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降水総量、降水総量指数

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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[まえおき] 【わたしは、地球科学、そのうちでも気象学の知識を教える立場にある。その知識が、ひとびとが災害の被害を減らすのに役だつとよいと思い、わたしの教育内容もそれに役だつような提供のしかたをしようと思っている。

しかし、わたしは災害について自分で研究しているわけではない。災害について研究しているかたの研究報告や担当している官庁による資料のうちから参考になるものを紹介することはある。その際の目きき能力は持ちたいと思っている。】

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2018年7月にはいってから、日本のあちこちで大雨が続いた。気象庁は、7月9日に、6月28日以来の全国の大雨をまとめて「平成30年7月豪雨」と呼ぶことにした。http://www.jma.go.jp/jma/press/1807/09b/20180709_meishou.html これには、7月3日を中心とする北海道の大雨も含まれている。しかし、とくに多くの死者や交通機関停止などの被害をもたらしたのは、7月5-7日ごろの中国・四国地方の大雨だった。

この大雨は、梅雨にともなうものといえそうだ。梅雨期の後半には「集中豪雨」といわれるものもよくおこる。狭い地域に集中して大量の雨がふるのだ。ところが今回の大雨の特徴は、地点別に見ると記録破りの大雨ではなかったが、広域に同じような量の雨がふったということだった。それが、とくに、平常の降水量が比較的少ない瀬戸内地方では、そなえをうわまわり、洪水になったといえそうだ。(ただし、これはくわしい調査がおこなわれるまえの、暫定的認識である。)

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豪雨災害を研究している 牛山 素行さん(静岡大学)は、7月8日のブログ記事[平成30(2018)年7月豪雨は「広域・多量・長時間」の大雨の可能性]で、「今回の平成30(2018)年7月豪雨は,非常に広い範囲で,多量の降水が,長時間にわたり生じたことが大きな特徴と言える.」と言っている。それを定量的に示すため、「ここでは,水資源について議論する際などに用いられる「降水総量」,すなわち,降水量に面積をかけて体積で表現する指標を用いて,過去の豪雨との比較を試みた.」

その結果、2018年7月7日24時までの72時間(つまり日付が7月5日-7日のあいだ)の降水総量は 約553億立方メートル であり、1980年以来の最大となった。(なお、24, 48時間では上位3位に はいらない。)

牛山さんの概算は、全国の気象庁アメダス(AMeDAS)観測所で観測された降水量の合計値をもとに、各観測所が289平方キロメートル(17キロメートル四方)の面積を代表すると仮定したものだ。

この概算は、アメダス観測網が、空間的に均一に近く、また1980年以後に観測点の変更があることはあるがあまり多くない、という条件があるから可能だった。(そして、牛山さんはアメダスのデータをいつでも見られるように常備しているから、すぐ出せたのだった。わたしが、今 もし やる気になったとしても、データ入手を別として、1日しごとになる。)

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こばこ さんが、7月11日のブログ記事[「平成30年7月豪雨」による総降水量について(短報)]で、この降水総量の計算を、もう少していねいにやって報告している。

饒村(1982)は、1975年〜1980年の台風の事例について、アメダスの降水量を、都府県ごと、北海道は「支庁」(今の「振興局」)ごとに集計し、都府県や支庁の面積の重みをかけて合計した。

こばこ さんはその方式にならった。結果は、7月5-7日の合計 544.2億立方メートル、6月28日-7月7日の合計 833.5億立方メートル、となっている。

なお、饒村 (1982)では、1975〜1980年の台風の影響を受けた期間の日本(ただし沖縄県をのぞく)の降水総量を求めていて、その最大は、1976年台風17号の834億トンとなっている。(水なので、1トンと1立方メートルとは同じと見てよい。) ただし、1976年はアメダス観測網の初期なので、その後の期間との定量的比較のためには、観測点分布の変化の効果を確認する必要があるかもしれない。

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降水によるハザードは、雨の強さによっても、また空間的ひろがりによっても大きくなるから、両者をあわせた大きさを示すのに、降水の総量に注目するのはよいことだと思う。

