地上の低気圧よりも西にずれている。このような形の3次元の波の構造が「傾圧不安定波」と呼ばれることがある。

【[2012-06-21追記] 傾圧不安定の問題を偏微分方程式の形に定式化して解を求めたのはCharney (論文1947年)とEady (1949年)である。Eadyの解のほうが形が単純なので説明にはこれが使われることが多い。ただしEadyの問題は、下側(地表面)だけでなく上側にも壁(ふた)があるような境界条件を扱っている。Charneyはふたがない状況を扱っている。ただし、コリオリパラメータ[6月6日の記事に追記した] f を、Eadyは定数としているが、Charneyは緯度への依存性を1次関数の形で入れた。fが定数でふたがない問題では傾圧不安定の解がないのだ。】

なお、「順圧不安定」という概念もある。これは、大まかに言えば、水平2次元の平行な流れの場のもとで正弦波型の乱れが増幅することだ。