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台風を操作することの実用化を期待してはいけない。研究も慎重に。

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2018年9月3日の読売新聞(東京) 1面の記事によれば、政府 (内閣府、文部科学省、経済産業省)が、「ムーンショット型研究開発制度」というものを始めることを、来年度予算の概算要求にもりこむ予定だという。

これはまだ政府のどの府・省の文書にもなっていないらしく、読売新聞の人が「政府関係者」から聞いたことだそうなので、内容については伝聞によるまちがいがあるかもしれないと思う。

ともかく読売新聞は次のように伝えている。

開発のテーマは「人々の関心をひきつける斬新で野心的な目標」(政府関係者)となる。例えば、(1)...、(2) 台風の洋上の進路を操作して日本上陸を回避する技術、(3) ... などだ。

もし、すでに「台風の進路を操作する技術を開発する」ことで政府の中枢の意志がかたまっていて、予算がとおりしだいそれの引き受け手を公募する、という段取りで進んでいるのならば、われわれは全力で「公募を始める前に考えなおせ」と言わないといけないと思う。

おそらく「台風」は例示にすぎず、この程度に既存技術から遠い課題という意味なのだと思う。そういう課題のうちには国費を投じて研究開発事業をやることが正当化できるものもあるかもしれないが、それであっても実用にいたる確率は低いのにもかかわらず研究開発を試みるということだから、高い確率で研究資金がいわば賭け捨てになってもよいという国民の合意が必要だと思う。

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この「台風の洋上の進路を操作して日本上陸を回避する技術」については、わたしは関連分野の専門家として、危険性を指摘しないといけないと思う。

現代の人間が技術を使い、エネルギー資源を使えば (おそらく、台風自体のエネルギーにくらべればわずかな量であっても人間社会にとっては大量なエネルギー資源を投入する必要があるだろうが)、台風の進路や強さに、ある程度の影響を与えることはできるだろう。しかし、思いのままに制御することは、見通せるかぎりの将来には、できないだろう。なりゆきによっては、操作しないよりも大きな災害をもたらす可能性もある。

【問題の構図を示すための仮想的な例として、ある台風の進路が、自然のままにしておけば、伊勢湾直撃となるものだったとする。そして、日本のずっと南の海上で台風の進路を東側にずらすような操作が可能だったとする。その操作の大きさを、進路が日本列島から 500 km ぐらい東をとおることをねらって決めたとする。しかし、操作の効果には不確かさがある。東にそらす効果が予想よりも小さめだったら、たとえば東京湾直撃になってしまう可能性もある。】

しかも、もし操作をしなかったら進路や強さはどうなるかに関する予測も、今後精度向上の努力をしたとしても、大きな不確かさを含む。だから、操作の効果があったかどうかの評価も困難だ。研究プロジェクトが成功だったかどうかも、いつまでも定まらないだろう。さらに、もし、日本の国の事業によって操作を受けた台風が、外国に被害をあたえ、被災国が日本に巨大な損害賠償を要求してきたら、日本は「それは操作のせいではない」と証明することはできそうもない。責任を確定しないまま賠償するか、長期的な国際関係悪化を招くか、いずれにしても、日本にとって大きな損失になる可能性もあるのだ。

本番の実施だけでなく、技術としてなりたちうるかたしかめるための野外実験も、副作用の可能性について、とても慎重にしなければならない。机上や計算機によるシミュレーションや、この技術が社会に与える影響やその対策についてのレビューは、奨励してもよいと思う。しかしそれは、実用に結びつくことを願うほうに偏った態度でやってはいけないと思う。

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2節で述べたような教訓は、Fleming (2010, 2012)の本(とくに第5章、第6章)で述べられているように、すでに20世紀なかばの気象の人工的改変の研究の過程で得られているのだ。

この Fleming の議論の要点は、National Research Council (2015)の報告書の Appendix C ( https://www.nap.edu/read/18988/chapter/11 ) 「Planned Weather Modification」にも収録されている。

  • James Rodger Fleming, 2010: Fixing the Sky: The checkered history of weather and climate control. New York: Columbia Univ. Press, 325 pp. ISBN 978-0-231-14412-4.
  • [同、日本語版] ジェイムズ・ロジャー・フレミング 著, 鬼澤 忍 訳 (2012): 気象を操作したいと願った人間の歴史。 紀伊國屋書店, 521 pp. ISBN 978-4-314-01092-4. [英語版読書メモ] [日本語版読書メモ]
  • National Research Council, 2015: Climate Intervention: Reflecting Sunlight to Cool Earth. National Academies Press. ISBN 978-0-309-31482-4. http://www.nap.edu/catalog/18988/ [読書メモ]