ただし、どのような集計をして、どのように示すかについて、いくつか考えることがある。

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牛山さんや こばこ さんが示したのは、日本の国土についての降水量の合計だ。

大気現象として雨をみれば、国境は関係ないし、雨は、大気の下に海があるか陸があるかの影響をいくらか受けるものの、海上も陸上も連続した現象だ。この立場では、国境も海陸も関係なく、雨をもたらすシステム(雲群かもしれないし低気圧かもしれない)の領域について集計するべきだ。ただし、海上にはふつう雨量計はないから、沿岸ではレーダー、外洋では衛星観測にたよらないといけないだろう。

ところが、自然現象としてみるとしても、陸上の水の流れや、水による土砂の移動に関心があるならば、海上をはずすことになる。そして日本のばあい、外国とは海でへだてられているから、国内について集計しても、悪くはないだろう。(となりの国と陸つづきならば、国外もいっしょに見ないといけないことがあると思う。)

さらに、人間社会にとっての災害への対策を考えるときは、国の政府や、国によってちがう制度がかかわるから、国内について集計することは、正当化されるだろう。

対象地域を日本にかぎるとしても、総降水量の集計には、「海陸に関係なく集計」「陸上を集計」という2種類の集計が求められると思う。概念は似ているので、両者がまぎれないように伝えるのは、なかなかたいへんだ。わたしは、前者を単に「降水総量」、後者を「陸上降水総量」と呼びたい。そうすると牛山さんや こばこ さんが示したのは「陸上降水総量」ということになる。

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どれだけの時空間範囲をひとつの現象とみなすかという問題もある。

集中豪雨や台風では、わりあい決めやすい。(複数の台風が同時に来ているときは、あわせた量を示すしかないけれども。)

今回のように、集中していない場合は、きめにくい。7月3日前後の北海道の大雨も、同じ梅雨前線の活動と考えられるから、いっしょにするべきだろうか?

自然現象としては、時間的にも空間的にも、降水量が ゼロ であるところがまとまって出現すれば、そこまでで止めることができるけれども、もしそうでないと、どこまでで区切りにするかは、合理的には決まらないのだと思う。

災害をもたらす現象としての評価ならば、降水量が ゼロ である期間があっても、その継続時間が、災害発生中(避難行動や救助が進行中)から、「復旧」活動などに移る間もないほど短ければ、つないでしまうのがよいのかもしれない。(この部分のわたしの意見は、あまりしっかり考えられたものではない。)

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精密に計算しようとすると、降水量には、地形への依存性もあり、それは必ずしも標高の単純な関数ではないので、面的降水量の推定には不確かさが大きい。(てまをかけて不確かな計算をするよりは、観測点での値の単純集計のほうがましかもしれない。)

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対象を日本の国土にかぎるとして、アメダス観測網ができるまえにさかのぼって値をもとめようとすると、とてもむずかしい。

台風以外で、今回よりも大きかったと考えられているのは1972年の「昭和47年7月豪雨」なのだが、これの陸上降水総量を求めるのは、ひとつの研究仕事になりそうだ。

アメダス観測網ができるまえ、気象庁には委託観測所があって、日降水量ならば、アメダスよりもむしろ密な観測網があった。こばこ さんが参考文献にあげている関口・福岡(1964)では、気象庁が「大雨観測資料」にのせた全国243地点のデータを、一部の期間について気象庁が「全国気象旬報」にのせた全国1541地点のデータから計算したものと比較したうえで、使っている。

経時的な比較のほうを優先するならば、観測が継続している地点だけを使うという方法もあるが、そうすると、それぞれの時点の空間分布の再現はわるくなる。

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さて、ここで計算された量をなんと呼ぶか。単位はどうするか。

  • 牛山さん・こばこ さんは「降水総量」、単位は立方メートル。
  • 饒村(1982)は「総降水量」、単位はトン。
  • 関口・福岡(1964)は「総雨量」、単位はトン。(節の見出しで「台風の雨の総トン数」という表現もある。)

