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空気についての気体定数

気体や液体の「状態方程式」とは、その物質の圧力・体積・温度の関係を表現する式だ。その代表的なものとして「理想気体の状態方程式」がある。どんな成分からなる気体でも、理想気体で近似できるのならば、同じ式が使えるのだ。多くのみなさんが、高校の化学か物理で、次のような形の式を習ったと思う。ただし、「R」に「univ」という添え字はついていなかっただろう。

p V = n Runiv T . . . (1)

気体定数(gas constant)は、ここで「Runiv」と書いたもので、ふつうは単に「R」と書かれる。SI (国際単位系)の単位で有効数字4けたまでとれば、数値は8.314 J mol-1 K-1だ。【1970年代の高校の物理の教科書にはこのような数値がのっていた。当時の化学の教科書では少し違う単位が使われていた。今では化学でも物理と同じ表現を使っていると思う。】

しかし、気象学の文献で「気体定数」や「R」といえばほとんどの場合これ自体ではなく、(これから述べるように)これをひとひねりしたものだ。区別のため、物理や化学で言う気体定数のことを気象学では「普遍(universal)気体定数」と言う。記号としては「R*」を使う人もいるが、星印は文脈によってさまざまな意味に使われるので、ここではそれを避けてuniversalの省略形をつけた。

式(1)で、p は圧力、V は体積、n はモル数、Tは温度(絶対温度)だ。

物理量の名まえと単位の名まえにうるさい人は、「モル数」はまちがいで「物質の量」と言うべきだというだろう。しかし「物質の量」という用語は一般的すぎて特定の意味をもった学術用語としては使いにくい。このわかりにくさのもとは、「モル数」が分子数の代役として現われていることだ。ここで、分子・イオンなどの粒子の数のことを「分子数」と表現しておく。(「粒子」という用語も一般にいろいろな意味に使われるので「粒子数」という表現はうまくない。) 分子レベルで考えれば、式(1)よりも次の式(2)のほうが基本だ。

p V = N kB T ... (2)

式(2)で、N は分子数、kBはBoltzmann定数だ。ただし、kBは人間の五感でとらえられるよりもずっと小さい物理量だ。kBとAvogadro定数 NAとの積 Runivのほうが人間には身近になる。

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さて、大気の話に進もう。

【「大気」と「空気」という用語には意味の重なりがある。物質として見るときは「空気」、地球をとりまく物体の層として見るときは「大気」が適切だろう。今の文脈ではどちらが出てきても同じ意味とお考えいただきたい。】

幸いなことに、現在の地球の大気は、理想気体で近似してさしつかえない。ここで「現在の地球の」とことわったのは、たとえば金星の大気(の下層)や、地球の海になった水が気体だった時代(地球の初期にあったと考えられている)の水蒸気大気は、密度が大きいので、理想気体の近似が成り立たないからだ。

したがって気象学でも(1)または(2)の式をそのまま使えばよさそうだが、実際には違う形が使われている。それは、気象学では空気の単位質量あたりで考える習慣があるからだ。単位質量あたりの体積(「比容」ともいう。「比-」は多くの場合「質量あたりの」を意味する)をα [アルファ]、1モルあたりの質量を M として式(1)を変形すると次のようになる。

p α = (1/M) Runiv T . . . (3)

密度ρ [ロー]は単位体積あたりの質量だから、αの逆数だ。また、空気の組成が一定とみなせるならば、(Runiv/M)は定数とみなせる。それを気象学では「気体定数」と呼び、「R」で表わすのだ。空気についての気体定数だから、ここでは「Rair」と書いておこう。これを使って式(3)を次のように書きかえることができる。これが、気象学でふつうに使われる大気の状態方程式の形だ。

p = ρ Rair T . . . (4)

式(3)で出てきた M は、大ざっぱに言うと「空気の分子量」だ。ただし、実際に数値を入れるまでには2つ注意することがある。ひとつは単位のこと、もうひとつは空気が混合物であることだ。

SI単位系には、歴史的理由によってややこしいところがある。M は 1モルあたりの質量だから、そのSI単位は kg mol-1だ。Mの数値は「1モルあたりのキログラム数」だ。ところが、分子量は理論的には1分子の質量の1個の炭素12原子の質量に対する比 かける 12であり、1モルの質量は1グラムに分子量をかけたものだから、分子量は「1モルあたりのグラム数」なのだ。そこで103 (千) という単位換算係数が必要になる。たとえば、窒素分子N2の分子量を 28 と近似するとすれば、その M は 28×10-3 kg mol-1となる。同様に酸素分子O2のMは32×10-3 kg mol-1となる。

【気象学の教科書のひとつ、小倉 (1999)の3.1節では、分子量や普遍気体定数(その本の表現では「一般気体定数」)の単位をモルではなくキロモル(kmol)を使って構成することによって換算係数を避けているが、その結果、分子量や普遍気体定数の数値が物理・化学でふつうのものと違ってしまっている。浅井ほか(2000)の3.1節では普遍気体定数はキロモルを使って構成しているが分子量は化学の標準的表現にしたがっており、式にすなおに数値を入れたのでは正しい答えが得られないおそれがある。他の教科書はまだ確かめていないが、この件の表現は統一されていないと思う。】

現実の空気の組成は厳密に一定ではないが、対流圏・成層圏に関する限り、水蒸気の割合は場所や時によって変動するけれども、その他の主成分である窒素・酸素・アルゴンの相対比率は一定とみなしてよい。(オゾンの割合も変動するがこれは空気全体に比べればわずかだ。) そこで、空気を「乾燥空気」(dry air)と水蒸気との混合物とみなすことがよくある。この場合の「乾燥空気」は日常の意味での「かわいた空気」ではなく、水蒸気がまったく含まれない理想的なものであることに注意してほしい。さらに、現在の地球大気では(気象学で扱うスケールでは)、水蒸気の濃度は多いところでも0.05 (50 g/kg)程度なので、あまり精密でない計算をするときには、空気の分子量を乾燥空気のもので代用してしまうことも多い。そうすると、上の「空気についての気体定数 Rair」は、「乾燥空気についての気体定数 Rdry」で代用されることになる。

【乾燥空気と水蒸気の混合の表現については、別の記事で扱う。】

乾燥空気の1モルあたりの質量 Mdryを、窒素4:酸素1の比率で概算すると29×10-3 kg mol-1となる。Rdryは Runiv/Mdryで計算すればよい。ただし、ここでの4:1は有効数字1桁の概算にすぎない。小倉(1999)の「付録3」や浅井ほか(2000)の付録A.2の「乾燥空気」の部にある Rdry = 287 J K-1 kg-1という数値(有効数字3桁)のほうが確かだと思う。

文献

  • 浅井 冨雄, 新田 尚, 松野 太郎, 2000: 基礎気象学。朝倉書店。[読書ノート]
  • 小倉 義光, 1999: 一般気象学(第2版)。東京大学出版会。[読書ノート]