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台風にかかわる研究開発課題 -- 2014年の断片的経験の記憶

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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まえの [2018-09-03「台風を操作することの実用化を期待してはいけない。研究も慎重に」] の記事を書きながら思い出した。

2014年3月、内閣府主導の「ImPACT」http://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/about-kakushin.html の予算がついて、その「プログラムマネージャー」の公募 http://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/kakushintekikenkyu/pmkoubo.html があった。

【わたしは、科学技術行政に関する省庁間の調整役が必要であり、内閣府がその役割をしているのはもっともだと思う。しかし、内閣府に研究開発事業を「主導する」役割をもたせたのは、まずいことばかりだと思う。「科学技術行政の司令塔」という比喩を聞いて、当初はもっともだと思ったが、「火の見やぐら」ぐらいにしておくべきだったと思うようになった。この件は別の機会に論じたい。】

公募の文書には、内閣府側で考えているテーマが提示されてはいたが、それは漠然としたもので、研究開発事業としての目標は、応募する側が書いて審査されるのだった。つまり、この段階は、人を公募するという形をとっているが、どちらかというと研究課題(の大わく)を公募していたのだった。

そして、「ハイリスク」な課題を求めているという趣旨からすると、成果が実用化にいたらない可能性のほうが高いにもかかわらず、プログラムマネージャーとしては、実用化への道筋をつけられる人が求められていた。

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わたしが所属していた某法人は、これに応募する提案をつくろうとした。その法人は、基礎科学を研究する機関だ。地球観測・探査の機器については最先端の開発をするけれども、大きな産業につながるようなものではない。基礎科学のための探査でみつかった生物由来の物質や鉱物が結果として(外の企業で)産業につながることもあるけれども、それを意図して探査をしているわけではない。この法人にできる役まわりは、素材となる技術要素(いわゆる seeds )を提供することであり、実用化への道筋をつけるプログラムマネジャーは民間企業で実績のある人をさがす必要があるだろう。

某法人内では、経営企画の部署にいた たぶん文部科学省から現役出向で来ていた人が中心となって、数人の職員をあつめて案づくりをした。わたしもよばれて議論に参加したのだが、途中でこれは無理な注文だと感じて逃げ出した。だから、この法人が企業経験のあるプログラムマネージャー候補と組んで実際にImPACTに応募したのか、したならばその研究課題はどんなものだったのか、わたしは知らない。結果として採択されなかったことは確かだ。

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そのとき seed として使えそうだと期待された技術は、全地球を従来よりも細かい格子で覆う気象のシミュレーションだった。とくに台風の発生・発達の予測が、従来よりもだいぶ改善されそうだという見とおしがあった。

経営企画の人が、その seed と、内閣府の募集の漠然としたテーマ記述の裏にある、いわゆる「空気」(気象学の対象となる空気ではない)に合う、「ハイリスク、ハイインパクトな」研究課題として考えられるのは、台風を制御することだ、と言った、とわたしは記憶している。(ただしわたしのこの件の記憶は確かでなくなっている。)

わたしは、[2018-09-03の記事]の2節に書いたような議論をして、その提案だけは全力で止めた。

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台風の予報の精度がよくなって、被害を減らせるのならば、人間社会にとっては正味で大きな利益を得るのだから、研究開発事業の提案としては、それでよいはずなのだと思う。

しかし、これでは、「新しい産業をおこす」ということにはならない。気象庁をもうひとつつくる必要はない。気象庁が出す基礎的な予報情報をもとに、産業や生活に役だつ情報を提供する役割をする「天気予報産業」はすでにあるが産業全体にくらべればささやかなものであり、これが数倍に拡大したところで産業政策上はたいした成果にならない。

産業づくりでなくてもよいならば、ImPACTのテーマのうちにある「レジリエンス」または「自然との共生」に合う仕事はできそうだが....