大雨と大雪とをいっしょにくらべる必要はないけれども、尺度は雪にも適用可能ではあるので、わたしは「雨量」よりも「降水量」のほうがよいと思う。

降水量についてはいつものことなのだが、時間区間をどうとるかは、数量の名まえには組みこめず、別に明示しないといけない。

「降水量」「雨量」は、高さ=深さ、つまり単位面積あたりの体積である、ということはあまり直観的ではないが、この数量を使う人は意識させられる。それに「総」をつけて意味を変えることができるだろうか。どちらかといえば「総降水量」よりは「降水総量」のほうが、面積あたりではなく空間的合計だということを感じさせやすいと思う。「総」だけでは空間的合計か時間的合計かはわからないが、時間区間を明示することによって、空間的合計にしぼれるかもしれない。

わたしは、降水総量は、質量 (日常用語でいえば「重さ」)で見たほうがよいと思う。

また、ここは個人差があるところだと思うが、日本語の「億」よりもメートル法の接頭語を使ったほうがよいと感じる。(「万」ぐらいまでは日本語のほうがよいと感じるのだが。)

体積の単位の「立方メートル」は、べき乗をふくむ単位の接頭語のややこしいところがあって、ひとつ上は「立方キロメートル」だが、それは十億立方メートルだ。

質量を「トン」(=千キログラム)であらわすとすれば、1立方キロメートルの水は、1ギガトンであり、2018年7月5-7日の3日間の陸上降水総量(こばこさんによる集計)は 54 ギガトン[Gt]になる。SI単位にこだわるならば、トンではなくグラムに接頭語をつけて、54 ペタグラム[Pg]と言ってもよい。「ギガトン」は、かつて核兵器の爆発能力によく使われた。たしか、TNT火薬ならばどれだけの量に相当するか、ということだったはずだ。それを思い出してしまう人にはうまくないかもしれない。しかし、その後、二酸化炭素の排出量などの話題などにも使われているから、避けるべき語ではないと思う。

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自然現象には、けたちがいにちがう規模のものがある。こまかい数量よりも、その「けた」をおさえることが重要だ。([2012-08-06「マグニチュード、震度など、現象の規模の表現」]参照。)

「けた」が十進法のけたであることは自明ではない。しかし、世界のすべての言語とはいわないが、中等教育に使われる言語ならば、十進法の位どりをふくんでいるだろう。とくに、日本語圏は、そろばんを使ってきた伝統があるから、5×2進法ではあるが、10進法の「けた」の感覚がいきわたっていると思う。

対数目盛りが使えるとよいのだが、それは理解できる人とできない人がいる。

しかし、実数値の対数目盛りではなく、数量の「けた数」を示すために、10の指数だけを示すのなら、受け入れる人が多いと思う。指数部が同じならば、仮数部がちがっていても、同じ階級とみなして、階級わけをするのだ。

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こういう尺度の例としては、地震マグニチュードがある。これは小数値も使う対数尺度だ。「マグニチュード」は かたかな語としては長いが、ほかの表現をしにくい。「規模」や「大きさ」としてしまうと、空間的な広がりの大きさと思われそうだ。

そして、地震マグニチュードは、もともとは、ある標準の地震計を標準の距離に置いたときの振動の振幅の対数で、Mが1ふえると振幅が10倍になるのだが、いまでは、地震のエネルギーの尺度とみなされることが多く、Mが2ふえるとエネルギーが1000倍になる、という、ちょっとおぼえにくい関係にある。他の現象の尺度を、これにならってつくるのは、すっきりしない。

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火山については、Newhall & Self (1982)の VEI (Volcanic explosivity index,「火山爆発指数」)というものがある。(Wikipedia日本語版 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E5%B1%B1%E7%88%86%E7%99%BA%E6%8C%87%E6%95%B0 参照。)

