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「気候変動」か「気候変化」か「地球温暖化」か

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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わたしはこのごろ「地球温暖化」を話題にすることが多い。これはもともと英語のglobal warmingの訳語だろう(したがってここでの「地球」は「全地球規模の」なのだ)。しかし近ごろ英語圏でこの話題はclimate changeとして示されることがふえてきた。日本語でも「気候変動」と言うべきだ、という人もいる。その理屈のうち少なくとも「温度が上がるだけの現象ではない」という点はもっともだ。しかし、わたしは簡単にはそれに従えない。「人為起源気候変動」ならばよいと思うのだが、長いので(そして「人気変」[2010-08-15の記事]などと略すのも変なので)、短めの「地球温暖化」が捨てられないのだ。

「変動」と「変化」とは同じなのかちがうのか、という問題もある。わたし自身、この用語については一貫した態度がとれなくて、その場ごとに、ここでは区別する、ここでは区別しない、と、ことわることにしている。この件はあとで考えることにして、それまではひとまず区別しないでおく。

用語がさす対象の広がりを考えておく必要がある。

気候は時間とともに必ずしも一定でなく、変動・変化するのだ。「気候変動」ということばのすなおな意味は、その変動をすべて含む。

ただし、「エルニーニョ・南方振動 (ENSO)」に代表される天候年々変動を気候変動に含めるかどうかは、約束として決めておく必要がある。気候ということばの定義は統一されていないが、ここでは、大気や海洋などの状態の(季節を区別した)数十年間の統計であらわされるようなものをさすとしてみよう。WMOや気象庁で使われる「平年値」が30年平均値であることを、気候の定義ではなく気候をあらわす量の代表例として採用しよう。すると、天候年々変動は、ひとつの気候の状態の内で起こっていることであって、気候が変動することではない、と考えられ、「気候変動」からははずすことができると思う。英語には「天候」に対応することばがないので事情がちがうのだが[注]、天候年々変動はclimate variationあるいはclimate variabilityであって、climate changeではないとするのがふつうだと思う。

  • [注] 英語で、climateとweatherを区別しようとするとき、季節ごとの天候をclimateに入れる人と、weatherのほうに入れる人がいる。どちらが正しいか争っても不毛であり、それぞれの文脈での意味の広がりをおさえる必要がある。

ところが、1992年に締結された国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)では、climate changeを次のように限定された意味に使うことにしてしまった。さらに日本政府がその訳語を「気候変動」としてしまった。

第一条 定義
この条約の適用上、
2. 「気候変動」とは、地球の大気の組成を変化させる人間活動に直接又は間接に起因する気候の変化であって、比較可能な期間において観測される気候の自然な変動に対して追加的に生ずるものをいう。

これは、「この条約の適用上」の定義であることに注意してほしい。また、この条文で「気候の変化」ということばは広い意味で使われていて、そのうちに「気候の自然な変動」と「人間活動に起因する気候の変化」があって、その後者のうちさらに「地球の大気の組成を変化させる人間活動に起因する気候の変化」をとりあげているのだ。

条約の外でも、条約の用語を使うことにはそれなりの正当性があるが、「気候変動」ということばをもとの広い意味(条約での「気候の変化」に対応)で使うことにも正当性がある。その場ごとに対象の広がりを確認しなければならなくなった。

なお、1988年に発足した気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、climate changeを原因別に分けない意味で使ってきた。しかし、IPCCの課題は人間活動に起因する気候の変化なので、climate changeがそれに限定されて使われている文脈もある。

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IPCC発足からでも30年近くたつので、そのあいだに、英語圏の用語にも変遷があるようだ。Google N-gramで調べてみた。

  • 材料がGoogle社がディジタル化した本であること
  • 詳しい定義は省略するが、文字列の出現をかぞえたものであり、意味は考慮していないこと
  • グラフの横軸は本の発行年であること (文章が書かれた年はもっと古い可能性もある)、そして2008年で終わっていること
  • 縦軸は同じ発行年の本にある文字列のうちでの相対値であること

に注意してほしい。

"climate change", "climatic change", "global warming", "greenhouse effect" の出現を見た。(図は2016年9月16日の実行結果。)

最近(2008年)は、このうち climate change がいちばん多い。

しかし、1990年ごろは、climate changeとglobal warmingがほぼ同じ数で、greenhouse effectのほうがやや多かった。その後、climate changeはふえ、global warmingはあまり変わらず、greenhouse effectは(相対値として)減った。

なお、区別して読むのがむずかしい微妙な違いだが、かつてはclimatic changeという形のほうが多く使われたのが、1990年ごろからclimate changeのほうが多くなっている。

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日本語では「変動」か「変化」かという問題がある。

わたしの記憶にあるのは次の件だ。2007年にIPCCの第4次評価報告書が出たときに、気象庁は第1部会報告書の日本語訳で「気候変化」という用語を使った。しかし、その後、環境省による第2部会報告書や、経産省関連団体による第3部会報告書の訳では「気候変動」とされた。統合報告書をつくるにあたって、第1部会の部分も「気候変動」に統一することになった。

第3次以前も、気象庁は、IPCC報告書のclimate changeを「気候変化」としていた。しかし、さらにさかのぼると、1981年に「気候変動対策室」をつくったころ気象庁が使っていた用語は「気候変動」だった。

その他のところでどのような用語が使われていたか、自分では調べきれていないのだが、(わたしの師匠のひとりである) 松野太郎さんが2013年に作成した資料があるので、著者の了解を得て、別ページ[「気候変化」と「気候変動」について (松野 太郎, 2013稿)]として公開する。徹底した文献調査ではないが、専門の教科書類や事典類の用語を見ている。その結果、IPCC発足よりも前の時期の状況はおよそ次のようなものだ。

  • 気候学者(地理学者に含まれる)は「気候変化」を使ってきた。
  • 気象庁や気象学者は「気候変動」を使ってきた。
  • 地質学者も「気候変動」を使ってきたようだ。

ただし、松野さんもふれているように、従来から、「変化」と「変動」が使い分けられる場合もある。対象となる期間が設定され、その間に気候の状態が一方向に移りかわる場合が「変化」、振動したりランダムだったりする場合が「変動」だ。

この態度をとると、IPCCでよくやるように、21世紀の初めから終わりまでの百年間を対象期間に設定すれば、予想される人間活動に起因する気候の変化には、「変化」という表現がふさわしい。わたしが最近読んだものの著者にも、そのように主張する人がいる。わたし自身も数年前にはそのように主張することが多かった。

しかし、地球史的観点に立って、たとえば百万年くらいの視野で見れば、化石燃料燃焼によって百年くらいの間に温度が上がり、それがおさまって数百年・数千年かかって温度が下がることまで含めて「変動」というのがふさわしいかもしれない。

なお、40億年あまりの地球史全体を通じた気候の変化をさす地球惑星科学者の用語は、気候の「進化」であることが多いようだ。わたしは、「進化」という用語はDarwin型の自然選択による進化に限定し、これは気候の「変化」または「変遷」と呼んだほうがよいと思っている。