研究体制を組むうえでのむずかしさがある。

台風の予報改善の研究をするならば、とくにそれを実用につなげたいならば、気象庁と組む必要がある。予報に必要な観測データの不可欠な部分が、世界気象機関(WMO)が調整機能をはたしている、世界の気象庁どうしのネットワークによって交換されているからだ。

ところが、日本の気象庁は、時限のある研究開発事業に参加することに、きわめて消極的だ。これは、基本的な観測と予報の事業の継続を最優先にしているからだ。時限の事業で予算規模がふくらんで、時限が終わったとき、基本的な事業の予算を削られる はめになるのをおそれる、気象現業機関としては正当なふるまいだと思う。

そのうえ、わたしがつとめていた某法人は、気象シミュレーションの基礎研究で、気象庁とはいわばライバル関係にあった。某法人がいい研究成果を出していれば、気象庁は某法人と組むのではなく、自まえで類似の研究をはじめる。基礎研究では、課題は同じでも複数のアプローチを並行してやったほうがよいことが多く、ライバル関係はむしろいいことなのだ。実用化に近づくと、並行投資はむだが多いので、しぼりこむことになる。気象庁はたぶん自まえの開発結果を使うので、某法人の開発が実用化につながる可能性は低い。(人ごと引き抜くという手はあり、某法人にとっては残念でも任期つきで雇われている研究員にとってはとてもうれしいことなのだが、気象庁は国家公務員の人件費わくにきびしくしばられているので、めったにこの手を使えない。)

人類社会のために役だつという考えにもとづけば、日本特有の現象を扱うわけではないのだから、日本の気象庁と組まなくても、外国(複数)の気象庁と組めばよい。台風の予測は、日本はなんとか(国際的データ交換は必要だが、予測計算は)単独でもできるが、これからは複数の国がいっしょにやる時代になるだろう。しかし、日本政府の事業として、日本の気象庁をさしおいて外国の気象庁に研究資金を出し、外国の気象庁が(ある意味で)日本の気象庁をしのぐ能力を得るのを助けるのは、政府内や国会で、とおりにくいと思う。日本の気象庁も参加する国際事業を始めるのがのぞましいと(わたしは)思うが(夢のような構想を[2016-04-01の記事]に書いた)、ImPACTのような時限の事業ですまない長期的な commitmentが求められることになる。

企業が台風をふくむ気象の予測技術を持って、独力でそれを実行することがむずかしい国の気象庁から業務を請け負う、という形はありうるだろう。(ここで「予測」は、「予報」の基礎資料をつくることをさしている。) ImPACT の体制で台風予測の研究開発をするとしたら、そういう産業を育成するという考えはありうるだろう。ただし、日本の企業でそれができるところがあるだろうか。潜在的にはあると思うが、それには、やとわれる人に対して、研究開発事業が成功すれば引退年齢(年金をもらえる年齢)まで気象予測の専門家で食っていけるし、失敗しても食いっぱぐれないという見とおしを示す必要があるだろう。日本政府の研究開発事業の予算では5年や10年の見とおししか示せない。

たくさんの国を顧客とするグローバル企業ならば、日本政府の「10年先は闇」の資金もひとつの資源として使うことができるだろう。ImPACTの開始よりもあとだったと思うが、IBMグループが気象予測事業に乗り出してきたそうだ。仮に、日本IBMが日本の企業としてImPACTに応募してきて、日本政府がその事業の成長を助ける、ということが、日本の税金の使いかたとしてのぞましいと判断されるのならば、そういう道はありそうだ。(IBMは一例で、そのライバル企業もあるのだと思う。)

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某法人内の議論は、海上に浮くプラットホームが、台風予測に基づいて早めに台風の被害を受けない海域に移動できる技術をもつ、という構想に移っていった。

海上には、太陽光、風力、波力、海流、温度差などの再生可能エネルギーの源もあるので、それを利用すれば、プラットホームはエネルギー面では自立できるはずだ。ただしエネルギー源の分布は一様ではなく時間変化もする。気象予測の精度が高まれば、エネルギーを得るのに適したところに移動することもできる。

わたしは抜けてしまったので、確認していないのだが、たぶん某法人は、このような趣旨の提案を用意してプログラムマネジャー候補者をさがし、ImPACTの公募に応募した(あるいは応募準備までした)のだと思う。

【ただし[ImPACT応募の議論では話題にしなかったと思うが]、このようなプラットホームで使いきれないエネルギーが得られても、陸上に運ぶのは簡単でない。再生可能エネルギーから得られた電力と、空気や水を使って、炭化水素(プロパンあたり)か、アルコール(メタノールあたり)か、アンモニアを合成し、それをタンクに入れて船で運ぶような形になるだろう。したがって、陸上のエネルギー資源をおぎなうことを目的に海上にプラットホームをつくることは、採算がとれる可能性もなくはないと思うが、とれない可能性のほうが大きいと思う。そういうことこそ、新しい産業につながるかもしれないハイリスク・ハイインパクトの研究開発なのだと思うのだが、日本に住む人々の税金を投入するにあたいするかはむずかしい問題だと思う。[この部分、2018-09-07 改訂]】