渦(うず)ということばは、気象学では、大きく言えば二つの違った意味に使われる。英語で言えば、一方は vortex、他方は eddy である。どちらも、気象に限らず、流体の運動にかかわる多くの分野で使われることばであり、ここで述べることの多くは気象以外の分野にも共通だろうと思うが、ここでは気象での使いかたに即して述べる。Eddyのほうについて[教材ページ]を書いたので、あわせて見ていただきたい。
日常語の「渦」に近いのは vortex のほうだろう。こちらはふつう、連続した流体の一部分で、流れが明確な環状をなしているような構造をさす。渦は、変形したり、流されて移動したりしてもよいのだが、流れが渦をひとまわりする時間に比べて桁違いに長いあいだ持続するだろう (そうでないと、渦として認識されないだろう)。
たとえば、台風はこの意味の渦である。(単なる渦ではなく、積雲対流と結合して相互に強めあうような構造であるが。) たつまきもこの意味での渦である。
なお、vortex はこれと関係はあるが少し違った意味に使われることがある。「渦度」ということばがある。(音読みで「かど」という人もいることはいるが、「うずど」のほうがふつうだ。) 英語では vorticity で、vortexと同じ系列のことばだ。実際、上の意味のvortexがもつ性質に対応する数量とも言えるのだが、空間について局所的に(速度の空間座標による微分によって)定義された量であり、空間的に広がりをもった環状の構造があることを指定するものではない。そして、文脈によっては、渦度をもつ運動をすべて渦(vortex)と呼ぶこともある。
Eddyのほうは、流体の運動を時間または空間の規模で大まかなものとこまかいものに分けたときに、こまかいほうのあらゆる運動をさす。環状をなしていることも、渦度があることも必要としない。
数量を扱う文脈で eddy が出てくるとき、それは、流速やそのほかの物理量を、時間または空間のある区間で平均した量と、そこからのずれ(偏差)に分けたときに、その ずれ のほうをさしている。ずれ自体は deviation であり eddy とは言わないのがふつうだが、平均量の変化を説明する方程式のうえで、ずれどうしの積の平均を含むような項を、eddy term(s)という。
これは、こまかい運動を乱流とみなして扱うときによく使われる。運動方程式で、流速の平均からのずれどうしの積の項は、粘性項に似た働きをするので、eddy viscosity (渦粘性)ということばがある。微量成分の濃度の変化の式で、流速と濃度とのそれぞれの平均からのずれの積の項は、拡散に似た働きをするので、eddy diffusion (渦拡散)ということばがある。
気象では、大気の循環のうち、いちばん大まかな、時間平均・かつ・東西全経度平均(zonal平均)で表現できるものだけを平均場とみなし、それ以外をすべて eddy とみなすような扱いをすることもある。その観点では、北半球の夏のモンスーン循環や、北半球の冬の中高緯度に定常的に存在する波長1万kmほどの「プラネタリー波」なども、eddyのほうに分類される。このような用語の使いかたは気象以外の分野の人にはわかりにくいかもしれない。