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発散・収束

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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「発散」(英語ではdivergence)と「収束」(convergence、日本語では「収斂」[しゅうれん]ともいう)は、気象に限らず、流れやベクトル量に関するいろいろな話題に出てくる用語だが、気象での意味に限っても、いくらかの幅をもっているので、ここでは、それを整理することを試みたい。

全部というわけではないが多くの場合、発散と収束は正反対のことがらだ。数量であらわせる場合には、発散の値が負であれば収束がおきているのだ。「収束の値」と書かれていたら、たぶん、発散の値を、正負の符号だけ逆につけかえたものだろう。

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直観的には、収束とは流れが集まってくること、発散とは、その逆に、ひろがっていくことをさしている。

これは、流れがはげしく変化しているときは認識しにくいのだが、定常の流れが継続していれば(厳密に定常でなくても、そのように近似できれば)、「流線」を考えると、認識しやすい。並行している流線どうしのあいだが狭まっていく場合が収束で、広がっていく場合が発散なのだ。ただし、この意味での「収束」に対応する英語は confluence だと思う。そうするとその反対の「発散」は diffluence になるはずだが、わたしはその単語に出会った記憶がない。

流れの形をさして convergence ということばが使われることもあり、日本語ではこれも「収束」となる。これと confluence が区別して使われているのか、わたしにはよくわからない。流れが集まってくる場合には、並行した流線の間が狭まる形のほかに、はっきり違った方向からの流れがぶつかって急に向きを変える場合もあり、後者は convergence ではあるが confluenceではないのかもしれない。

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定義のはっきりしている定量的な「発散」は、ベクトル解析 (ベクトルの微分積分が出てくる応用数学の分野)での微分演算子だ。これは一般には任意の次元のベクトルに使えるのだが、物理、とくに流体力学および電磁気学への応用にともなって発達してきたので、3次元または(その単純化として) 2次元の空間のベクトル場について使われることが多い。

3次元空間に直交直線座標(x, y, z)を設定し、ベクトル量 v = (u, v, w)が座標値(x, y, z)によって連続的にちがう値をとるようなベクトル場があるとする。[太字のvをベクトル、細字のvをその成分に、区別して使っていることにご注意。] vの発散は

div v = ∂u/∂x + ∂v/∂y + ∂w/∂z

である。また、∇ [nabla] という演算子

∇ = (∂/∂x, ∂/∂y, ∂/∂z)

を使えば、div v は ∇・v (∇とvとの内積)の形に書ける。

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ここまでは v を一般のベクトル量としたが、流体力学や気象学の話で、(「なになにの発散」ではなく、単に)「発散」と言った場合は、vとして(各座標位置にある)流体がもつ速度(流速、風速)ベクトルをとった場合の div vをさす。

一般には流体の流れには発散があるが、理論や数値モデルでは、「発散なし」を仮定すると理屈が簡単になるので、それですむならば、そう仮定することがよくある。

大気中の現象のうちでは、音波は流速の発散がなければ存在できない。しかし、気象学的関心のある多くの現象は、基本方程式(運動方程式・質量保存の式・エネルギー保存の式・状態方程式の組)から音波を消去するように制限を加えたもの(「非弾性方程式系」と呼ばれることがある)でも表現できる。

非弾性系の大気にも発散はあるが、それは、圧力・温度の変化に伴う体積変化によるものに限られる。同じ質量の空気のもつ体積は大気中の高さによってあきらかに違うので、大気は発散なしの流体とはだいぶ違う。

しかし、静水圧平衡([2012-03-29の記事])がよい近似で成り立っていることを前提とすれば、鉛直座標として気圧をとった「p座標系」([2012-04-09の記事])を使うと、座標変換された空間(p空間)での基本方程式は発散なしの流体のものと同じ形になる。p空間での空気の「密度」(p空間の体積あたりの質量、実際にはこれを密度とは呼ばない)が一定である、とも言える。これによって、発散なしの流体の力学を、大気の力学に応用できることが多い。

p空間での鉛直速度 d p / d t をω (オメガ)と書く。ωは下降流で正、上昇流で負となる。p空間での発散がゼロであることは次のような形で書ける。(ここでは記号divに(x, y, p)座標で考えていることを示す添え字をつけておいたが、ふつうは単に div または「∇・」と書かれている。)

divxyp v = ∂u/∂x + ∂v/∂y + ∂ω/∂p = 0

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4節では、3次元の速度とその発散について述べた。しかし、大気にとって鉛直方向は特別な方向だ。大気の厚さ(鉛直の空間規模)は水平の空間規模に比べて桁ちがいに小さい。したがって、流速の鉛直成分の大きさは、水平成分に比べて桁ちがいに小さいことが多く、直接測定がむずかしい。大気の流れ、つまり「風」は、水平2次元のベクトルとして認識されることが多い。