これは、火山噴出物(火山灰、火山礫、火砕流など)の合計体積の対数尺度で、整数値だけをとる階級わけとして使われている。体積 1立方キロメートル以上が VEI 5 で、1桁大きくなるごとにVEI が 1 ふえる。逆に 1桁小さくなるごとにVEI は1減るが、VEI 1 だけは2桁ぶんのはばを含めている。

火山の研究者からみると、溶岩がはいっていないのが不満だ。気候の研究者からみると、噴煙が成層圏に達したかどうかを判断していないのが不満だ。しかし、どちらからも参考にはされている。

この「体積」の対象にガスや水蒸気ははいっていない。あきらかに、岩石類の体積だ。岩石の密度は一定ではないが(軽石を、空隙に空気がはいった状態でみれば、密度は水より小さいが)、平均的には、水の2倍くらい、つまり 2 t/m3くらいだろう。

なお、この「指数」は index であって、10のなん乗の指数 exponent ではない。

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雨の場合も、このVEIのまねをしたらどうか、と思ってしばらく考えたら、VEIも「降下物の総体積の対数尺度」なのだから、その定義をそのまま流用できることに気がついた。よく似ていながら ちがう定義はまちがいやすいから、同じにしたほうがよい。

日本語名は「降水総量指数」でよいと思う。英語名として hydrometeor index または hydrometeor mass index というのを思いついた。hydrometeor は、降ってくるもののうち、水(氷もふくむ)でできているものの総称である。略称は HMI としてみよう。

降水総量が1ギガトン(つまり1立方キロメートル)以上が HMI 5 であり、1けた大きくなるごとに HMI が 1ふえる。

ただし、集計対象を陸上にかぎる場合は、「陸上」をあらわす terrestrial をつけて、THMI ということにしよう。

そうすると、2018年7月5-7日の西日本の大雨や、牛山さんが前述のブログ記事で比較対象にしている3つの事例は、いずれも THMI 6 (小数も示すとすれば THMI 6.7 ぐらい) ということになる。

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こばこ さんの参考文献にあがっている饒村(1982)がのった『測候時報』は、気象庁の出版物で、気象庁の前身である中央気象台によって1930年に始まっている。

この雑誌の 75巻 (2008年度) 以後のものは、気象庁ウェブサイトのこのページ http://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/sokkou/sokkou.html から公開されている。

それより前のものをCiNii books でさがすと、このページ https://ci.nii.ac.jp/ncid/AN0023371X に、ディジタル版は、第7巻(1936年)から65巻(1998年度)までの書誌情報があるのだが、「NDLデジタルコレクション 限定公開」となっている。(紙版ならば、気象庁図書館のほか、東大、極地研などにあるが。)

限定公開になっている理由は、公開には著作権者の了解が必要という判断にちがいない。

この雑誌の記事の大部分は、著者の個人名がはいってはいるが、気象庁とその前身の職員の職務上の著作だから、気象庁がよいといえば公開できるだろうと思うのだが、その方向に進めることはできないだろうか?

もっとも、この雑誌の記事には翻訳ものもある(ことをわたしは知っている)。それも、原文がアメリカ合衆国連邦政府職員の職務上の著作ならばpublic domainでよいはずだが、そのほかの国の政府職員や大学教員などの場合もあり、その著作権継承者に確認をとるだけのてまをかけられる人は気象庁にも国会図書館にもいないだろうと思う。

気象庁図書館は、国会図書館支部という立場も持っているのだから、共同で、公開に法的問題がない記事の公開を進めてほしいと思う。

文献

  • Christopher G. Newhall & Steve Self, 1982: The volcanic explosivity index(VEI): An estimate of explosive magnitude for historical volcanism. Journal of Geophysical Research, 87: 1231-1238. http://doi.org/10.1029/JC087iC02p01231 (有料)
  • 饒村 曜[にょうむら よう], 1982: 台風による総降水量(1969〜1974)。測候時報, 49(3): 41-54.
  • 関口 武、福岡 義隆, 1964: 雨台風と風台風。天気, 11: 21-25. http://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1964/1964_02_0053.pdf