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西風は東向きの流れ

「西風」とは西の方角から吹いてくる風だ。「東風」「南風」「北風」も同様だ。この表現は、気象学者・気象実務家だけでなく一般の人も使うので、方言ではなく共通語というべきだろう。

しかし、風は空気の流れだ。一般に流れの向きをどう表現するか、さらに一般化してベクトル量の向きをどう表現するか考えてみると、ふつう「東向きのベクトル」のように言うだろう。これは「東へ向かうベクトル」のことなのだ。「西から来るベクトル」とはあまり言わない。風に関する表現が、ベクトル量のうちでは特殊なのかもしれない。

気象むらと隣の海洋学むらとの区別はあまりなくなっている。両方にまたがって生活している人も多い。しかしこの件に関しては境目を意識する。風向の風速の東西方向成分の分布図を作れば、西風が吹いているところには「西」あるいは英語の頭文字で「W」という印をつける。海上で西風が吹いているところでは、海流もそれと同じ向きに流れているところが多い。【単純に風にひっぱられてそうなるわけではないのだが、それを説明しようとすると海洋物理学の講義になってしまう。】 ところが海流の分布図ではそこには「E」と書いてある! 東に向かう流れだからなのだ。

英語では、西風は「westerly wind」、東向きの海流は「eastward current」のように、「-ly」と「-ward」を使いわける。「Eastward」は「東側の」という意味のこともあるが、「current」や「flow」と組み合わされたときには「東に向かう」という意味になる。気象でも「eastward」を使わないわけではない。台風や低気圧【「低気圧」の話は[4月9日の記事]参照】のような大気中の構造が動いていくときには「moving eastward」、日本語では「東進する」のような表現をする。ただ、風つまり空気自体の動きについては、そういう言いかたをしないのだ。

なお、気象学や海洋学を勉強したことのない人は、このように「-ly」と「-ward」を使いわけるとは限らない。たとえば「westward wind」「easterly current」「west flow」のような専門家が使うはずのない表現が出てくれば、「著者はベクトルの元と先のどちらの方向を示したのだろう」と、その場で考えて、文脈から推測できることが多い。しかし、たまたま専門用語と同じ形になっていても、専門家と違う使いかたをしていることもありうるので、注意が必要だ。

なぜ、風と海流で表現の違いが生じたのだろうか。風の向きの示しかたは、人が止まっているところに空気が来るという感覚でできてきたのだろう。北半球の温帯では、北風は寒く、南風は暖かい傾向がある。「ここ」よりも寒いところから来た風か暖かいところから来た風かに関心が向く。海流の場合、外洋で海流を認識する人はふつう船に乗っている。船は、動力も帆(したがって風力)も使わなければ、海流とともに流される。流される先の方角に関心が向くだろう。ただし、「暖流」「寒流」という用語もある。これはおそらく沿岸の一地点に止まった視点で、海流が「ここ」よりも暖かいほうから来るか寒いほうから来るかを問題にしているにちがいない。

さて、気象でも海洋物理でも、南北半球に通用する理屈を述べようとするとき、東西の役割は変わらないが、南北の役割は逆になる。「北風」「南風」のような表現は、いちいち読みかえなければならないので不便だ。このとき、行き先の方向を示す表現ならば「赤道向き/極向き (equatorward/poleward)」のようなものがある。「赤道側からの」「極側からの」のような意味の「-ly」のたぐいの英語表現は見あたらないし、日本語でもそのような表現はあまりしないようだ。【温帯での、ある限られた文脈では、「polar」と「tropical」が「極側からの」「赤道側からの」に相当する意味に使われることがある。しかし、polarとArctic/Antarctic、tropicalとequatorialを区別する文脈もある。】

風向を数値で表わすときの習慣も、ベクトル量一般と違うので注意が必要だ。風向は、北から(上から見て)時計回りにまわる角度で示す。北風は0°、東風は90°、南風は180°、西風は270°ということになる。ただし無風と区別するため北風を360°で示す習慣もある。ところが、気象学では北を上にした地図をそのままx-y平面であるように考えることが多いのだが【座標軸のとりかたは[4月9日の記事]参照】、ベクトルの偏角の標準的表現は、x方向から反時計まわりの角度だ。こちらに従えば0°が東向きの流れつまり西風、90°が北向きの流れつまり南風ということになる。考えかたがわかれば、換算式を作ることはむずかしくないが、瞬間的な直観に頼ろうとするとよくまちがえる。