水平2次元の発散(略して「水平発散」)は

divH vH = ∂u/∂x + ∂v/∂y

のように書ける。(3次元との区別のために、「水平」にあたるhorizontalの略のつもりでHを添えておいたが、2次元だけが出てくる場合はそのような配慮がされないことが多い。)

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4節のp座標での3次元の発散の式を見ればわかるように、水平2次元の発散・収束と、鉛直流とは密接な関係がある。

それは流れが自在に変化しても成り立っているはずだが、説明しにくい。説明しやすいのは、流れの場が定常である、つまり、流速が位置座標の関数だが時間によっては変わらない、とみなせる場合だ。厳密に定常である必要はない。ある構造がたもたれていれば、それがゆっくり移動したり、発達したり、減衰したりしていてもよい。

台風(一般的には熱帯低気圧だが、この表現で代表させる)はそのわかりやすい例だ。台風の中心付近を大局的に(水平規模100kmくらいをならして)見ると、地表付近から対流圏の上端付近まで、上昇流がある。そして、地表付近には、水平収束があり、対流圏の上端付近には、水平発散がある。もし地表付近の水平収束だけがあれば、中心付近に空気の質量がたまり、気圧が高くなっていくだろうが、実際には空気の質量は、上昇流によって上に移動し、上層の質量発散によって周辺に出ていくので、質量の流れが準定常的に維持されているのだ。(摩擦があるのに流れが持続することが可能になっている熱機関的なしくみ、その中では摩擦が不可欠な役割を果たしていること、などについては、台風のしくみに関する解説書を見ていただきたい。)

温帯低気圧の構造は台風とは違いがあるが、中心付近に、上昇流、下層の水平収束、上層の水平発散、の組があるという基本は同様だ。

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2次元のベクトル場は、「発散成分」と「回転成分」に分けることができる。流れの場について述べれば、流速の水平2成分の場を、水平発散 divH vHと「渦度」[うずど]([2015-07-01の「渦」の記事]にも出てきた)という2つの量(方向性をもたない量、スカラー量)の場に置きかえて考えることができるのだ。このほうが、流れの力学を考えるときには見通しがよくなることが多い。

ここでいう渦度は、次の式のζ[ゼータ]だ。

ζ = ∂v/∂x - ∂u/∂y

【これをスカラー量と言ってしまうのは乱暴かもしれない。3次元空間での渦度は、3次元の任意の方向の軸のまわりの回転を考えることができるから、本来は方向をもった量で、ベクトルと似ているが少し違うので「軸性ベクトル」と呼ばれる分類に属する。(広くはテンソルに含まれるらしいがわたしは確認していない。) 直交直線座標で表現すれば、「x軸のまわり」「y軸のまわり」「z軸のまわり」の成分があるのだ。ζは、渦度の鉛直軸(z軸)のまわりの成分なのだ。そのことを意識して「渦度の鉛直成分」、それを略して「鉛直渦度」と言われることもある。他方、「水平渦度」と言われることもあるようだ。「水平発散」と組で出てくることが多く、水平2次元の流れに見られる特徴でもあるので、まちがいとは言いきれないが、軸から考える人の誤解を招くので避けるべき表現だ。気象の話題で現実的には、単に「渦度」という表現にして、最初に出てきたときに「鉛直軸まわり」のものであることをことわるのがよいと思う。】
【なお、気象学ではふつう、地球(の固体部分)とともに回転する座標系で考える。風速は地球に相対的な速度なので、ζは地球に相対的な渦度ということになり、「相対渦度」と呼ばれることがある。地球の回転も含めた渦度を「絶対渦度」という。】

2次元の流速の場は、発散があるが渦度がゼロである「発散成分」と、渦度があるが発散がゼロである「回転成分」とのたしあわせで表現することができる。そして、発散の場がわかれば発散成分がわかり、渦度の場がわかれば回転成分がわかる。(そこでは、空間座標に関する微分方程式積分することになるので、境界条件が必要だが。)

