macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

日射量、全天日射、直達日射、散乱日射、日照時間

日射」と「日照」はどちらも、気象の話題によく出てくるが、(あとに述べるように)それから派生した数量はしっかり定義されているものの、それ自体はあまりしっかり定義されていないことばだ。どちらも、放射 ([2012-07-05の記事]参照) のうち、太陽放射、別名「短波放射」(この用語については [2012-04-24の記事]参照)に関連していることは確かだ。英語で「日射」と「太陽放射」にあたるのは同じ solar radiation だ。

日射量」といえば、太陽放射の単位面積・単位時間あたりの量、つまりエネルギーフラックス密度 ([2012-04-27の記事]参照) をさす(と言いきってよいとわたしは思う)。(専門用語では「放射照度」(irradiance)と書かれており、これとエネルギーフラックス密度の概念を区別して述べようとするとやっかいだが。) SI単位はW/m2 (ワット毎平方メートル)だ。

ただし、瞬間値ばかりでなく、1日とか1か月とかの期間で集計した量を示したいことがある。それも単位時間あたりの平均値と考えればW/m2で表現できるのだが(わたしはそうしているが)、時間に関しては累積量として示されることもある。そうすると量の次元が放射照度やエネルギーフラックス密度とは違うものになってしまう。その場合の単位はSIならばJ /m2だ(桁数を適当にするためにメガやギガをつけた形をとることが多い。またJの代わりにcalやkWhなどのSIでない単位が使われたのも見られる。) どういう期間での累積値であるかをあわせて示さないと意味がない。この事情は、降水量([2012-04-27の記事]参照)の場合とほぼ同様だ。

日射量という用語が使われるおもな文脈は、大きく分けて、地表に達する量をさす場合と、「大気上端」(この用語も説明を要するが、ひとまず、「これより上には放射の吸収・散乱に関与する大気成分はないとみなせる高さ」と考えておく)に入射する量をさす場合がある。

大気上端に入射する日射量(英語で insolation ということばはこれをさすことが多い)は、いわゆる「太陽定数」([2012-04-29の記事]参照)をひとまず定数とみなせば、地球の公転と自転に関する基本的数値をもとに幾何学的計算で数値を得ることができる。その主要な変化は、日変化、年変化と、地球の公転・自転の軌道要素の変化に伴う2万年から10万年の周期帯の変化(いわゆるMilankovitch forcing)である。

地表に達する日射量は、大きくは大気上端に入射する日射量に支配されるが、大気中の雲やエーロゾルによって複雑に変化する。この数値はおもに観測によって得られるもので、その観測機器が日射計と呼ばれる。水平面に対して上側の半空間からくる太陽放射の放射照度(地表面の単位面積あたり・単位時間あたりのエネルギー量)が全天日射量であり(英語ではglobal solar radiation、このglobalは半空間の全方向を含むということであって、全地球規模という意味ではないことに注意)、それを測定する機器が全天日射計である。

日射(全天日射)は直達日射(direct solar radiationまたはsolar beam)と散乱日射(diffuse solar radiationまたはsky radiation)に分けることができる。直達日射は、太陽のほうからの方向を保って伝わってきた光である。輪郭のはっきりした日影ができるのは直達日射がある場合だ。散乱日射は方向性が明確でない光である。「空が青い」「雲が白い」と認識されるのは散乱日射によるものだ。方向性が明確でないのは、光が大気分子や雲・エーロゾル粒子による散乱(scattering)を受けた結果なので、散乱日射という表現はもっともだが、「散乱を受けた」ことが定義ではない。全天日射は直達日射と散乱日射を合わせたものである。ただし、数量としては、直達日射量は(水平面ではなく)太陽と観測点を結ぶ線に垂直な面の面積あたりで考えるので、「全天日射量 = 直達日射量×cos(太陽天頂角) + 散乱日射量」という関係になる。

日照(英語では sunshine)ということばがさすものは、ほぼ直達日射に対応する。ただしエネルギーフラックス密度などの物理量として定義されておらず、定性的なものとしてとらえられているようだ。【人にとっての明るさを考える専門分野では、(放射照度ではない)「照度」(単位はルクス)による定量的扱いがあるかもしれないが、わたしは知らない。】

気象観測機器のひとつとして、日照の有無を記録する機器が作られ、日照計(sunshine recorder)と呼ばれた。日本では感光紙を使ったJordan型、他の多くのアジア諸国では紙をこがす方法によるCampbell-Stokes型が使われてきた。最近は、太陽電池を使うものや、焦電素子を使うものがある。日照計は日射計よりもメインテナンスがしやすいので、多数の地点に配置されてきた。

日照計の記録で、日照があると判定された時間(典型的には、それぞれの日(day)のうちで何時間(hour)か)が日照時間(sunshine duration)として報告された。現在有効な、WMO (世界気象機関)による日照時間の定義は、2003年に改訂されたもので、「直達日射量が 120 W/m2をこえる時間区間の合計」である(WMO, 2008/2010, 8.1.1節)。従来の日照計による日照時間も、近似的にこのようなものだと考えてよさそうだが、詳しくみると、機種や読み取り技法によって少しずつ違った感度をもった測定値である。

日照計の詳しい観測記録が残っていれば、その機器の時間分解能の限りで、各時刻の日照の有無を論じることも可能ではある。しかしそのような日照のデータをつくることは気象現業の仕事になっておらず、特別な研究の場合に限られる。したがって「日照時間」でない「日照」は標準化された気象要素名になっていない。

文献