地球の大気や海洋では、水平規模に比べて鉛直規模が浅い層であることと、地球が自転していることのせいで、水平規模の大きな運動ほど、回転成分が主になる傾向がある。温帯の大気中について言えば、水平規模が千kmの現象では、回転成分が発散成分よりも1桁以上大きい。水平規模が1 kmの現象では、回転成分と発散成分が同程度の大きさになる。熱帯でも、温帯ほど大きな差がつかないが、水平規模の大きい運動では回転成分が優位であることが多い。

台風を地上気圧で見ると、水平規模が数百kmの同心円の構造に見える。この規模で見れば、主役は回転成分だ。実際(といっても渦度や発散は直接観測できる量ではないので物理法則の助けを借りた「データ同化」の結果を見るのだが)、渦度は気圧でみた中心の付近に円形に分布している。

気象レーダーは雨粒を見ている。台風に伴う雨の分布は、同心円状ではなく、渦巻きながら中心付近と周辺とをつなぐ複数の弧状の帯になっている。これはレインバンド(rain band)と呼ばれることがある。その長さは百kmの桁だが幅は十kmの桁だ。データ同化の結果によれば、台風に伴う水平発散の分布は、このレインバンドに対応しているように見える。たぶん現実にそうなのだと思う。

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ここまでは速度(流速、風速)の発散について見てきたが、ベクトルの演算子の div はあらゆるベクトル場に適用できる。電磁気学にはいろいろな応用例がある。

気象学では、「質量のフラックス」や「エネルギーのフラックス」([2012-04-27の記事])について、発散・収束を考えることが多い。ただし、気象学で「フラックス」は「フラックス密度」つまり単位面積あたりのフラックスをさす場合が多いのだが、「フラックスの発散・収束」というときの「フラックス」は本来の意味であることが多い。

たとえば、水平2次元の水蒸気の移流(advection、[2012-05-28の「対流」の記事]参照)を考えるならば、水蒸気の質量に水平風速をかけたものが、移流による水蒸気フラックスになる。これの水平発散を考えるのだ。移流によって水蒸気が集まってくる状況を想定して、正負の符号を変えて「水蒸気(水平移流)フラックスの収束」を論じることが多い。現実には、水蒸気量も風速も高さによって違うので、高さごとの水蒸気フラックスの収束と、鉛直積算した水蒸気フラックスの収束という、関連はあるが物理量としての次元の違う量を扱う必要がある。

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天気図(気象要素の分布を表示した地図)に見られる現象の記述として、「収束線」(convergence line)、「収束帯」(convergence zone)のような用語が使われることがある。これは「前線」([2012-06-15の記事])の同類だが、前線がおもに両側の気温の違いに注目した概念であるのに対して、収束線は風速ベクトルの違いに注目した表現だ。この「収束」は2節で述べた意味で、風が線の両側から集まってくるような状況をさしているが、5節で述べた水平発散が負であるという意味も含まれていると思う。(両側から風がぶつかっても、線にそって速く流れていけば、発散はゼロあるいは正であることもありうるのだが、そのような状況は収束線とは言わないと思う。)

気候学の用語としてIntertropical Convergence Zone (ITCZ、熱帯収束帯)というものがある。これはもともと、北半球の北東貿易風と南半球の南東貿易風がぶつかるところという考えでできた用語だと思う。しかし近ごろはむしろ、(赤道から南北緯度10度くらいのうちで)雨をもたらす積雲対流が起きやすい地帯、という意味で使われることが多い。

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「収束」「発散」は数学用語にもある。数列が極限値に接近していくとき収束するといい、だんだん値が離れていくとき発散するという。

気象で使われる数値シミュレーションでは、微分方程式を差分近似することが多い。差分近似ともとの微分方程式とのくいちがいが(数列に関する意味で)収束すればシミュレーションは意味のある結果を出せるが、発散してしまうと近似として役にたたない。シミュレーションの現場で「収束」「発散」は(大気の運動についてではなく)このような技術的な意味で使われることもある。

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「蒸発散」ということばがある。これは、水の蒸発(evaporation)に関する表現のひとつだ。植物の葉の気孔からの蒸散(transpiration)を、その他の蒸発と区別して考える立場に立ちながら、蒸散と(その他の)蒸発とを合わせたものをさして、evapotranspiration、日本語では「蒸発散」ということばが使われる。(なお、わたしは、蒸散は蒸発の特殊なものだという立場に立ち、あわせたものを「蒸発」と書いている。)

「蒸発散」は「発散」を含むことばではない。ただし、transpiration に対する日本語が「蒸散」に定まるまでに「発散」と表現されたことはあるようだ。